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内政改革① 椎茸栽培と農具開発

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洗濯板の製作と平行して、もう一つ俺が着手した施策は、椎茸の人工栽培だ。

椎茸は戦国時代では大変高価な食材だ。その理由はこの時代は鰹節がまだ存在せず、蝦夷で採れる昆布もないため、干し椎茸にすることでグルタミン酸などの旨み成分が増して、美味い出汁が取れる椎茸は貴重な食材なのだ。そのため朝廷の饗宴や僧侶が食べる精進料理には欠かせない食材だ。もっとも比叡山や石山本願寺のように戒律を破って平気で肉食する破戒坊主も大勢いるがな。

そのため、前世では人工栽培が当たり前の椎茸は安価で、逆に天然物しかない松茸は非常に高価だった記憶があるが、驚いたことに戦国時代では松茸は安価な食材で、椎茸とは価値が逆転しているのだ。その理由は松茸は香りは良いが、椎茸のような出汁を取るための旨み成分が少ないのが原因のようだ。

そこで、昨年の秋に椎茸の採れた木を伐採させた際に、松茸が安価だと知った俺は勘兵衛に命じて領内で採れた松茸を買い集めさせた。そして、焼き松茸、土瓶蒸し、天ぷら、松茸ご飯といった松茸料理のレシピを事細かく記した後、屋敷の料理人に作らせることにしたのだ。

俺と一緒に松茸料理のフルコースを食べた父や後妻の徳さんも、「松茸がこれほど香り豊かで美味しいものとは」と舌鼓を打って、目を丸くしながらも喜んでいたな。どうやらこの時代では松茸料理が知られていないだけで、「香り松茸、味しめじ」という日本人の松茸の評価は変わらないようだ。

話を椎茸に戻すと、現代の松茸と同じくらい椎茸が高価な理由は、椎茸の人工栽培の方法がこの時代ではまだ発見されておらず、天然物しかないためだ。したがって、高価な椎茸を極秘に人工栽培すれば、濡れ手に粟の大儲けは間違いないというわけだ。

その椎茸の人工栽培の方法だが、最も簡単な原木栽培はさほど難しくはなく、むしろ洗濯板を作るのと同じくらい簡単だと言えるだろう。

俺は昨年の秋に寺倉郷を囲む山林で椎茸が採れた後、勘兵衛に頼んで椎茸が採れたブナやクヌギ、シイ、コナラなどの広葉樹に目印を付けさせた。そして、3月の雪解け後に直径10~20㎝の木を伐採させて屋敷の裏庭に運ばせると、長さ1m程度に切断させて原木として利用することにした。

そして、原木に種菌を植え付けた後、乾燥しないように落ち葉を被せて約1年間寝かせ、原木に菌糸を蔓延させた後、柵に立て掛けるように原木を並べて椎茸の発生を待つのだ。種菌を植え付けてから椎茸が収穫できるようになるまで1年半~2年を要し、3~7年間の収穫が可能だ。

種菌は秋に椎茸が採れた木の付け根部分を削り取り、栄養源としてオガクズと米糠を混ぜてペースト状にし、冬の間乾燥しないように木箱で保管したものを使う。そして、原木には一定の間隔で直径数㎝の穴を堀り、その穴にペースト状の種菌を埋め込み、さらに原木の切断面に塗り込むのだ。

俺は、父の許可を得て、日陰となる屋敷の裏庭に簡単な小屋を作らせると、小屋の中に種菌を植え付けた原木を置いて寝かせることにした。山林の中に置くと、原木に雑菌が付いたり、雨に濡れたりして、失敗する可能性があるからだ。

だが、不確定要素もある。椎茸に限らず、多くのキノコ類は季節的に春と秋の比較的涼しい気温と湿度の高い状態を好み、日光の紫外線を嫌う性質があるのだが、薄暗い小屋の中で紫外線を遮ることはできても、気温や湿度を厳密にコントロールするのは難しいのだ。

そのため、俺は小屋の中を点検して気温と湿度に気を配るのが毎日の日課となった。しかし、それでも猛暑などにより椎茸が全く収穫できない可能性もあり、無事に椎茸が収穫できるかは稲などの農作物と同じく、運を天に任せるしかない。

椎茸の人工栽培が上手くいけば、来年の秋には椎茸が収穫できるだろう。それまで当面は極秘で進めるしかない。だが、富国強兵のための資金稼ぎを不確実な椎茸の収穫だけに頼るのはリスクが大きすぎる。そこで、俺は洗濯板作りで資金稼ぎを始めることにしたのである。



◇◇◇




4月、椎茸の人工栽培に着手し、木原十蔵に洗濯板の販売を委託した後、寺倉郷を視察すると、田畑では田植えが始まろうとしていた。

今は戦国時代の乱世だ。自分の食い扶持を稼ぐだけで精一杯の人々が多くを占めており、領民の生活はお世辞にも豊かとは言えない。自分の生活だけで精一杯なのは、寺倉郷のような小さな山間の領地であれば尚更だ。

したがって、富国強兵を実現するためには、まずは領民の生活を豊かにし、領内の生活水準を向上させる必要がある。そのためには、領民が自分の食い扶持を確保できるかが第一条件だ。農業の発展は国力の上昇に直結する。工業や商業など他の産業も大切だが、手を付けようにも洗濯板作りのように農閑期でないと人手を確保できないのだ。

実は昨秋の10月、勘兵衛から今年は豊作だと聞いた俺は、収穫を喜ぶ領民の様子をどうしても見たいと勘兵衛に無理を言って、父が外出して不在の時に一度だけ領内をお忍びで見て廻ったことがある。

領内の田んぼでは既に刈り取られた稲の束が干されており、農家の庭先では乾燥した稲穂から籾を脱穀する作業が行われていた。脱穀作業を行っていたのは女性や老人で、筵の上で手に持った扱箸という箸のような棒で稲穂を挟んで籾を扱き取り、黙々と籾を拾い集めていたが、豊作ということもあって皆の表情は明るい笑顔に溢れていた。

こうして一束ずつ地道に脱穀作業を熟している光景を見て、俺は懐かしさを感じざるを得なかった。俺は前世の小学生の時に脱穀作業を体験したことがあり、忘れていた前世の思い出が蘇ったのだ。あの体験のお陰で米や食べ物に対する感謝を刷り込まれた気がする。

そして、この光景を見て閃いたのが「千歯扱き」と「唐箕」だ。いずれも史実では江戸時代に使われるようになった脱穀用の農具だ。千歯扱きと唐箕が普及すれば、脱穀作業が効率化されて人手を確保できるようになるはずだ。

千歯扱きは木や竹の棒を等間隔に櫛の歯状に並べた木製の台だ。櫛の歯の部分に稲穂の束を叩きつけて手前に引くと、扱き取られた籾が下に落ちるという簡単な構造だ。稲穂を引く際に、台が動かないように足置きを踏んで体重で台を固定する点がポイントだ。

一方、唐箕は千歯扱きで落とした籾から臼などで籾殻を外した後、箱の中で風車を回して風を起こし、軽い籾殻や塵を吹き飛ばして重い玄米を選別する仕組みの農具だ。

早速、俺は千歯扱きと唐箕の絵図面を書くと、洗濯板を試作した木工職人に試作を頼むことにした。だが、やはり"言うは易し、行うは難し"と言うべきか、簡単な構造の千歯扱きはすぐに出来上がったが、唐箕は木工職人に構造を説明して、何回か試行錯誤した末にようやく完成した。

そして、5月上旬の評定が行われる日に、俺は屋敷の庭に試作した千歯扱きと唐箕を運ばせ、父に披露する為に評定の間へと向かった。
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