闇魔女は六畳一間の平穏が欲しいだけ!

川乃千鶴

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第三章 エヴァの置き土産

呪いの形2

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 ◇ ◇ ◇


 城に火の粉が降り注いだ時、頭上には満天の星が瞬いていて、さやかな月明かりが注ぐ窓辺でエファリューは眠っていた。
 星の一粒が、きんと張り詰め冴えた夜気を切り裂いて、空から堕ちてきた。長らく膠着状態にあった異郷の娘、クリスティア率いる軍勢の奇襲が始まった瞬間だった。
 まだ八つの王女エファリューは、布団代わりだった父と母の腕から引き剥がされ、師に手を引かれるまま、城から連れ出された。
 後ろ髪を引かれ、何度も何度も振り返る城が、天から降り注ぐ光刃に灼かれ、崩れ落ちていく。エファリューの部屋があった西の尖塔も倒壊した。中には、姫のドレスに身を包んだ幼馴染が、身代わりに残っているのに──。
──泣くな。涙で記憶を滲ませてはいけない。ありのままを刻みつけよ。寂寞も憎悪もすべて、力とするべし。
 師の言葉に従い、瞳に溜まる涙が零れないよう、瞬きも忘れて走り続けた。

 砦をすり抜ける時、城壁の裏で勇ましい鬨の声を耳にした。
──神を名乗る浅ましき娘に、怒りの矛を!
──主が斃れようと、まだ姫がいる。姫の退路をお守りするのだ!
──我ら常勝軍、今こそエヴァの地を守る盾となろうぞ!
 エヴァの誇る常勝軍、不敗将軍フレヴンの声に続き、兵卒どもが猛り叫ぶ。
 闇の中、焔に煽られたエヴァの旗印が城壁にはためき、遊撃に繰り出す一団の蹄の音が遠ざかった。

──どこへ行くの。行かないで。わたしのことなど、放って逃げて。

 エファリューは手を伸ばしたが、小さな手は空を切って、闇を掻くのみ……何も掴めはしなかった。




 ◇ ◇ ◇



「フレヴン将軍っ……」

 喉の奥から絞り出した声で、エファリューは呼びかけた。まさかそんなはずはない、と。真実を手繰り寄せようと影に手を伸ばす。
 最後に解かれた漆黒の糸が、エファリューの魔力に溶けて混じり合う瞬間、温かく大きな手に頭を撫でられた気がして、エファリューは胸を締め付けられた。

 靄が晴れ渡ると、室内は何事もなかったかのように静かだった。あれだけ揺れていたというのに、何一つ物が動いていない。割れた原石もそのまま卓上に横たわっていた。
 アルクェスの手を借りて立ち上がったオットーは、驚愕を顔に露わにしている。

「き、聞きましたか? 呪いは、エヴァを主だと……」
「ええ、わたしにも聞こえました。つまり、呪いは……神女様に封じられた魔人によるもの、ということですか」

 二人して意見を求めるように見てくるが、エファリューとて冷静ではいられなかった。
 優しく勇ましかった髭の将軍。幼いエファリューを馬に乗せ、領地を案内してくれたこともあった。訓練を覗いていると、誰よりも早く気付いて、肩車をしてくれた。
 そんな彼が呪詛になっているなど、どうして信じられよう。それになぜ、念が石に閉じ込められているのか……呪いが残した点を線で結んでいく。
 戦場の記憶を持った死者の念。生き埋めにされた狼。呪いの核のカメオ。その材料となった縞瑪瑙。エファリューは改めて原石に触れて、はっとした。

『……違った』
『どうしました』
『これは、ただの石じゃない』

 エメラダを意識して喋り続ける余裕はなく、口を開けばボロが出そうで、エファリューは思念石で語りかけた。

『……貴方も見慣れているものよ。わたしやフューリが口にする姿を、何度も見ているでしょう?』
『まさか……魔力の結晶だと言うのですか』

 エファリューは無言で頷く。
 通常、肉体が滅んだら魔力は大気に還り消えていくものだ。しかし稀に、魔法使いなど魔力の強い者の墓から、結晶化した魔力の珠が見つかることがあるという。

『しかし、この原石もそうですが。どれほど流通したかお忘れではありませんよね? 魔力の結晶にしては、あまりに質量が大きすぎはしませんか』
『貴方たちが魔人……と呼ぶ一族は、魔力の強い人間だったのでしょう? 例えば……、例えばよ。その一団が、ひと所に埋まっているとしたら?』

 発破で生き埋めにされたのが、狼だけでなく、フレヴン率いる常勝軍もだとしたら……四百名余りが土砂で蓋をされ、死に絶えたということになる。
 そうして土中に溶け出した大量の魔力が結晶化し、長い年月を経て、宝玉として掘り起こされたのでないかと、エファリューは考えた。
 寂寞も憎悪もすべて、として──死して尚、エヴァのために進み続けているとでも言うのだろうか。侵略者たる神女に怨みを募らせ、の子らを呪い殺すために──。



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