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内政改革④ 楽市楽座の夢

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千歯扱きと唐箕の生産が始まった当初は、領民は同じ部品を"規格どおりに均一に"作る作業にかなり苦労したようだ。だが、秋に脱穀作業で千歯扱きと唐箕の性能が証明されると、冬の農閑期には領民の8割が生産に参加して、予想を上回るペースで生産されていった。

今はまだ外に雪が積もる2月中旬だが、2月末には600組、今年の秋までには1000組が完成する予定だ。3月から販売開始する目処が付いて、俺も素直に喜んでいる。

「淀峰丸さま。予想よりも多く千歯扱きと唐箕が出来上がっており、この調子ですと雪解け後には堺で大量に売り出せる見積もりにございます」

俺の目の前でそう報告する男は名前を西尾藤次郎と言い、寺倉家に仕官したばかりの20歳の若い家臣だ。俺が発明した新商品を販売するに当たり、商売に不慣れな俺のために父が補佐役として付けてくれたのだが、商売に明るい藤次郎はとても役に立ってくれている。

藤次郎は堺の中堅商人の三男に生まれ、子供の頃から商人としての教育を受けて育ってきたそうだ。だが、実家の店は長男が跡を継ぎ、次男は番頭として働いているため、三男の藤次郎は実家に居場所がなく、20歳になったら実家を追い出され、他の店に雇われるか、行商人を始めるしかなかったという。

ところが、19歳だった昨年の夏に木原十蔵が堺で売り出した洗濯板が、瞬く間に人気商品となって完売したのを見て、藤次郎は寺倉家に興味を持ち、木原十蔵に父への紹介を頼んで寺倉家に仕官することになったという異色の経歴の持ち主だ。どうやら父は計算や商売に明るい文官が必要だと考えたらしい。

そして、千歯扱きと唐箕を見た藤次郎は絶対に売れると確信し、藤次郎の伝手で堺の実家の店で売り出すよう交渉してくれた。堺は畿内以外に西国や東国からも商人が集まる日本最大の商都だ。その堺で千歯扱きと唐箕を売り出せば、洗濯板以上に全国の商人から脚光を浴びるのは間違いないだろう。

「誠に失礼ながら、9歳の淀峰丸さまがこの農具を考え出したと知って驚きました」

「ははっ。以前領内を見て廻った際に、脱穀作業に手間が掛かっている民を見掛けてな。それで何とか作業を楽にできないかと考えて思い付いたのだ。だが、領内で使うだけでなく、他領で売って銭を稼がねばならぬ。俺はまだ童である故、商人との交渉はできぬ。藤次郎には苦労を掛けるが、宜しく頼むぞ」

そもそも千歯扱きと唐箕を発案したのは脱穀作業の効率化が当初の目的だったが、領内で使うだけでは利益が上がる訳ではない。時間が掛かっていた脱穀作業を効率化させ、領民を千歯扱きと唐箕の生産に従事させることにより、ようやく本来の目的である富国強兵のための資金稼ぎが始まるのだ。

「滅相もございません。商売は私の得意とするところです故、何でもお申し付けください。淀峰丸さまのご期待に沿えるよう動いてみせまする」

長く掛かった道程に内心で溜息を吐きながらも、俺が藤次郎に感謝を込めて礼を述べると、藤次郎は恐縮して答えた。



◇◇◇



3月に入って雪解けするとすぐ、千歯扱きと唐箕は堺に順次運ばれた。もちろん千歯扱きと唐箕はそのままでは嵩張り、荷車や船を使っても大量には運べず、輸送費が高くつくため、一旦分解して運び、現地で組み立てるノックダウン方式を採用した。

そして、3月中旬から藤次郎の実家の店で販売が始まったのだが、実際に千歯扱きと唐箕を使ってみせると、予想どおりすぐに評判となった。4月には寺倉郷から品が届くと、瞬く間に売り切れる状況となった。

「それにしても初期に掛かる費用はなかなか厳しいものがあり、早く資金を回収したいところでありますな。座に独占販売を認めてもらう手もありますが?」

藤次郎が言う座というのは商工業者による同業者組合だ。油、紙、麹、魚、綿、材木、鋳物など様々な座が全国各地に存在する。

座は当初は同業者の互助や自衛が目的だったのだが、前世の大企業や農協と同じく、組織というものはまるで生物のように肥大化していく。やがて座は寺社や公家に金銭を支払う代わりに、その政治力を背景にして対立する座を排除し、利益の独占を図るようになる。

その結果、商品の仕入を独占したり、関所の通行税や市場の営業税を免除される特権を獲得するだけでなく、座に属さない商人や職人の営業を排除したりもしている。前世の時代なら独占禁止法違反は間違いないな。

例えば、油は大山崎の油座が有名だが、その背後には朝廷とも密接な関係にある石清水八幡宮が付いており、畿内の油の流通をほぼ独占している状況だ。織田信長が行った「楽市楽座」はそうした座の特権を廃止し、小規模業者による自由な市場参入を促した政策だ。ただ織田信長は座を廃止する代わりに御用商人に特権を認めているがな。

藤次郎は、その座に多額の金を払って千歯扱きや唐箕、洗濯板の独占販売を認めてもらってどうかと提案したのだが、そんなことは一番最初に考えたことだ。

確かに千歯扱きと唐箕を独占販売できれば日本中に広まり、多くの利益を得られるだろう。だが、座は全国各地にあり、大山崎の油座も西国や東国には力が及ばないのだ。つまり日本全国で独占販売しようとすれば、全国各地の座に多額の金を支払わなければならず、現状では座に支払う金に見合うほどの利益は得られないのである。

畿内だけでも座に金を支払って独占販売する手もあるが、鉄砲ですら僅か数年で何千丁もコピーが作られたのだ。油や紙と違って千歯扱きと唐箕は木工品のため、日本人の手先の器用さからすれば、2年目には数多くの模倣品が出回るだろう。それならば座に金を支払うだけ無駄だ。

「どのみち来年には模倣品が出回るだろう。今年中に1000組を売り、ある程度の利益が得られれば大成功だ」

千歯扱きと唐箕の需要は収穫時期だけだが、一度買えば長く使えるため欲しがるところは多いはずだ。画期的な農具だし、一旦噂が広まり、たとえ村に1組でも手に入れれば、すぐに分解されてコピーされ、店で売られなくても陰では至る所で模倣品が芋蔓式に増えていくはずだ。

それならば今年の内に大量販売し、先行者利益を得る方がいい。藤次郎の実家の店を使って圧倒的なシェアを握り、"寺倉家"というブランドの知名度を上げることができれば、来年以降もある程度は売れるだろうしな。言うなれば「ブランド戦略」というところだな。

この時代は座による独占販売が一般的だが、座が市場を独占すると新規参入による自由競争が妨げられ、市場には活気が生まれない。「楽市楽座」によって自由競争を導入すれば、新しい商品も入ってくるし、大幅な税収増加も見込める。

だから、俺はいずれ織田信長に先んじて「楽市楽座」を行い、ゆくゆくは寺倉郷を商人の町にするつもりだ。もちろん座の廃止は争いを生みかねないが、ここは戦国乱世だ。ある程度の流血を覚悟しなければ生き抜けない。周囲を山に囲まれた寺倉郷を発展させるには思い切った手が必要なのだ。リスクを負わずして成功なし、だ。
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