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第二章 神女の憂鬱

歯痒い3

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『サラ!!』

 エファリューは心で呼びかける。
 怪訝な顔の教育係の頭に、静かな侍女の声が響いた。

『ここに』

 エファリューが髪をかけた左耳に、輝く石の姿はない。
 先日の一件で、いざという時にサラは切り札になると学んだエファリューは、片耳の思念石を彼女に預けてきたのだ。

『フューリが出られるように、隧道門を開いて!』
『承知いたしました』
『サラ! エヴァの言うことを聞いてはいけません、貴女の主人はわたしです!』
『そのアルが一生を捧げる姫がわたしよ! さあ、早く!』

 エファリューは窓を開け、大きく息を吸い込むと、指笛を響き渡らせた。
 その瞬間、フューリへの指令が下るとともに、神殿内の人々の思考を奪う呪いが掛けられた。目に映る光景が何なのか、正常であるか異常であるか考える力を戒める。
 その隙に、エファリューはアルクェスを残して部屋を飛び出した。オットーに神官、僧兵らの目の前を神女が通り過ぎようと、思考が停止しているので誰も気に留めない。
 エファリューは屋上を目指し、階段を駆け上がった。

 鉄の扉を押し上げて、屋外に飛び出す。
 雪も降り出しそうな灰色の空の向こうから、澄んだ空の青を連れ、翼を羽ばたかせてやって来るのは子供の竜だ。子供と言っても、並の成人男性の背丈は優に超える。彼が翼をはためかせるたびに、巻き上がった風が野の緑を撫でた。

 エファリューは軽く口笛を吹く。
 おいで、と歌う音に誘われて、フューリは神殿の屋根へと舞い降りた。

 フューリは口に咥えてきた何かをそっと足元に放した。
 再びぐったりと気を失って横たわるのは、呪いを受けたあの男である。

「よく間違えずに連れてきてくれたわね、偉いわ!」
「きゅーい」

 嬉しそうに首をもたげるフューリを撫でてやってから、エファリューは男を検分しようと手を伸ばした。そこへ、口うるさい声が割り込んできた。

『エヴァ! どこに行ったのです!』
「げげっ、もう正気に戻ったの!?」

 さすがに術の範囲が広すぎたか、神殿がざわつく様子が足元から伝わって来る。

『あの信者の元へ行こうとでもいうのですか、おやめなさい』
『あら残念、もうよ』
『まさか……フューリに攫わせたのですか!? なぜそこまでするのです。貴女は面倒が嫌いで、働くのも嫌い。自分の手を煩わせずに過ごしたいのではなかったのですか』
『そうよ、その通り。だけどねぇ』

 小さな手を握りしめ、エファリューは思いの丈を思念石にぶつけた。

『わたしの中のエメラダが泣いてるの。その声がうるさくて、ぐうたらに集中できないのよ』
『何を言っているのですか』
『だから、つまりこれは労働じゃなくて……。ぐだぐだ考えずに、ぐうたらを謳歌するための……そう、謂わば自己投資なの!』

 耳飾りを懐にしまい、エファリューは男に手を翳した。


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