上 下
372 / 420
黒い獣

第341話-覚悟-

しおりを挟む
 優子達のところへと荷物を運び終わって自前のテントへと戻る。幸い患者は誰も並んでいない。それはつまり平和って事だ。それは何より。

「あら帰ってたの」
「おうただいま」

 チェルが俺の気配を察したのかテントまで様子を見に来てくれた。手には冷えた水が二つ、一つをこちらに差し出してくれる。

「いただきます」
「どうぞ。ただの水だけど」

 冷えた水は肉体労働の後の喉に染み渡る。快感とも言えるこの感覚は癖になるね。

「ところで、あの子達明日出て行くらしいけどいいの?」
「何がだ?」
「気になってるんでしょ」
「お、俺にはお前がいるし。結婚してるしよ。そんな事ねぇよ」

 チェルは心の底から理解できないと言った顔で落胆したようにため息を吐いた。こんなのは初めて見た。

「誰もそんな事言ってません。魔法教団絡みの事について言ってます」
「あ、あぁ……そっちのことな。早とちり早とちり」
「誰もあなたが浮気するなんて思ってません」

 さらっと言われたが恥ずかしいなこれ。いや、その信頼はありがたいんだがな。

「確かに気にはしてる。でもよ、俺に出来る事はしたつもりだ。これ以上はどうしようもないだろ」
「本当に?」

 覗き込むようにして刺してくる目線を何か確信を持ったかのように俺に向けてくる。目を背けたら負けだとは分かっていても本能的に顔自体背けてしまった。

「本当にいいの?」

 返事を催促するかのような念押し、それは今の俺にめちゃめちゃ効く。隠し事がバレた子どもの様に何も言えなくなった。

「しっかりしなさい。私が好きになった貴方はもっともっと真っ直ぐな人よ」

 二人だからって恥ずかしい言葉を惜しげもなく浴びせてくる。ただ、その選択は間違いじゃない。現に今猛烈に逃げられない状況に追い詰められている。

「手助けはしてやりたい……してやりたいけどよ。俺にはまだ仕事もある。それを放ったらかしにするのはできねぇ」
「貴方がいなくても大丈夫よ。ここまで商団のみんなは貴方ばかりに負担かけたくなくて努力して来てる。みんなを信じられない?」
「そんな事はない。でも何があるか分からねぇだろ」
「それはあっちの子たちも一緒よ。むしろもっと心配じゃない。それに教団の絡む事件に首を突っ込むことになるかもしれない。調べることは沢山あるんじゃないかしら」
「それによ、俺はお前のことも心配だ」
「私もついていくわ。途中まで」
「途中……?」
「ガルド城に戻りたいの。調べたいことが出来たから」
「何だよそりゃ」
「この事件に関係するかもしれないこと。どう? これでもまだうだうだ言うなら叩くわよ」

 強気な妻にここまで言われたらもう何も言い返せない。覚悟は決まった。

「頼みがある。俺はあいつらについていって力になりたい。何ができるかは分からねぇ。だけど教団が絡んでるなら何とかしてやりたい」

 頭を地面にぶつけてしまいそうなほど下げた。もうチェルの答えは分かってる。それでも改めて言うのが筋だと思ったから。

「勿論いいに決まってます。決まったら早くそれを伝えにいく!」
「おう!」









しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。 髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は… 悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。 そしてこの髪の奥のお顔は…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドで世界を変えますよ? ********************** 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです! 転生侍女シリーズ第二弾です。 短編全4話で、投稿予約済みです。 よろしくお願いします。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

嘘つくつもりはなかったんです!お願いだから忘れて欲しいのにもう遅い。王子様は異世界転生娘を溺愛しているみたいだけどちょっと勘弁して欲しい。

季邑 えり
恋愛
異世界転生した記憶をもつリアリム伯爵令嬢は、自他ともに認めるイザベラ公爵令嬢の腰ぎんちゃく。  今日もイザベラ嬢をよいしょするつもりが、うっかりして「王子様は理想的な結婚相手だ」と言ってしまった。それを偶然に聞いた王子は、早速リアリムを婚約者候補に入れてしまう。  王子様狙いのイザベラ嬢に睨まれたらたまらない。何とかして婚約者になることから逃れたいリアリムと、そんなリアリムにロックオンして何とかして婚約者にしたい王子。  婚約者候補から逃れるために、偽りの恋人役を知り合いの騎士にお願いすることにしたのだけど…なんとこの騎士も一筋縄ではいかなかった!  おとぼけ転生娘と、麗しい王子様の恋愛ラブコメディー…のはず。  イラストはベアしゅう様に描いていただきました。

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

気が付けば悪役令嬢

karon
ファンタジー
交通事故で死んでしまった私、赤ん坊からやり直し、小学校に入学した日に乙女ゲームの悪役令嬢になっていることを自覚する。 あきらかに勘違いのヒロインとヒロインの親友役のモブと二人ヒロインの暴走を抑えようとするが、高校の卒業式の日、とんでもないどんでん返しが。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

どうやら悪役令嬢のようですが、興味が無いので錬金術師を目指します(旧:公爵令嬢ですが錬金術師を兼業します)

水神瑠架
ファンタジー
――悪役令嬢だったようですが私は今、自由に楽しく生きています! ――  乙女ゲームに酷似した世界に転生? けど私、このゲームの本筋よりも寄り道のミニゲームにはまっていたんですけど? 基本的に攻略者達の顔もうろ覚えなんですけど?! けど転生してしまったら仕方無いですよね。攻略者を助けるなんて面倒い事するような性格でも無いし好きに生きてもいいですよね? 運が良いのか悪いのか好きな事出来そうな環境に産まれたようですしヒロイン役でも無いようですので。という事で私、顔もうろ覚えのキャラの救済よりも好きな事をして生きて行きます! ……極めろ【錬金術師】! 目指せ【錬金術マスター】! ★★  乙女ゲームの本筋の恋愛じゃない所にはまっていた女性の前世が蘇った公爵令嬢が自分がゲームの中での悪役令嬢だという事も知らず大好きな【錬金術】を極めるため邁進します。流石に途中で気づきますし、相手役も出てきますが、しばらく出てこないと思います。好きに生きた結果攻略者達の悲惨なフラグを折ったりするかも? 基本的に主人公は「攻略者の救済<自分が自由に生きる事」ですので薄情に見える事もあるかもしれません。そんな主人公が生きる世界をとくと御覧あれ! ★★  この話の中での【錬金術】は学問というよりも何かを「創作」する事の出来る手段の意味合いが大きいです。ですので本来の錬金術の学術的な論理は出てきません。この世界での独自の力が【錬金術】となります。

処理中です...