恋喰らい

葉月キツネ

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彼女と僕

お誘い

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「いらっしゃいませ」

 マスターと彼女の声が響く。
安心感のあるマスターの声と癒しの彼女声の組み合わせはこの店の良さだとにわか常連としては思う。
 今日は一人のようだ、大橋さんの姿はなかった。

「抹茶ラテをお願いします」

 こちらが言う前に彼女が抹茶ラテを準備する動きに入るあたり店としても客として慣れて来たのだと感じる。
 少しすると慣れた手つきで彼女がコースターの上に抹茶ラテを置きに来た。その間私はと言うと必死に彼女を誘うためのプランを考えており、いつものように彼女を見れていなかった。

「マスター、休憩にはいりますね」
「あぁ」

 そのやりとりが終わると我にかえった。このままでは彼女は裏に行ってしまう。なんとかして彼女をこの場に引き止めなければ誘うどころではなくなってしまうのだ。
 しかし、その思惑は外れた。彼女が自分で入れたティーカップを持って隣の席に座ったのであった。

「お隣りよろしいですか?」

 いきなりの事に驚いたまま返事をするものだから声が若干裏返りながらも情けない声を出しながら「ひ、ひゃい!」と答える。なんとも惨めな姿であった。

「いつも私の入れた抹茶ラテを美味しそうに飲んでもらってるからお礼を言わなければと思っていたの。と言うのが表向きで本当は大橋さんから『彼は面白い子だから試しに話してみるといい』って聞いてたからね」


 大橋さんグッジョブ。
 今度会ったら何も聞かずにケーキセットを御馳走しよう。

「いや、こちらこそいつも抹茶ラテを美味しく作っていただきありがとうございます。あなたのおかげで抹茶ラテの美味しさに気づけました」

「そんな事を言っていただけるなんて嬉しい。ここで働いて初めてだもの!」

 ここに通って初めて見た彼女の笑顔は想像以上にグッと来るものがあった。
 そこからは自分の大学の話をしたり、彼女が最近ケーキ作りに挑戦していることなどお互いの話をしながら短い休憩時間を過ごした。


「もうこんな時間。そろそろ仕事に戻らないとマスターの視線が怖いわ」

 そう言いながらマスターの方を見てみると咳払いをひとつしてマスターがこちらを向いた。確かに鋭い目で睨まれたらすごい怖い。
だが今しかないのだ。今ここで言わなければともう言えない気がする。勇気を振り絞り声を出す。

「ま、前園さん!よければ今度遊びに行きませんか?実は水族館のチケットがあるんです。少し寒い時期ですがどうでしょうか!?」

「水族館……ですか」

 彼女は私の誘いに対して驚いた顔で呟いた。

「実は魚が苦手なんです……」

 撃沈。
 大橋さんからのパスを活かしきれずに恥ずかしくなった。そして大橋さんの情報に「前園さんは魚嫌い」と言うのも追加しておいてもらおう。

「と言うのは冗談です。はい。再来週の土曜日の10時なんていうのはどうですか?私お仕事お休みなので」

 今度はこちらが驚いた。びっくりしすぎて一瞬声が出なかった。彼女から冗談が飛んで来るのは予想していなかったからだ。

「えっ、えっ、えーといいんですか?本当に?」

「はい」

 彼女のその返事に外見は驚きのあまり動けていないが、心の中では踊っていた、盛大にガッツポーズをしている自分がそこにはいた。

「そ、それじゃあ再来週の土曜日に水族館前で…」

「はい。楽しみにしておきますね。ではそろそろ仕事に戻りますね。本当にマスターに怒られてしまうので」

 そう言い残すと彼女はエプロンをつけカウンターの中へと戻って行った。

 落ち着こうと氷が溶けて少し薄くなった抹茶ラテを口をつける。いつも以上に甘く濃厚な抹茶ラテに感じられた。
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