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第二章 神女の憂鬱
イイオトコとは? 2
しおりを挟むその後、湯浴みと夕食を済ませたエファリューは早めに自分の城へ帰って、誰にも気を遣わない優雅な時間をごろごろと過ごしていた。
そこへ階下からノックが響く。天井板で床板の城門を開くと、アルクェス付きの侍女サラが梯子を掛けようとしているところだった。
サラは無言で、エファリューを階下へ促す。ミアのようにおどおどしたところはないが、とかく口数が少ない。何を考えているか分からないというより、考えることを放棄して、粛々と主人の命令に従っているような印象の侍女だ。
サラについていくと、隣室に温かで香りの良い茶と焼き菓子が山のように用意されていて、テーブルを白と桃色のネリネの花が彩っていた。
寝間着とまではいかないが、寛いだ格好で執務机に向き合っていたアルクェスが顔を上げて、エファリューに席を勧める。
「本日の騒ぎをお耳に入れたメリイェル侯爵ロニー・アーレント様から、お見舞いをいただきました。ロニー卿のせっかくのご厚意です、遠慮せずにどうぞ」
体型維持と肌質改善のために、就寝前の甘いものなんて普段は絶対にお許しが出ないが、今日は彼も配慮してくれたようだ。
絶品のクッキーを満面の笑みで口に運び、添えられたカードに目を通す。流れる水の如くしなやかな筆跡で、伸び伸びしたメッセージが書かれていた。
『初日から大変でしたね。信者もさることながら、隣にいる男もなかなかクセモノでしょう?』
エファリューは急いでクッキーを飲み込んで尋ねた。
「なに? 侯爵は身代わりを知っているの?」
「ええ。こちらの城主はロニー卿ですので。貴女が鍛錬に励む姿も、時折り覗いてらっしゃいましたよ」
「全然気付かなかったわ……」
そんな余裕もなかったのだが。
カードには、最後にこう添えられていた。
『本日捕えられた不届者は、オットー殿の寛大なご処置で、鉱山労働に駆り出されることになりました。どうか御心を痛めませんように』
美しい文字の向こうに、スマートに片眼を瞑って目配せする紳士の姿が見えるようだ。
エファリューはネリネを一輪手にすると、耳の上に挿した。
「心遣いが素敵ね。こんなに美味しいお菓子に、綺麗な花……嬉しくなっちゃうわ」
「……花は、わたしからです」
アルクェスは言い淀んで咳払いをする。
「少しばかりも、心の慰みになればよいのですが……」
(……そうよ、アル。それでいいの! これくらいの気持ちが、ちょうどいいのよ!)
ほっとする思いで微笑みかけたエファリューに、彼も同じように安堵の笑みを零した。
「それから、こちらを……」
「……ん?」
手渡されたのは、ウサギの耳が蓋の持ち手になっている可愛らしい小瓶だ。蓋を開けると、ミモザを思わせる爽やかな香りが立った。とろりとしたクリームのようなものが入っている。
匂いから食べられそうにないと判断し、首を傾げるエファリューの手に、アルクェスは指に掬ったそれを塗り込めた。
「少し、指先が荒れているようでしたので。今晩からは、寝る前に必ずこちらをお使いください」
「あ、ありがとう……」
「今日のようなことは二度とあってはなりませんが、信者たちの間で神女様の手がかさついていたなどと噂が広まるのは、もっと避けなければなりません。神女様はいつ如何なる時でも、指先まで美しくなければ」
エファリューは呆れて、じっとりとねめつけた。
「……そういうところよ、アル」
「何がです?」
「分からないなら、それまでね。おやすみ」
「あっ、お待ちなさい! 歯磨き! 歯磨きを忘れていますよ! エヴァ!」
神女の役目はなんてことなかったのに、何のせいか……誰かさんのせいか、初日からどっと疲れて、エファリューは泥のように眠った。
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