僕の月

斗和

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第9話

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「宗一郎、頑張ってね。」
「ああ。ありがとう。」
「そうっち、こけんなよー!よーし、皆、優勝だー!」
「宗一郎、ゴール下にいろよ。俺がパスしたら、そのままゴールだ。」
今日は球技大会だ。皆、いつにも増して気合いが入っている。この一ヶ月間、頑張って練習してきたからというのもあるが、本命は優勝賞品の、焼き肉食べ放題だろう。焼き肉なんて、普段は食べたいとは思わないが、皆と一緒なら悪くない気がした。だから、手を抜かずに僕も頑張ろう。
「行くぞ、宗一郎。」
「ああ。」
開会式を終え、球技大会が始った。僕たちのクラスは、くじでシードになったから、まだ時間がある。その間に男子のバスケチームは、女子の応援に行くことになった。沙夏達は一回戦からだと言っていた。
試合開始のホイッスルが鳴った。沙夏は、一気に敵チームを抜き、開始数秒でコールを決めた。
「相沢さーん!頑張ってー!」
「うおー!沙夏ちゃーん!」
「かわいいー!」
向かいの応援席から、沙夏への応援が聞こえる。ほとんど、男だ。お前ら自分のクラスの応援しろよ。まあ、僕の彼女は魅力的だからなと心の中でマウントをとっていたら、
「お前、良いのかよ。」
「三崎、彼女がもててんぞ。」
と、クラスの奴らにひやかされた。だが、いつも冷やかしてくるであろう琉希が、何も言ってこない。なぜだ。そう思って彼の顔を覗くと、見たことが無いくらいすごい顔をしていた。
「琉希、どうしたんだ。具合悪いのか。」
「い、いや。何でもねえよ。」
明らかに空元気で笑う。少し心配になり、彼の様子を見ていると、どうにも女子バレーの方をチラチラ見ている。すると、
「奥野さーん!頑張ってー!」
「ななみんかわいいー!」
「ファイトななみん!」
そんな応援が聞こえてくる。しかも、あっちの方がかなり男子の外野がうるさい。それはそうだ。奈波は読モであり、たまにメディアに出演するほどの人気だから、この学校で知らない男はいない。だが、その歓声を聞いて、なぜこいつはこんな顔をしているのか。
「奈波の応援行きたいのか?」
僕がそう聞くと、
「ばっか、ちげえし。別に心配になったからとかじゃねえし。あいつはただの幼なじみだから。」
そこまで聞いてないんだが。こいつも分かりやすいなと思った。行ってこいよと言うと、小走りで最前列に割り込んでいった。
 沙夏のチームは、相手チームにかなりの点差をつけて勝った。途中から相手がかわいそうになった。

「パスだ、宗一郎!こっち。」
「ああ。」
相手チームのリバウンドを取り、琉希にパスをする。相手は自分のゴールに集中し、あちら側のコートはがら空きだ。琉希は小柄なのに、ドリブルをしながら誰にも抜かれること無く華麗にゴールを決めた。僕たちは、二回戦、三回戦と順調に勝ち続け、今はなんと決勝戦だ。ゴールしたは僕が取れるし、琉希と、数名のバスケ部レギュラーメンバーがいたため、余裕だったかもしれない。だが、決勝戦であたったのは、バスケ部キャプテンと副キャプテンがいるチームだった。五点差で負けている。かなり競り合いなのだが、問題はそこでは無かった。キャプテンに僕は、どうやら目をつけられているらしい。まあ、理由は言わずもがななのだが、琉希よりもあからさまな上、たちが悪い。見えないところで僕の足を執拗に踏み、ゴールしたに入ると肘打ちを食らわせてくる始末だ。おそらくあざになっているだろう。しばらくして、琉希のゴールで逆転した。僕のパスからのゴールだったから、琉希と目を合わせ、笑い合う。それが気にくわなかったのだろう。次の瞬間、みぞおちを食らった。僕は息が出来なくなり、意識を失った。
 目を覚ますと、保険室のベッドに寝かされていた。まだ少し、みぞおちが痛むが、意識ははっきりしていた。試合がどうなったのか気になる。そう思っていたら、
「宗一郎、大丈夫?」
ガラガラと扉が開き、沙夏の声がした。見舞いに来てくれたのだろう。
「ああ。大丈夫だよ。」
そう答えると、カーテンが開いた。めちゃくちゃ心配そうな顔をしている沙夏の隣に、さっき僕にみぞおちを食らわせたやつが立っている。
「ほら、橋本君、謝って。」
「ごめん。」
渋々といった感じだ。
「ああ。」
「ちっ何でお前なんだよ。」
逆ギレし始めた。
「俺は中学の頃からずっと、相沢さんが好きだったのに。何でこんなもさっとしたでかいだけのやつと。」
「宗一郎のこと、悪く言うの?」
沙夏がそう言うと、少し涙目で去って行った。
「はあ。ごめんね、宗一郎。痛かったよね。」
「いや、大丈夫だ。それより、試合はどうなった?」
「ああ、実は、バスケは負けちゃって。女子も男子も準優勝。」
「そうか。まあ、仕方ないな。」
「けど、バレーは優勝したよ。だから、総合はもしかしたら優勝かも!」
「奈波、頑張ったんだな。」
「うん!」
「沙夏、ちょっとこっち来て。」
昨日のことと言い、今日のことと言い、ストレスが溜りっぱなしだった僕は、ベッドに寝そべったまま思いっきり沙夏を抱きしめた。
「わあっ!」
いきなり手を引っ張られてびっくりしたみたいだ。心臓がばくばくいっている。こうすると、本当に嫌なことを全部忘れられる。不思議だ。
「まって、汗掻いてるから。」
「いい。このままでいて。」
そういってしばらくそのままでいた。
「ごほっごほっ。」
沙夏が咳をした。汗をかいたままだったから寒かったかもしれないと思い、布団をかけた。
 教室に帰ると、
「宗一郎、大丈夫だったか?」
「三崎ー、生きてるか?」
皆に心配された。そして、後から聞いた話によると、クラスの男子数名で担架で運んだらしい。なんとも恥ずかしい話だ。そこに、奈波がダッシュで来て、大声で叫んだ。
「皆ー!うちら、優勝だってー!今日は焼き肉だー!」
それを聞いて、一気に雄叫びが上がる。城川先生まで、クラスの女子に囲まれて一緒にはしゃいでいる。僕も内心嬉しい。家に帰って食事を摂らなくてすむという理由もあった。

 「じゃあ、二年二組、球技大会優勝を祝して、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
僕はいつもとは違い、真ん中の席で両隣を知らない女子に囲まれている。なぜそうなったかというと、十分前。
「おいおい、宗一郎、大丈夫だったか?」
「ああ。琉希こそ機嫌は直ったのか?」
「うるせえよ。」
そんな会話を二人でしていたとき、
「ねえ、三崎君、よかったら一緒に座らない?」
「あ、琉希もついでで。」
「いや、僕は」
断ろうとした矢先、琉希が、
「いいじゃん、あっち座る?」
明らかに沙夏と奈波とは真逆の席を指さしてそう言ったのだ。それで今に至る。
「あのさ、最近、ちょっと雰囲気変わったなって思って話したかったの。」
「そうか。」
「私、早坂美結。こっちの子が、京本香奈。」
「よ、よろしくね。前から話してみたいなって思ってたんだけど、いつも相沢さん達といるから、声かけづらくて。同じクラスなのに。」
早坂さんは、いかにもスポーツをしてそうな元気な人。京本さんの方は、どちらかというとおとなしめで、気が合いそうだ。
「そうだったのか。すまない。」
僕は、沙夏と一緒にいたかったが、まあクラスメイトと親睦を深めるのも大事かもしれないと思い、そのままそこに座ることにした。
 それにしても、いつもは四人でいたがる琉希が珍しいなと思った。やはり、奈波を意識してのことだろうか。そう思い、奈波達の方を見ると明らかに二人とも落ち込んでいる様子だ。本当に分かりやすいな。前に座っている男子も、大体の事情を把握して、二人をなだめている。移動したかったが、
「あ、そうだ三崎君。読書好きなんでしょ。香奈も読書好きなんだよ。いつも誰の本読むの?」
本の話をされたら僕は、完全に意識がそちらに向いてしまうのだった。
「太宰治とか、江戸川乱歩辺りが多いかな。」
「え、わ、私も。文豪の本が多くて。面白いよね。」
「本当か?人間失格、読んだことあるか?」
「うん。あるよ。私は全体的に、葉藏の言い訳かなって思っちゃった。でも、同じ人間だからちょっと共感できる所もあって面白いよね!」
「僕もそう思った。ははっ。同じだな。」
「ほんとに?う、嬉しいな。良かったら、連絡先交換しない?本の感想とか、おすすめの本とかあれば教えてほしいなって。」
「ああ。」
僕は、京本さんと連絡先を交換した。クラスの女子では三番目だ。
「ええ~、なんか、良い感じじゃ無い?二人とも。」
早坂さんは苦手だなと思った。
 そんなこんなで、焼き肉は無事終わった。帰り道、沙夏をさそい、一緒に帰った。だが、沙夏は道中、元気がなさそうだった。原因はさっき、一緒に座らなかったことだろう。
「すまない。僕も一緒に座りたかった。」
「うん。私も。ちょっと落ち込んじゃった。」
「そうだよな。」
「うん。けど、一緒に帰ってくれたから、いいや。」
「ありがとう。」
本当に、沙夏は良い子だ。もう少し怒られてもおかしくないと思ったのだが。
「そういえば、京本さんと連絡先交換したんだ。僕と同じ本を沢山読んでいるらしい。話があって楽しかった。」
「そっか。宗一郎はいつも文豪の本読んでるよね。香奈ちゃんも好きだったんだ。意外だな。けどいつも本読んでる二人って感じだね。」
「そうだったのか。」
沙夏の話を聞いて、ますます京本さんに親近感が湧いた。
「香奈ちゃん、可愛いよね。」
「そうなのか?」
「うん。隠れファンも多いんだよ。」
「そうか。」
「宗一郎もファンになっちゃうんじゃない?」
「ははっ。」
「何で笑ったの?」
「いや、それを沙夏が言うから。」
「どういうこと、それ。」
なぜか沙夏が怒っている。僕は何か無神経なことを言ったのだろうか。けど、全く心当たりが無い。
「すまない、何か気に障ること言ったか?」
「もう良い。宗一郎、のばか。むっつり無神経。」
それはさすがに傷ついた。まあ、僕が悪いのだろう。走り出し、一人で帰ろうとする沙夏を引き留め、
「待て待て。怒らせたのは悪い。だが、暗い中一人では帰らせない。」
と言って、心底不満そうな沙夏を家まで送り、家に帰った。
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