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第二章 神女の憂鬱
歯痒い
しおりを挟む五日の後、改めて神殿に通い始めたエファリューは、気を引き締め直してエメラダになりきった。
神女不在の〈黄昏時〉は神官たちの張り合いがないというアルクェスの言葉を表すように、数日ぶりの姫の顕現にオットーの表情も明るい。心なしか、錫杖を振る八人の神官らの動きもいつも以上にきびきびとして見えた。
エメラダの微笑みに、人々は顔を綻ばせて神殿を後にする。いつも通りの光景だ。
列を乱さず、粛々と祭壇へ歩む礼拝者たち。不意に、その中心でどよめきが起きた。列に並んでいた男の一人が、ふらりとよろめいたかと思えば、橋から脚を滑らせて水場に落下したのだ。
橋との落差は小さく、深くもない水場なので溺れるような心配はなかったが、男は仰向いたまま起きない。気を失ってしまったようだ。
花灯りが男を避けるように、ゆらゆらと水面を漂う。エファリューの目には、男の周囲を包む黒い靄のようなものが見えた。
礼拝堂は一時騒然とし、男は僧兵らに引き揚げられると、奥の間に連れていかれた。
昼の鐘を合図に、信者の波が引くと、エファリューは男が介抱されているという部屋へ急いだ。
『お待ちなさい。特定の信者に心を掛けてはなりません』
『表からちょっと覗くだけよ』
扉にそっと隙間を作って中を窺う。オットーと数人の神官が、寝台に横たわった男に癒しの波動を浴びせていた。
その温かな光の中で、男の体を縁取る黒い靄がもぞもぞと蠢くのを、エファリューは確かにその目で見た。
『なんてこと、あの男、呪われているわ!』
エファリューはその場を離れ、神女の部屋としてあてがわれた一室に急いだ。扉を閉めるや、アルクェスに訴える。
「いくら癒しの術をかけたって無駄よ。呪いが体を蝕んでいるのだもの。あれは時間を掛けて、確実に命を蝕むタイプの呪いね。見た感じ、かなり侵食されてる……今すぐ解いてやらないと、長くないわ」
「残念ですが、ここに解呪ができる者はおりません。王都の解呪専門の施療院へ、紹介状を書きましょう」
「そんな悠長なこと言ってられないの!」
エファリューはアルクェスに詰め寄る。
「……ねえ。ここには、わたしという優れた呪詛の使い手がいることをお忘れ?」
闇はエファリューの敵ではない。呪術の多くが、昏い闇の底から生まれる。余程複雑に絡んだ術でない限り、解くこともお手のものだ。
「まずはよく診て……」
「それはなりません」
男のもとへ戻ろうとするエファリューの前に、アルクェスは立ち塞がった。
「信者に特別な施しをされては困ります。神女様は等しく平らかに民を見守るものです。その長い歴史と教義を歪めてはなりません」
「だけど……このままじゃ死ぬかもしれないのよ?」
「急ぎ、王都に向かわせましょう」
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✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
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