上 下
7 / 114
第一章 闇魔女はスパルタ教師に囲われる!?

うまい話には裏があったけど、やっぱりうまかった。3

しおりを挟む
 白百合のように裾が広がったドレスを身に纏い、髪もサラの手で複雑に結われて、エファリューは再びアルクェスと対峙した。
 寝室ではなく、応接間に移動した彼は、ようやくまともに視線を合わせる気になったようだ。優雅に頭を下げ、上から下までエファリューを眺め、感嘆の息を吐いた。

「……まさしくエメラダ様と瓜二つだ」

 エメラダがどんな姫かエファリューは知らないが、自分と瓜二つなのだから、匂い立つような色気と、相反して子猫のように無邪気な可憐さを持ち合わせた、さぞ美しい顔貌の愛され姫なのだろうと勝手に頷いた。

 勧められた椅子にどっかと腰掛けるエファリューを、アルクェスは何かを堪えるように拳を握って見つめた後、改めてこの身代わり契約の詳細と留意点を語り聞かせた。

「この城は、エメラダ様の居城です。わたしを初め、姫のお世話を仰せつかった者どもがともに暮らしております。
わたし、アルクェスは、エメラダ様に仕え、神学と礼儀作法の教育を担当しております。サラはわたし付きの侍女ですが、ともに行動することが多いので、姫様も彼女に信を置いております。後ほどご案内いたしますが、城内の者はこの身代わりについて承知しておりますので、彼らと話してエメラダ様との関係性を学ばれるのも良いでしょう。ただし神殿においては別です。あちらにおいでの神官らは何も知りませんので、エメラダ様と入れ替わったと気付かれぬよう、そこだけは注意を払ってください」
「はいはい」

 エファリューは、サラに出されたスコーンを丸齧りし、ドレスにぼろぼろ雪を降らせる。もぐもぐ頬張って栗鼠のようになりながら、艶やかな口の端を歪めたアルクェスに問うた。

「で? そのエメラダには会わせてもらえないのかしら? 会わないことには真似することもできないし、そもそも……身代わりが必要な理由はなんなの?」
「そっ、それは……」

 明らかに動揺して、アルクェスが視線を外す。
 これは口を割るまで時を要しそうだと判じたエファリューは、身を乗り出した。彼の色白な耳元に唇を寄せて、まるで息を吹きかけるように囁く。

「お・し・え・な・さい?」

 アルクェスは再び耳まで真っ赤に染め、椅子から転げ落ちん勢いで身を引いた。
 悪趣味な脅しをかけてきた仕返しをしてやれた気分で、エファリューはおおよそ姫に似つかわしくない、下衆な笑みを浮かべた。

「エッ、エメラダ様は昨日さくじつより行方が知れないのです」
「あら、それって大変なんじゃないの?」
「ええ大変ですとも、一大事です! 城内が手薄なのも、姫様を探しに出払っているからです」

 今のところは、月の障りで城に篭っていると神殿には伝えてあるという。エファリューは首を傾げた。

「神女様の一大事なのに、神殿の人間が知らないっておかしくない? ん? というか、身代わりを立てて誤魔化そうとしてるわよね? なんで?」
「それは……」
「アルクェスさ・ま?」

 エファリューは口を尖らせ、ふぅっと息を吐く振りをする。

「はしたない真似はおよしなさい! はあ……。実は、エメラダ様は……」

 ようやく口を割ったが、ごにょごにょしていて要領を得ない。うわごとのように呟かれる彼の話をまとめて、エファリューなりに噛み砕いた言葉で確かめた。

「つまり、厩番の男と駆け落ちしたってことでいい?」
「そんな下世話な言い方はおやめなさい! 姫様にはきっと崇高なるお考えあってのこと……」
「いや。『これからはただの娘として、この方と生きていきます』って書き置きがある時点で、ただの色惚けでしょう」
「拐かされたのかもしれないでしょう!?」
「さっきと言ってること違わない? 崇高な考えはどうしたのよ」
「くっ……!」

 項垂れるアルクェスの様子から、駆け落ちしたと認めざるを得ない姫の秘めた想いを、彼が知っていたことが窺えた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

駆け落ちした姉に代わって、悪辣公爵のもとへ嫁ぎましたところ 〜えっ?姉が帰ってきた?こっちは幸せに暮らしているので、お構いなく!〜

あーもんど
恋愛
『私は恋に生きるから、探さないでそっとしておいてほしい』 という置き手紙を残して、駆け落ちした姉のクラリス。 それにより、主人公のレイチェルは姉の婚約者────“悪辣公爵”と呼ばれるヘレスと結婚することに。 そうして、始まった新婚生活はやはり前途多難で……。 まず、夫が会いに来ない。 次に、使用人が仕事をしてくれない。 なので、レイチェル自ら家事などをしないといけず……とても大変。 でも────自由気ままに一人で過ごせる生活は、案外悪くなく……? そんな時、夫が現れて使用人達の職務放棄を知る。 すると、まさかの大激怒!? あっという間に使用人達を懲らしめ、それからはレイチェルとの時間も持つように。 ────もっと残忍で冷酷な方かと思ったけど、結構優しいわね。 と夫を見直すようになった頃、姉が帰ってきて……? 善意の押し付けとでも言うべきか、「あんな男とは、離婚しなさい!」と迫ってきた。 ────いやいや!こっちは幸せに暮らしているので、放っておいてください! ◆小説家になろう様でも、公開中◆

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

誰の代わりに愛されているのか知った私は優しい嘘に溺れていく

矢野りと
恋愛
彼がかつて愛した人は私の知っている人だった。 髪色、瞳の色、そして後ろ姿は私にとても似ている。 いいえ違う…、似ているのは彼女ではなく私だ。望まれて嫁いだから愛されているのかと思っていたけれども、それは間違いだと知ってしまった。 『私はただの身代わりだったのね…』 彼は変わらない。 いつも優しい言葉を紡いでくれる。 でも真実を知ってしまった私にはそれが嘘だと分かっているから…。

処理中です...