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第二章 神女の憂鬱
エファリュー、小娘にマウントを取られる2
しおりを挟む「婚約が決まって、わたくし毎日忙しいんですの。これまで以上にお勉強もお稽古も増えましたし。諸侯との絆を深めるために、最近はわたくしがサロンを開いておりますのよ」
ころりと話題を変えた幼い姫は、エメラダの微笑みを貼り付けたエファリューに、臆せず言い放つ。
「毎日、毎日……お人形のように座っていればいいだけのお姉様が羨ましいですわ」
小馬鹿にした態度を隠そうともしない。さあ傷付いた顔を見せてみろ、と言わんばかりだ。
だがエファリューには、ちっとも響いていなかった。
(え? 当然でしょ? ちょっと退屈だけど、こんな贅沢な暮らしないわよね? それに引き換え、貴女はお可哀想ねぇ。王太子の側室だなんて、これからの苦労が目に見えているじゃない。そりゃあ、エメラダが羨ましくもなるわよねぇ)
憐れみの微笑みで頷く姉姫に、メラニーは苛立ちを露わにした。
「ですけど、わたくし、お姉様の妹でよかったとつくづく思いますわ。……だって神女になど、頼まれたってなりたくありませんもの」
これにはエファリューも驚きだ。思わず「何で、どうして」と聞き返しそうになって、口を塞いだ。
やっとの思いで、姉姫から望み通りの表情を引き出せたメラニーはもう止まらなかった。
「なんにも疑っていらっしゃらないのね、お可哀想なお姉様。わたくしと違って? 王女だからこそのご苦労はされなくて済むのでしょうけれど、こんな狭い世界に閉じ込められて、一生を終えるなんて……哀れですわね」
一つも気遣いを感じられない不遜な口ぶりだ。
「神女になったら最後。お父様とお母様にも、娘とは思っていただけない。自由に恋愛もできない。ここはまるで鳥籠ですわね?」
幼い口許を歪めて、姫は詰め寄る。
「ただ第一王女に生まれたというだけで、なんの努力もせずに敬われ愛されることを、恥ずかしいとは思わないのですか?」
(え──? 思いませんけどぉ?)
エメラダはどうだか知らないが、エファリューには全く痛くも痒くもないことだ。少なくとも十日間、鬼の淑女矯正教育を受けてこの場に立っているのだ。一応は努力したつもりだから、メラニーに苦労知らずと侮られる筋合いはない。
余裕綽々の神の微笑みに、さらなる口撃が降りかかる。
「ああ、今日でお姉様とお別れなんて寂しい。お父様がわたくしのために誂えてくださった、とーっても素敵な花嫁衣装を見せて差し上げたかったわ」
(いや、面倒なんで、謹まずに堂々と遠慮するわ)
「それにわたくしも見たかったですわ、神女の代変わりの時に、お姉様がどんなお顔でその座をお譲りになるのか。……ほら、あのお噂が本当でしたら、今度はご自身の番ですものね?」
何のことかと首を傾げそうになるのをこらえ、早く帰ってくれの一心でエファリューは表情を変えない。するとメラニーは、不機嫌に意地の悪い笑みを上塗りした。
「ハルストレイムの若君も、どうされるおつもりなのでしょう」
(ん? 何でアルが出て来るの?)
「あの方、相当な神女信者なのでしょう? 座を退いた姫と、座に就く姫……その時が来たらどちらを取るのでしょうね」
メラニーはくすくす笑う。
「神女でなければ価値もないのに、次の王に娘が生まれれば、長く座に居座るほど疎まれてしまうなんて、不幸ですわね。でもそうですよね? だってあんまり古くなったら、お飾りだって見栄えがしなくなってしまいますものねぇ。
勇んで一番にお生まれになったばかりに、こんなハズレを引いてしまって、お姉様ったら本当にお可哀想。ああ、わたくしは慎ましく、二番目に生まれてこられて本当によかった!」
散々ひとを嘲っておいて、「ご機嫌よう」だなんて言葉を最後にメラニーは退室した。どうせもう二度と会うこともないのだし、初対面のエファリューには道ですれ違った犬に吠えられた程度のことだ。姉姫を見下して、自尊心を満たしたいメラニーの思惑通りになってはやれなかった。
ただ、少しもやもやとする気持ちだけ残された。
(そんなに言われるほど、神女の座は悪いものかしら?)
メラニーと入れ替わるように、心配そうな顔で入室してきたアルクェスに尋ねたいことは様々あった。だが強烈な口撃を受け流すので疲れ切ったエファリューは、口を開けるのも億劫で、粛々と午後の勤めに戻ったのだった。
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