上 下
250 / 420
嵐の来訪者

第219話-犠牲にする価値-

しおりを挟む
 苦悶に満ちた表情を浮かべる目の前の人物、それでも視線だけは鋭くこちらを向いている。こちらの動きを逃さない。

「一歩間違えばお前の腕が折れていた……」
「それならそれまでだな。でもその場合最悪お前の腕も道連れにしてたさ。それがたまたま上手く行っただけさ」
「狂ってるぞお前……」
「自分の腕を犠牲にしてでも俺の役目を果たさないと行けないんだよ」
「さっき見つけた男はそれだけ価値があるのか?」
「あの人にじゃない。あの人が助けたい人に、それだけの価値があるんだ。自分の腕を犠牲にするかも知れない賭けをするぐらいのな」

 賭けには勝った。まぁ腕が折れる覚悟はしていたが。
 
「もう降伏してくれ。折れた腕じゃどうにもならないだろ」

 返事はない。無言が返事らしい。

「降伏する気がないなら、痛い時間が長くな……」
「降伏するはずがないだろ!!」

 そう言って後ろに走り出す。目の前には大きく太い樹が聳え立っている。放っておけばさっきの様に逃げられる。これが何かしらの意図に基づく罠でも放ってはおけない。後を追う様に走り出しす。
 勢いをつけて木の幹に足を掛けた相手を見てどこか違和感を感じて足を止めた。
 それは同じ戦い方をしていたからこそ感じ取れた違和感。その違和感は結果として現れる。
 さっきと違って木を登り切る前に勢いが失速していく。それが自分でも分かっているのか体勢がぎこちなくなっていく。
 考えてみれば簡単だ。腕が折れた状態だと身体の軸がぶれる、そして痛みで走る勢いが乗り切っていない。
 結果として登り切る前に幹から足が離れた。ただ樹を蹴りこっちに突っ込んできた。
 上空からの攻撃、こちらはそれを素直に受け止める意味もない。足を止めた場所から下がって着地同時に攻撃を仕掛けた。
 折れた腕に当てないよう、反対方向からの蹴りは防御の体勢を取らせる事もなく直撃、そのまま地面に仰向けで倒れ込んだ。

「もういいだろ。腕の処置をするから大人しくしてくれ」
「ふ……ざ……けるな、俺はウェルズ様の所に……」

 言葉も満足に言えない状況でも諦めていない。額に汗が滲んでいる。こっちがさせた怪我とは言え、これ以上は放っておかない方が良い。

「悪い。我慢しろよ」

 腹部へ垂直に渾身の力を込めた拳を振り下ろした。
 地面に倒れた標的は口から空気を吐き出す、それを最後に力が抜け、目を閉じた。呼吸は一定のリズムでしている。綺麗に意識を飛ばせた。
 とは言ってもすぐに腕の痛みで目が覚めるだろう。

「せめて処置の間は寝ててくれよ。さて、こっちは役目を果たしましたよ。そっちはお願いしますよ先輩」

 自分を頼ってくれた先輩が上手くいくよう願った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。 髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は… 悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。 そしてこの髪の奥のお顔は…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドで世界を変えますよ? ********************** 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです! 転生侍女シリーズ第二弾です。 短編全4話で、投稿予約済みです。 よろしくお願いします。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

嘘つくつもりはなかったんです!お願いだから忘れて欲しいのにもう遅い。王子様は異世界転生娘を溺愛しているみたいだけどちょっと勘弁して欲しい。

季邑 えり
恋愛
異世界転生した記憶をもつリアリム伯爵令嬢は、自他ともに認めるイザベラ公爵令嬢の腰ぎんちゃく。  今日もイザベラ嬢をよいしょするつもりが、うっかりして「王子様は理想的な結婚相手だ」と言ってしまった。それを偶然に聞いた王子は、早速リアリムを婚約者候補に入れてしまう。  王子様狙いのイザベラ嬢に睨まれたらたまらない。何とかして婚約者になることから逃れたいリアリムと、そんなリアリムにロックオンして何とかして婚約者にしたい王子。  婚約者候補から逃れるために、偽りの恋人役を知り合いの騎士にお願いすることにしたのだけど…なんとこの騎士も一筋縄ではいかなかった!  おとぼけ転生娘と、麗しい王子様の恋愛ラブコメディー…のはず。  イラストはベアしゅう様に描いていただきました。

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

気が付けば悪役令嬢

karon
ファンタジー
交通事故で死んでしまった私、赤ん坊からやり直し、小学校に入学した日に乙女ゲームの悪役令嬢になっていることを自覚する。 あきらかに勘違いのヒロインとヒロインの親友役のモブと二人ヒロインの暴走を抑えようとするが、高校の卒業式の日、とんでもないどんでん返しが。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

どうやら悪役令嬢のようですが、興味が無いので錬金術師を目指します(旧:公爵令嬢ですが錬金術師を兼業します)

水神瑠架
ファンタジー
――悪役令嬢だったようですが私は今、自由に楽しく生きています! ――  乙女ゲームに酷似した世界に転生? けど私、このゲームの本筋よりも寄り道のミニゲームにはまっていたんですけど? 基本的に攻略者達の顔もうろ覚えなんですけど?! けど転生してしまったら仕方無いですよね。攻略者を助けるなんて面倒い事するような性格でも無いし好きに生きてもいいですよね? 運が良いのか悪いのか好きな事出来そうな環境に産まれたようですしヒロイン役でも無いようですので。という事で私、顔もうろ覚えのキャラの救済よりも好きな事をして生きて行きます! ……極めろ【錬金術師】! 目指せ【錬金術マスター】! ★★  乙女ゲームの本筋の恋愛じゃない所にはまっていた女性の前世が蘇った公爵令嬢が自分がゲームの中での悪役令嬢だという事も知らず大好きな【錬金術】を極めるため邁進します。流石に途中で気づきますし、相手役も出てきますが、しばらく出てこないと思います。好きに生きた結果攻略者達の悲惨なフラグを折ったりするかも? 基本的に主人公は「攻略者の救済<自分が自由に生きる事」ですので薄情に見える事もあるかもしれません。そんな主人公が生きる世界をとくと御覧あれ! ★★  この話の中での【錬金術】は学問というよりも何かを「創作」する事の出来る手段の意味合いが大きいです。ですので本来の錬金術の学術的な論理は出てきません。この世界での独自の力が【錬金術】となります。

処理中です...