68 / 114
第三章 エヴァの置き土産
エヴァの子
しおりを挟むもう、原石──もとい魔石に呪いの気配も、魔人の思念も残っていない。だが未知ゆえの恐ろしさからか、アルクェスは割れた石を箱に仕舞い、切れた封を結び直した。
「……呪いの源は魔人の遺物であると判明しましたが、今後の対応は如何いたしましょう」
「既に流通している縞瑪瑙を、原石から加工されたものに到るまで回収し、解呪……というのも、途方もないですな」
オットーの視線が、申し訳なさそうに神女に注がれる。
「それらを清めて終わるのか……と、不安も残りますが」
採掘業者に変事あれど、鉱山が生きているなら、果たしてそこにはどれほどの魔石が眠っているのか。
「……そうだわ、源──。呪いを産み出す地を清め、死者の魂を鎮めることができたら或いは……」
「なんと! 魔人……を、神女様が封じると!?」
「まるで神話の再現のようですね」
にわかに瞳を輝かせる彼らに、エファリューは失笑を禁じ得ない。
「目を覚ましなさい、アル。これは御伽話なんかじゃないの。古の戦が終わっていないだけよ」
「エファ……エメラダ様っ、口を慎んでください」
冷静さを欠き、うっかり口にしてしまって、エファリューは取り澄ました神女の笑みでオットーを振り返った。ますます驚きを露わにするオットーだったが、曖昧に微笑むのみだ。
「アルクェス。メリイェル侯に連絡は取れますか? 陛下へのご奏上を急いでいただき、鉱山の特定と、解呪へのご助力を願いましょう」
「は、至急」
伝心の魔法でロニーと対話するため、アルクェスは席を外す。
穏やかな大僧主は、魔石の入った箱を手元に引き寄せ、ぽつりと呟いた。
「まあ……期待はしておりませんが」
「え?」
「陛下にその気がおありなら、既に動かれていることでしょう。しかし、我々に何の御沙汰もない現状を鑑みるに、神女様のお力を借りず内々に済ませるおつもりか……はたまた、第一王女様に目立たれては困る、どなたかの意向が加わっているのやもしれませんからね」
エメラダにあからさまな対抗意識を見せていた、幼い姫にエファリューは密かに舌打ちする。
「そん……そのようなことを言っている場合ではございません。このままでは、クリスティアの民がどれほど命を落とすか知れないのに」
「ほう、この国の民がご心配ですか?」
好好爺の眼差しで、オットーはおかしなことを尋ねてきた。神女に問うなら、なんという愚問だろう。それをわざわざ問う彼の目には、エメラダが映っていない気がして、エファリューは慎重に言葉を紡いだ。
「も、勿論です。ですが、わたくしの気掛かりはそれだけにあらず……、呪詛に成り果てた魔人こそ、憐れに思えるのです」
「そうですか、貴女様は魔人に心を寄せますか……」
オットーは妙に深く頷き、それから悪戯っ子のような珍しい笑い方で、箱をひと撫でした。
「身共も、同じ思いです。
神女様の教えを守るわたしが、このようなことを言っては、懲戒ものでしょうな。エヴァの子と罵られるやもしれませぬ。しかし大僧主という立場を脱ぎ捨てた時、身共にもいろいろと思うところはありましてな……」
それを語る時間は今はない、と彼は続ける。
「さて、エメラダ様。神女様の座をいつまでも目隠しで覆っておくわけにもいきませんので、明日から修繕に回そうと考えております。作業が終わるまで、およそひと月はかかるでしょう。その間、お席がなくては神女様に失礼というもの。従ってエメラダ様にも、お務めをしばしお休みいただこうかと……」
「オットー?」
「参りましたなあ。神女様がご不在となりますと、身共は忙しくなりますので、空を眺める時間もございません。クリスティアの危機に、聖竜様が再び駆けつけてくれるやも……と、期待しておるのですが」
やれ残念だと呟く裏腹な微笑みに、エファリューは心底驚いた。温厚で実直な聖職者である彼が、ひと月の猶予を与えるから、フューリを連れて、魔人の魂を救いに行けと唆しているようにしか聞こえない。なんという過激な企みだろう。だがエファリューには、これ以上に嬉しい休暇はなかった。
「オットー……感謝します」
「はて? 何のことでございますかな」
オットーはにこやかにとぼける。
程なくして戻ってきたアルクェスのことも、何食わぬ顔で迎え入れた。過保護な教育係の前ではできない相談と知って追いやっておきながら、これだ。彼は見た目以上に強かな老爺らしい。
敵に回すのだけは避けねばと、恐れ入る思いがしたエファリューだが、同時に強い味方を得たのだと悟り、決意を新たにした。
エヴァと神女の八百年の遺恨に決着をつけるのは、エヴァの子であるエファリューの使命に違いない。ならば今日まで生きてきたのも、無駄ではなかったのだと、星の巡り合わせに自然と頭が下がる。神など存在しない、信じられるのは己だけ──そんなエファリューが初めて、心から天に感謝の祈りを捧げた。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
偽りの花嫁は貴公子の腕の中に落ちる
中村まり
恋愛
第二部 4月より再開! ザビラから救出されたジュリアは、公爵の正式な婚約者として、ジョルジュの屋敷で療養していた。彼の甘く情熱的でかいがいしい世話に翻弄されまくるジュリアであったが、ある日、彼が公務で不在の時に、クレスト伯爵領からの使者がジュリアを訪れる。
父であるマクナム伯爵の領地を継承したジュリアは、今やれっきとした伯爵家当主である。自分の領地の問題の報告をうけ、急いでマクナム伯爵領に訪れる途中、ジュリアがばったり出会った人物のごたごたに巻き込まれてしまう。結婚式までに帰らなければならないのに・・・── その頃、ジョルジュは国境線を巡る外交交渉のまっただ中で・・・・!
第一部
「お前にソフィーの身代わりとして、嫁いでもらいたい」
ある日、突然、女騎士団長のジュリアに、叔父から命じられた言葉 ─
王家の命令によって、クレスト伯爵に従姉妹が嫁がされることとなった。しかし、その従姉妹の身代わりとして、どうして自分が差し出されなければならないのだ!
そんな成り行きに呆然としているジュリアに告げられたもう一つのこと。
─ 夫なるべき男、クレスト伯爵には、すでに溺愛する愛人がいる、と。
結婚する前からすでに疎まれ、お先真っ暗な気持ちで向った結婚式の祭壇で、彼女を出迎えたのは、それはそれは妖艶な男性で。ジョルジュ・ガルバーニ公爵は、なんと代理の花婿様だと言う。
しかし、そんな彼も、とある理由があって婚礼の場にやってきてたのだが・・・・。
そして、夫が不在のまま、結婚二日目にして発覚したクレスト伯爵家の大問題の数々。蔓延する疫病、傾いた伯爵家の財政、地に落ちた伯爵家の威信・・・。
問題だらけのクレスト伯爵領を、ジュリアは、なんとか立て直そうと、孤軍奮闘しようとする。ガルバーニ公爵は、そんな彼女を優しく支えてくれて。ジュリアの心には親しみ以上の感情が芽生えてしまうが・・・ そこに、花婿本人のクレスト伯爵が戦から帰還してきて!
やむにやまれず身代わり結婚させられてしまった不遇な女騎士団長は、幸せになれるのか?!

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
転生召喚者は異世界で陰謀を暴く~神獣を従えた白き魔女~
*⋆☾┈羽月┈☽⋆*
ファンタジー
両親亡き後、叔父夫婦に冷遇されながら孤独に生きてきた少女・白銀葵。
道路に飛び出した子供を助けた事により命を落とした――はずだった。
神界で目を覚ました葵は時空の女神クロノスと出会い、自身の魂に特別な力が宿っていることを知る。
その答えを探すために異世界に転生することになった葵はシエル・フェンローズとして新たな人生を歩む事になった。
しかし転生召喚の儀式中、何者かに妨害され、危険区域ヴェルグリムの深森へと転送されてしまう。
危険区域の深層部で瀕死の神獣を救い、従魔契約を結ぶことになった。
森を抜ける道中で変異種の討伐に来た騎士団と出会い、討伐任務に参加することになったシエルと神獣。
異世界で次第に明かされていくシエルの正体。
彼女の召喚が妨害された背景には世界を巻き込む陰謀が隠されていた――。
前世で安易に人を信じられず、孤独だった少女が異世界で出会った仲間と共に陰謀を暴き、少しずつ成長していく物語――。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる