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第二章 神女の憂鬱
噂あれこれ2
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「先代の神女様……というのが、専らの噂なのです……」
「はっ……?」
一個だけ酸っぱい苺に当たって、エファリューはべっと舌を出した。
ここでも神女が顔を出してくるとは、思ってもみなかった。八百年前からとことんエファリューとは縁があるらしい。
「先代っていうのは、エメラダの……」
「叔母様だそうです。病の床に臥して、エメラダ様に座をお譲りして間もなく、お亡くなりに……。ご健在であらせられれば、お齢は三十代半ばと伺っております。先代の神女様に仕えていらっしゃったのが、ロニー様の御父上である先代メリイェル侯でして……」
「若い二人は惹かれあったと……」
「え、ええ、まあ、そういうことなのかと……」
エファリューは、ロニー卿に少しがっかりしながら腕組みした。
(この話が本当なら、ロニー卿も神女もただの男と女ってことね……。エメラダだって男と逃げたっていうのに……まったく、アルはいつまで夢を見ているのかしら)
「あの小娘が言っていた噂っていうのがこれなのかしら? だけど神女のスキャンダルと、代変わりと何が関係あるというの?」
「こ、小娘? まさかメ、メラニー様ですか……?」
エファリューは、自分の口から語るのは面倒で、壁に揺れる影を動かして、生意気な妹姫とのやり取りを映し出した。庭でマックスがやっていた記憶の投影と同じだ。
小柄な影が捲し立てるのを聞いていたミアは、だんだんと顔に朱を上らせ、影を取り払うように部屋の灯りを煌々と焚いた。
「もう、エファリューお嬢様ったら……こんなに失礼なことばかり言われて黙っているなんて」
「だって、わたしはあの小娘とはなんの関係もないし? なにより王族と喧嘩なんて御免よ。
で? 小娘が言ってるのは、なんのことだか分かる?」
「え、ええ……」
ミアはいつぞやのように辺りを窺い、何度も「噂だ」「事実無根だ」と前置きして語る。
「おそらく、その……エメラダ様を神女様にするため、先代様がお隠れになるよう、ハルストレイム家が一枚噛んだというお話ではないでしょうか」
「はあ? どうしてそういうことになるの?」
「あのっ、ですから事実無根で……決してそのようなことはあり得ないと、アルクェス様を見ていたらお分かりでございますよね? わたくしも代変わりに立ち会ったわけではありませんし、詳しくは存じ上げないのですが……」
ミアが濁した言葉の中に、不穏な気配を感じ取り、エファリューは寝台を抜け出した。
耳飾りが外されて、近くに見当たらないので、直接呼びかけることはできない。
「アルを呼んでちょうだい」
「えっ、いえ、ですが! このお話は……」
「貴女から聞いたなんて言わないから、大丈夫よ。ほら早く。呼ばないなら、自分で行くわ」
「ええっ、エファリュー様ぁ! ご容赦を!」
ミアにしがみつかれながら、扉を何枚も潜って廊下に出たところで、エファリューは面倒くさくなった。病み上がりなうえ、出血過多な下半身を引きずってまで、アルクェスの部屋まで行く気力はない。
するとちょうどいいところに、サラが通りかかった。真夜中だというのに、書庫から本を運んでいるようだ。アルクェスの命で、それらを届けるところなのだろう。
エファリューはすかさず彼女を呼び止め、命じた。
「アルにここへ来るよう伝えて。朝になってからなんて悠長なことを言うようなら、エファリューが死にそうだと言ってもいいわ。とにかく、色仕掛けでも何でもして、連れてきてちょうだい」
サラは無表情のまま首を傾げて、去ってしまったので、了承してくれたのかどうかはわからない。
しかし程なくして、血相を変えたアルクェスが髪を振り乱しながら全力疾走で現れたので、サラはちゃんと働いてくれたようだ。彼の頬や首筋にべったりついた口紅の痕が、サラの勤労の証だ。
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「はっ……?」
一個だけ酸っぱい苺に当たって、エファリューはべっと舌を出した。
ここでも神女が顔を出してくるとは、思ってもみなかった。八百年前からとことんエファリューとは縁があるらしい。
「先代っていうのは、エメラダの……」
「叔母様だそうです。病の床に臥して、エメラダ様に座をお譲りして間もなく、お亡くなりに……。ご健在であらせられれば、お齢は三十代半ばと伺っております。先代の神女様に仕えていらっしゃったのが、ロニー様の御父上である先代メリイェル侯でして……」
「若い二人は惹かれあったと……」
「え、ええ、まあ、そういうことなのかと……」
エファリューは、ロニー卿に少しがっかりしながら腕組みした。
(この話が本当なら、ロニー卿も神女もただの男と女ってことね……。エメラダだって男と逃げたっていうのに……まったく、アルはいつまで夢を見ているのかしら)
「あの小娘が言っていた噂っていうのがこれなのかしら? だけど神女のスキャンダルと、代変わりと何が関係あるというの?」
「こ、小娘? まさかメ、メラニー様ですか……?」
エファリューは、自分の口から語るのは面倒で、壁に揺れる影を動かして、生意気な妹姫とのやり取りを映し出した。庭でマックスがやっていた記憶の投影と同じだ。
小柄な影が捲し立てるのを聞いていたミアは、だんだんと顔に朱を上らせ、影を取り払うように部屋の灯りを煌々と焚いた。
「もう、エファリューお嬢様ったら……こんなに失礼なことばかり言われて黙っているなんて」
「だって、わたしはあの小娘とはなんの関係もないし? なにより王族と喧嘩なんて御免よ。
で? 小娘が言ってるのは、なんのことだか分かる?」
「え、ええ……」
ミアはいつぞやのように辺りを窺い、何度も「噂だ」「事実無根だ」と前置きして語る。
「おそらく、その……エメラダ様を神女様にするため、先代様がお隠れになるよう、ハルストレイム家が一枚噛んだというお話ではないでしょうか」
「はあ? どうしてそういうことになるの?」
「あのっ、ですから事実無根で……決してそのようなことはあり得ないと、アルクェス様を見ていたらお分かりでございますよね? わたくしも代変わりに立ち会ったわけではありませんし、詳しくは存じ上げないのですが……」
ミアが濁した言葉の中に、不穏な気配を感じ取り、エファリューは寝台を抜け出した。
耳飾りが外されて、近くに見当たらないので、直接呼びかけることはできない。
「アルを呼んでちょうだい」
「えっ、いえ、ですが! このお話は……」
「貴女から聞いたなんて言わないから、大丈夫よ。ほら早く。呼ばないなら、自分で行くわ」
「ええっ、エファリュー様ぁ! ご容赦を!」
ミアにしがみつかれながら、扉を何枚も潜って廊下に出たところで、エファリューは面倒くさくなった。病み上がりなうえ、出血過多な下半身を引きずってまで、アルクェスの部屋まで行く気力はない。
するとちょうどいいところに、サラが通りかかった。真夜中だというのに、書庫から本を運んでいるようだ。アルクェスの命で、それらを届けるところなのだろう。
エファリューはすかさず彼女を呼び止め、命じた。
「アルにここへ来るよう伝えて。朝になってからなんて悠長なことを言うようなら、エファリューが死にそうだと言ってもいいわ。とにかく、色仕掛けでも何でもして、連れてきてちょうだい」
サラは無表情のまま首を傾げて、去ってしまったので、了承してくれたのかどうかはわからない。
しかし程なくして、血相を変えたアルクェスが髪を振り乱しながら全力疾走で現れたので、サラはちゃんと働いてくれたようだ。彼の頬や首筋にべったりついた口紅の痕が、サラの勤労の証だ。
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