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第1話 アニー ①
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祖母が亡くなった。享年八十四歳だった。
祖母と私は二人暮らしであり、死の前日までは、矍鑠としていたとまではいわなくても年相応に元気だった。死因は多臓器不全だという。庭先で倒れた所を知人に発見され、救急車の中で亡くなったそうだ。
わかっていたことではあったが、祖母の家族、親戚は私以外誰一人として来なかった。葬儀屋さんに言われるがまま、葬儀は粛々と行われた。近所の人が、祖母や私の陰口を叩いていたのが耳に入ったが、気にしなかった。
祖母の葬儀が終わり、遺品を整理していると、祖母の小物入れの中から『澄香ちゃんへ』と表に書かれた手紙と、一冊の本が出てきた。
そして今、私、『終野澄香』はその手紙を持って新幹線の中にいた。目的地は宮城県仙台市、仙台駅から歩いて30分程度の所にある図書館。遺品の本は非常に資料価値の高い本なので、そこに寄贈して下さい。そう祖母からの手紙に書いてあった。
新幹線が仙台駅に着き、私は大きなキャリーバッグをガラガラと引き摺って西口から出た。
時刻は午後6時を回っており、既に薄暗くなっていた。幾つもの巨大なビルが灰色に染まり私を出迎えた。駅周辺全体を覆う広大なペデストリアンデッキ上には、仕事や学校帰りと思われる人を始めとする老若男女さまざまな人たちが人波を作っていた。ペデストリアンデッキ下には更に莫大な数の車が走り、轟音を立てている。騒々しい街だが、個人的には悪くない印象を持った。
さて、目的地に向かう事にしよう。新幹線の中で早めの夕食は採ったし、ビジネスホテルの予約もしてある。本の寄贈手続きが終わったら数日間観光をするのもいいかもしれない。
その後は、どこか適当な公園で首を吊るのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その前日。とある会議室。テーブルを囲み数人が椅子に腰掛けている。何故か照明は薄暗かった。
「状況を確認します」
眼鏡をかけたスーツの女性が、怜俐な、どこか機械的な印象を与える声で言う。
「白澤光 作『プリンキピア』の原本。本物だとすれば絶対に回収しなくてはならない魔導書です。3日前、仙台市図書館に献本するとの電話がありました。直接持ってきて下さるそうです。」
「あー、ごめん質問」
中年の、緩んだ雰囲気の男が右手と声を挙げる。
「俺今日千葉から戻ってきたばっかでその話初めて聞くんだけどさ。ぶっちゃけその人の勘違いじゃない?それか騙りか。ニュートンが書いた方のプリンキピアと間違えてるとか。いやそれはそれでレアなんだけど。白澤光を知ってるって事は魔法使いなんだろうけどどんな人なん?普通に献本してくれるだけなんじゃね?ここまで警戒する必要ある?わざわざ俺まで呼び出して」
一気にまくし立てた。スーツの女は冷静に、一言答えた。
「終野澄香と名乗りました」
その場の全員が一瞬絶句した。
「まさか……」
「そのまさか、の可能性が高いです。電話を受けた図書館員いわく恐らく未成年の女性の声とのことで、祖母の遺言で献本するそうで、白澤光の事は知らない様子だったとのことです。お亡くなりになった祖母の名前は────終野黒枝」
会議室内を沈黙が満たす。スーツの女はさらに続ける。
「仮に本物の終野黒枝の孫娘が本物の『プリンキピア』を献本しに来ただけだったとしても警戒は必要です。その場合黒枝の意図が不明ですし、何が起こるか分かりません。どこかしらにブラフがあり、何か別の意図で動いている可能性も十二分にあり得ます。そして」
スーツの女はそこで一旦言葉を切り、全員を見渡した。そして。
「終野澄香という個人が存在した記録は────一切ありませんでした」
そう言い放った。
そこでそれまで黙っていた、ローブを頭からすっぽり被っている人物が不思議そうに問うた。
「貴女が調べてもですか。石神さん」
「私が調べてもですよ。貞岡さん」
「失礼しました。続けて下さい」
貞岡はあっさりと詫び、引き下がった。
石神は続ける。
「現時点では終野澄香が魔法使いかそうでないか、別の意図があるかないかさえ分かりません。しかし危険性を鑑み、私のアドミニストレータ権限で皆さんを召集させて頂きました。
2日前から既に灰谷契君を始め数十人が仙台市全域を警戒しています。何か異常事態があればすぐ連絡をするよう伝えてあります。
皆さんには『塔』内部で終野が現れた際の警戒、万一の場合戦闘をお願いします」
石神は最後に再度全員の顔を見渡した。先程までとは全く違う。全員が気負いもてらいも恐れも傲りもない、ただ事実をありのままに捉え、覚悟を決めた魔法戦闘のプロの顔をしていた。
石神はその怜俐な顔で、にこりと笑った。
「よろしくお願いします」
祖母と私は二人暮らしであり、死の前日までは、矍鑠としていたとまではいわなくても年相応に元気だった。死因は多臓器不全だという。庭先で倒れた所を知人に発見され、救急車の中で亡くなったそうだ。
わかっていたことではあったが、祖母の家族、親戚は私以外誰一人として来なかった。葬儀屋さんに言われるがまま、葬儀は粛々と行われた。近所の人が、祖母や私の陰口を叩いていたのが耳に入ったが、気にしなかった。
祖母の葬儀が終わり、遺品を整理していると、祖母の小物入れの中から『澄香ちゃんへ』と表に書かれた手紙と、一冊の本が出てきた。
そして今、私、『終野澄香』はその手紙を持って新幹線の中にいた。目的地は宮城県仙台市、仙台駅から歩いて30分程度の所にある図書館。遺品の本は非常に資料価値の高い本なので、そこに寄贈して下さい。そう祖母からの手紙に書いてあった。
新幹線が仙台駅に着き、私は大きなキャリーバッグをガラガラと引き摺って西口から出た。
時刻は午後6時を回っており、既に薄暗くなっていた。幾つもの巨大なビルが灰色に染まり私を出迎えた。駅周辺全体を覆う広大なペデストリアンデッキ上には、仕事や学校帰りと思われる人を始めとする老若男女さまざまな人たちが人波を作っていた。ペデストリアンデッキ下には更に莫大な数の車が走り、轟音を立てている。騒々しい街だが、個人的には悪くない印象を持った。
さて、目的地に向かう事にしよう。新幹線の中で早めの夕食は採ったし、ビジネスホテルの予約もしてある。本の寄贈手続きが終わったら数日間観光をするのもいいかもしれない。
その後は、どこか適当な公園で首を吊るのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その前日。とある会議室。テーブルを囲み数人が椅子に腰掛けている。何故か照明は薄暗かった。
「状況を確認します」
眼鏡をかけたスーツの女性が、怜俐な、どこか機械的な印象を与える声で言う。
「白澤光 作『プリンキピア』の原本。本物だとすれば絶対に回収しなくてはならない魔導書です。3日前、仙台市図書館に献本するとの電話がありました。直接持ってきて下さるそうです。」
「あー、ごめん質問」
中年の、緩んだ雰囲気の男が右手と声を挙げる。
「俺今日千葉から戻ってきたばっかでその話初めて聞くんだけどさ。ぶっちゃけその人の勘違いじゃない?それか騙りか。ニュートンが書いた方のプリンキピアと間違えてるとか。いやそれはそれでレアなんだけど。白澤光を知ってるって事は魔法使いなんだろうけどどんな人なん?普通に献本してくれるだけなんじゃね?ここまで警戒する必要ある?わざわざ俺まで呼び出して」
一気にまくし立てた。スーツの女は冷静に、一言答えた。
「終野澄香と名乗りました」
その場の全員が一瞬絶句した。
「まさか……」
「そのまさか、の可能性が高いです。電話を受けた図書館員いわく恐らく未成年の女性の声とのことで、祖母の遺言で献本するそうで、白澤光の事は知らない様子だったとのことです。お亡くなりになった祖母の名前は────終野黒枝」
会議室内を沈黙が満たす。スーツの女はさらに続ける。
「仮に本物の終野黒枝の孫娘が本物の『プリンキピア』を献本しに来ただけだったとしても警戒は必要です。その場合黒枝の意図が不明ですし、何が起こるか分かりません。どこかしらにブラフがあり、何か別の意図で動いている可能性も十二分にあり得ます。そして」
スーツの女はそこで一旦言葉を切り、全員を見渡した。そして。
「終野澄香という個人が存在した記録は────一切ありませんでした」
そう言い放った。
そこでそれまで黙っていた、ローブを頭からすっぽり被っている人物が不思議そうに問うた。
「貴女が調べてもですか。石神さん」
「私が調べてもですよ。貞岡さん」
「失礼しました。続けて下さい」
貞岡はあっさりと詫び、引き下がった。
石神は続ける。
「現時点では終野澄香が魔法使いかそうでないか、別の意図があるかないかさえ分かりません。しかし危険性を鑑み、私のアドミニストレータ権限で皆さんを召集させて頂きました。
2日前から既に灰谷契君を始め数十人が仙台市全域を警戒しています。何か異常事態があればすぐ連絡をするよう伝えてあります。
皆さんには『塔』内部で終野が現れた際の警戒、万一の場合戦闘をお願いします」
石神は最後に再度全員の顔を見渡した。先程までとは全く違う。全員が気負いもてらいも恐れも傲りもない、ただ事実をありのままに捉え、覚悟を決めた魔法戦闘のプロの顔をしていた。
石神はその怜俐な顔で、にこりと笑った。
「よろしくお願いします」
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