闇魔女は六畳一間の平穏が欲しいだけ!

川乃千鶴

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第一章 闇魔女はスパルタ教師に囲われる!?

エファリュー、夜逃げする

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 酒場の灯りも落とされて、酔漢たちの調子っぱずれな歌が帰路を行く。
 屋根から見下ろしていたエファリューは、街路に満ちた酒の香りに、鼻をひくひくさせた。
 つんと少し上向いた妖精じみた鼻先は、夜気に赤く染まっている。こんな寒気の深い夜は、安酒かっくらってブランケットにくるまっていたい。だがエファリューの懐には、麦穂酒ビア一杯分の余裕もなかった。
 零れ落ちんばかりのミモザの花に似た、腰まで隠れるふわふわした髪を引っ詰めて、外套の襟を掻き合わせると、彼女はピィーっと指笛を吹いた。
 城郭都市ファン・ネルの宵闇を切り裂いて、指笛は響き渡り、山の麓の洞穴まで木霊した。眠りを妨げられた空色の子竜が這い出して、笛の音に導かれ、ファン・ネルの上空に飛来した。

「来てくれてありがとう。今夜はうんと遠くまで、飛んでちょうだい」

 お辞儀をするように頭を垂れたドラゴンの首に掴まり、エファリューはその背に飛び乗った。少女のように小柄な体は、子竜にとってちっとも負担ではないようだ。
 エファリューの指笛と巻き起こった風、飛来した子竜に警戒を強めた衛士たちが詰め所から飛び出してくる。
 城壁からは容赦なくエファリューめがけて、拘束縄の括られた矢が放たれる。

「きゃー、助けてー!
……なぁんて言っても、わたしを助けてくれる人はいないんで! 面倒でも、自分の身は自分で守らなきゃね!」

 矢面に手を翳し、大きな円をぐるりと描く。中空に、夜よりも濃い黒々とした闇が口を開く。エファリューに穴を穿ってでも捕らえんと迫る矢は、一矢残らず、その中へ吸い込まれてしまった。
 子竜の背で、高らかに笑いながら、エファリューはファン・ネルの街に手を振った。

「それでは、皆様。ごめんあそばせ」

 優雅に、そして悪戯めいた目配せで彼女は夜空に飛び立った。
 衛士たちの嘆きが街と一緒に遠ざかる。エファリューは陽気に鼻歌なんか歌って、瞬く間に星々のしじまの向こうに消えた。


 街にはなんの未練もない。
 両親? 故郷はとうになくしたからどうでもいい。
 師匠? 亡くなって久しい、もうたまにしか思い出さない。
 恋人? 友人? そんな煩わしいものいらない。
 残してきたものと言えば、滞納した家賃と踏み倒し続けたツケだ。

 エファリューは魔女だ。呪い……かける方も解く方も同等に、呪詛術を得意としている。他にも薬を作るのが得意で、一丁前に店を持っているくらいだ。
 ところがこの魔女、性根が非常に怠惰なので、気が向いた時しか仕事をしない。商売っ気もまるでなくて、商売敵が店前で呼び込みをしようと全然対抗しようともしない。
 楽して暮らしたいが性分で、さらにたちの悪いのが、好きな言葉が「一攫千金」なところである。少ない元手で大儲けを狙い、たいした実入りもないくせに、売り上げはすぐに酒場で賭けに使った。
 そんなわけで金が貯まるはずもなく、家賃滞納、各方面へのツケは膨れ上がり、とうとう首が回らなくなって、夜逃げだ。

 真ん丸の、ちょっと水色がかった冴えた月に、エファリューは祈りを捧げる。

「ああ! なんの見返りも求めず、ただただわたしをひたすら甘やかしてくれて、ただただ息をしているだけで許される生活を与えてくれる、都合のいいお貴族様をお恵みください!」

 子竜がちゃんちゃら可笑しいと笑うように、ぷしゅんっとくしゃみをした。

「おぉっ!?」

 くしゃみの反動で大きく体を揺さぶられ、エファリューはぽろりと空に投げ出された。

「おぉおおおおおお!?」


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