闇魔女は六畳一間の平穏が欲しいだけ!

川乃千鶴

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第一章 闇魔女はスパルタ教師に囲われる!?

飴と鞭

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 エメラダの部屋のある一郭から対をなす尖塔へと、庭園に面した回廊を抜けて、アルクェスは歩む。そのあとを雛鳥のようについて歩きながら、エファリューは闇を孕んだ夜気を、胸いっぱいに吸い込んだ。
 日に日に寒さが深まる夜空には、大小様々な星々が散りばめられている。耳を澄ましたら、さらさらと零れる星屑の囁きさえ聴こえてきそうな、静かな夜だ。しっとり濡れた宵闇は、甘い香りがした。

 やがて行き当たった城壁の扉に、アルクェスは鍵を差し込み、重い扉を引いた。
 開かれた扉の先は、尖塔の壁に沿って、上と下それぞれにぐるりと階段が伸びている。
 その、地下へと進む階段へと、アルクェスはエファリューを誘った。手燭の灯りだけでは、足元がおぼつかない暗さだ。彼は慣れた仕草でエファリューの手を取ると、一段一段ゆっくりと階下へ進んだ。

「魔法で照らしてもいいですが、あまりに明るくて、寝ているところを驚かせては可哀想ですからね」
「……? なに?」
「さあ、着きましたよ。よく、目を凝らしてごらんなさい」

 段差がなくなり、平らな石畳みの感触を靴底が伝えてきた。
 アルクェスが掲げた手燭の炎が揺れ、奥の闇をわずかに払う。闇の中で、何かがもぞもぞと動いた。決して小さくはない何かだ。エファリューの足元まで、石造りの床を通して蠢く振動が伝わってくる。

 きゅっ、と小さな声がして、エファリューも「あっ」と声を上げた。
 すると、返事をするように風が巻き起こり、揺れる炎に照らされ、空色の鱗が闇の中で煌めいた。

 再会を喜ぶように、両翼を広げた子竜の胸に、エファリューは転ぶようにして飛び込んだ。


 少し湿った地下の空気が、寝床の洞穴に似ているからか、子竜は穏やかに腰を落ち着けている。拘束具の類も見られず、まるで子竜自らの意志でここに囚われているようだ。
 まだ軟らかな首筋の鱗を撫で、エファリューは揺れる灯りを振り返った。

「どうして」
「竜の子の命を保証する約束でしょう? スフェーンの棲家まで見守るのは骨が折れますので、目の届くところにいてくれた方が、助かるんですよ。この子もとても賢い。貴女の外套を見せたら、大人しくついてきたそうですよ」

 闇に目を凝らし、寝藁や水、飼い葉となる魔力の珠が奥にあること、子竜の体に傷がないことを確かめたエファリューは、苦笑をこぼした。

「わたしを飼い馴らしたいのなら、手の内を明かしてしまったら駄目じゃない」

 彼の心のうちはどうか知らないが、これでは子竜をどうこうする気なんてないのだと思い込みそうになる。そうでなくとも、こんなに近くにいるのなら、子竜を連れて逃げ出したっていいのだとさえ、エファリューは笑う。
 しかし彼はちっとも気にしていないようだ。

「そうは思っても、しばらくは逃げる気力も体力も残らないでしょうから、その間に子竜をこちらに手懐けてみせますよ」
「ふふーんっ、できるものならやってみなさい!」

 強がってみせるが、嬉しさを隠しきれないエファリューの口はむずむずした。にやけた顔で子竜を撫でていると、手燭の炎を揺らしながらアルクェスが隣に立った。

「正直、半日で根を上げると思っていましたよ。逃げる気なら、逃げただろうとも……。しかし、貴女はわたしが思う数段上の強かさをお持ちのようですし、この竜との結び付きも深いようだ。それならばこれくらいの褒美でもあった方が、貴女はなお励んでくれると期待を掛けているのだと、頭の片隅に置いてくださいね?
エファリュー。今日はよく頑張りましたね」

 火明かりに揺れる彼の微笑みは、初めて中庭で言葉を交わした時のように穏やかだ。
 彼が優しく掛けてくれたその言葉は、もう随分と昔に聞いたきり、エファリューは耳にしたことがない響きだった。あまりに久しぶりすぎて、知らない言葉を聞いたような思いさえする。気が向いた時しか働かない彼女には、無縁の言葉であったのは確かだ。親代わりだった魔法の師が、エファリューのミモザの髪を撫でながら、病の床で最期にくれた言葉だったのを思い出す。
 ずっと忘れていた、懐かしい温かさが胸の奥から込み上げて、エファリューは親に甘える子供のように、アルクェスに縋りついた。


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