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第三章 エヴァの置き土産
呪いの蔓延
しおりを挟む一時は血迷っていた信者たちも根は素直なもので、大僧主からのお達しを受けると、神女を困らせる振る舞いを恥じ、心を新たに己を律したようだ。
いつも通りの厳かで、穏やかな毎日のなか時々、施療院の方で手に負えない者がやって来る。そういった者の解呪をすることで、日々にメリハリがつき、エファリューは自信とやりがいを持って身代わりに臨めるようになった。
──のも、束の間。
ひと月ほどの間に、日に日に、施療院からの紹介者が増えていった。多い時には一日に十人からやって来る。そのどれもが、いつぞやの男と同様の強い死者の念に祟られているものだった。
最初のうちは、難しい呪いを解く手応えを楽しんでいたエファリューだったが、解呪後に魔力を吸収できないせいで、だんだんとやりがいなんて言っている余裕がないほど疲弊していった。
◇ ◇ ◇
「おかしい。絶対に異常だわ」
昼食には手を付けず、マックスに貰った闇珠を噛み砕く。消耗した魔力を少しばかりも補っておかないと、とても午後のお役目を全うできそうもなかった。
ここ最近の、解呪後の紙束をエファリューはめくる。
「同じ呪いに、こんなに何人もがかかるなんてある?」
「墳墓を荒らした盗賊団が、呪われた例はありますね。しかし現在までに、そのような事件の報告はありません。そもそも、この者たちには、接点が何もありません」
居住地、年齢、性別、職業、趣味、習慣──みなそれぞれ異なる。どこか共通して訪れた場所があるわけでもないらしい。
解呪の証として残してある魔力の綴りをなぞって、エファリューは眉を寄せる。
「何かとても嫌な感じがするのよね」
「そうですね。あまりに数が多すぎる」
「それだけじゃないわ。何だか、日を増して……呪力が強くなっている気がする」
げっそりして、闇珠をもう一つ摘もうとしたら、真珠のように真っ白な珠が出て来た。光の力が凝縮された珠だ。袋の口を広げて目を凝らせば、他にもいくつか白い珠が確認できた。
マックスが掘り当てたところは、陽当たりが交差するところだったのだろうか、偶然にも混じってしまったようだ。
エファリューは白珠に用はないので、アルクェスにあげようと手を伸ばす。
その時だ。
扉がけたたましく叩かれ、急を要する事態を神官が告げに来た。今すぐ解呪を必要としている者がいる旨を伝え、彼は去る。
エファリューは珠を懐にしまい、アルクェスと共に急いで礼拝堂へ向かった。
昼時間ということもあり、信者らの姿はなかったが、祭壇の前には担架に乗せられた女性が横たえられていた。
急を要するという言葉の意味を、エファリューたちは一目で理解した。
女性の身体に、闇が取り憑いている。その黒い影は、まるで獣──狼のような形を持って、女の左半身に喰らい付いているのだ。噛み付かれた部分からは血ではなく、黒々とした闇が浸み出し、少しずつ身体を侵食していっている。女性の左手はほとんど闇に呑まれて、指の形も確認できない。
「エファ……エメラダ様、これは」
「なんてこと……今までに見たことがないほど、育っているわ」
エファリューは思わず口に出してしまったが、隣にいるアルクェス以外には聞こえなかったようだ。
あまりの禍々しさに神官らは近付くことさえできず、彼女を遠巻きに囲んで、清めの祈りをあげることしかできない。
騒ぎを聞きつけ奥から出て来たオットーも、咄嗟に錫杖を構えた。並の神官とは比べ物にならない強い光の気を、彼は放つ。
それに腹を立てるように、狼の姿をした闇が獰猛な唸りを上げ、女性の肩口に齧り付いた。
「いやああああ!!」
血飛沫のように闇が溢れ出し、悲痛な叫びが礼拝堂に木霊する。
「刺激しては駄目! わたしが何とかするから、貴方たちは自分の身を守ることと、解呪の後にこのひとをすぐに介抱できるよう場を整えてっ……くださいませ、ですこと?」
慌てすぎてうっかりエメラダであることを忘れてしまったので、無理矢理取り繕って、女性のもとへ駆け寄った。
黒い狼が身を低くして、唸る。
『エファリュー、大丈夫なのですか』
『多分ね。だけど余裕があるわけじゃないから、神々しくだとか神女らしくだなんて、お願いは聞けないわよ』
『構いません。とにかく自身の無事を優先してください。わたしにできることはありますか?』
『ないわね』
すっぱり言い捨てる。だが少し考え、手伝いよりも、疲弊した身体がいま一番欲しいものをねだることにした。
『……だけど、そうねぇ。うまくいったら、ご褒美にうんと褒めて』
『はあ?』
『頭も撫でてほしい。抱っこもして。おんぶでもいいわ。それでアルは、わたしがお昼寝するのを手伝うのよ』
『はあ……、労働後のぐうたらというやつですか。わかりましたよ。付き合って差し上げますから……無理だけはしないでくださいね』
振り返ることができないのが残念だったが、エファリューは理解のある側仕えを頼もしく思いながら、呪詛と睨み合った。
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