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第三章 エヴァの置き土産

御伽話

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 その日、神殿にいる間にロニーからの返信はなく、国王の意向が判ったのは、翌日の夕刻を回ってからだった。
 アルクェスからエファリューに、王の采配が伝えられる。

「結論から申しますと、エメラダ様はこの件から手を引くように──とのことです。陛下はエメラダ様の身を大変案じておられ、神女様の手をこれ以上煩わせたくないとも仰っていたと」

 というのは建前で、これ以上目立つなというのが本音である。神女が動けば、民はいやが応にもざわめく。光り輝くクリスティアに、とうの昔に滅びた魔人が影を落とすなど、あってはならない。魔人を絶対的な悪とし、神聖なる神女の名で民を束ねてきた国にとっては、神話を掘り返されること自体不都合なのだ。
 そしてもう一つの本音は、解呪の力を手に入れてから、奇跡の姫様と評判のエメラダを、面白く思っていない妹姫のご機嫌取りか。

「解呪師と神官からなる、対呪詛用の組織を編成しているとのことですが……鉱山の特定には至っていないようですね」
「ふうん……」

 王都で太刀打ちできず、神女を頼るほどの呪詛の根っこに、どう対処しようと言うのか甚だ疑問だ。
 彼らの命を無駄に散らせないために、王より先に何とかしなければと気ばかりが急く。
 巧みに改竄された採掘業者の資産証明と、地図とを睨めっこするエファリューの傍らで、アルクェスは全十篇のクリスティア神話なるものを読み耽っている。

「もうアルったら、こんな時に御伽話なんか読んで……! まだ神女に夢を見ているの? わたしは神話の再現なんて、してやらないわよ」
「落ち着きなさい。以前、神話は歴史を物語るものだと語ったのは、貴女ではないですか。これらの神話の中には、神女様が魔人を封じる場面が数々描かれています」
「知ってるわよ。アルがいい歳して、わくわくしちゃう冒険譚でしょ!」

 不服そうな目をしながらも、アルクェスは構わず頁をめくった。

「狼に噛まれた時、わたしも呪詛に刻まれた記憶のようなものを、垣間見ました。あれが我が国と魔人との戦の記憶であるなら、合致する聖戦が、この中のどこかにあるかもしれません」

 国境崩しの大斧ブリギリアンとの岸壁の闘い、神女を窮地に追い詰めた蛇の目マルタ。クリスティア軍が歩を進めれば、黒馬にて疾風の如く駆けつけ、軍勢を虫のように蹴散らした豪傑、髭のフレヴン。
 神女の活躍を描いた名場面は数々あれど、最も有名で人気が高いのは、やはりエヴァを討ち果たす第八篇だろう。神女の涙は光の礫となり、悪行蛮行の限りを尽くした魔王に降り注いだ──とされているが、真実はエファリューの中に眠っている。


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