闇魔女は六畳一間の平穏が欲しいだけ!

川乃千鶴

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第二章 神女の憂鬱

歯痒い2

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 真っ白なドレスを握りしめ、エファリューは努めて声を抑えながら反論した。

「ここに、手を差し伸べれば救える人間がいるのに、何もするなって言うの? それが貴方たちの崇める神なの?」
「……神女様がお手を煩わせることではないのです。お告げがあったと言って、解呪を薦めましょう。さあ、午後までゆっくり休んでください」

 かっとなってエファリューは、生真面目すぎる男を振り切り部屋を出た。アルクェスは声こそ出さぬが、慌ててエファリューを追う。
 すれ違う神官らが、ただならぬ様子の二人に目を見張っている。

 構わずずんずん突き進んでいくと、男がいる部屋の前でオットーと鉢合わせた。神女の様子に驚いた顔の大僧主に、アルクェスは訳を話して聞かせた。エファリューが余計なことを言い出さないよう、牽制するように二人の間に立つ。

「そうですか……告げが」

 オットーは、エファリューを上から下までじっと見つめた。

「稀……以前に、初めてのことですな。神女様から御神託とは」

 ぎくりと身を固くする二人に首を傾げ、オットーは穏やかに微笑む。

「何か大きなことが動こうとしているのかもしれません。承知しました。かの者はすぐに王都へ向かわせましょう」
「解呪ならわたし……わたくしが」
「エメラダ様」

 アルクェスに厳しい目で制される。さすがにエファリューも今は黙るしかないのだと、悔しい思いで口を噤んだ。

 その後、担架に乗せられた男が奥から出てきた。光の力で一時的に呪いが薄まってはいるが、彼の体に絡みついた呪詛は剥がれていないのを、エファリューは離れた所から見守った。
 薄く目を開けた男が、回廊の隅にいる神女に気付いて祈りの手を組んだ。穏やかに微笑みを浮かべた唇が、ありがとうございますと動くのを見て、エファリューは酷く居心地の悪さを覚えたのだった。

 ◇ ◇ ◇

 昼の休憩はまだ始まったばかり。エファリューは男のことが気掛かりで、食事をただ咀嚼しては飲み込む作業を繰り返していた。口を開けば面倒が起きると悟ってか、アルクェスも無言だ。

 湖畔の宿場まで馬車を使うことを許されず、担架にて運ばれる男は、途中で苦しんでいないだろうか。宿場から王都まで、馬車で五日はかかると聞いた。それまで持ち堪えるだろうか。
 助けることができるのに、取りこぼしてしまった己の小さな手を見つめ、エファリューは嘆息する。
 ふとその手に、小さな渡り鳥の幻影が見えた。エメラダが自ら癒し、厩番のフェイと飛び立たせたという小鳥の姿が、エファリューの視界を横切った。
 はっと、顔を上げる。

(そうか……エメラダもきっと同じだったんだ)

 小さな手のひらを握りしめて、エファリューは苦笑した。

(癒しの術を使えるエメラダが、どんな思いで橋を見守っていたのか、今ならわかる気がする……。できるのに、することを許されない。なのに感謝し崇められ……)

 エファリューはそれを、幸福なことだと享受してきた。そんな地位を手放したエメラダを、愚かだと嘲ってきた。

(どんなに虚しく、歯痒かったことかしら)

 だからエメラダは、フェイとの時間に心を安らげたのだと今ならわかった。自らの手で小鳥を空に放った時は、きっととても満ち足りた顔をしていたことだろう。

 今、エファリューの手の中でも、小鳥が羽ばたきたがっている──。


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