僕の月

斗和

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第3話

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夏休み前、期末試験。奈波と琉希が、急に青ざめた顔で僕の前の席に座った。
「それで、なんだよ。何も言わずに見つめるな。怖い。」
「宗一郎様。お願いします。私たちに勉強を教えてください。夏休みを補習なんかでつぶしたくないんです。みんなで海に行きたいんです。」
「お前も俺と一緒に海、行きたいだろ?」
「いや別に。」
「そんな冷たい!」
「まあ教えるのはいいけど、教室でいいのか?」
「確かに。遅くなると閉まるしな。俺ん家はちょっと弟たちがうるせえから集中できないかもしんねえ。」
「うちはちょっと諸事情あって。」
「どうせ片付けできてないんだろ。こいつ一人暮らしでさ、よく俺が片付けに行ってんの。服とかメイク道具とか散乱してっから。」
「僕の家に来るか。よかったら泊まり込みで教えるが。」
「え!いいの?さすが学年一位は違うな~。誰かさんと違って。」
「なんだと、つうかお前もじゃん。」
あれからこの二人は、少しだけぎくしゃくしていたが、今ではもうすっかり普段通りに戻った。そういえば、沙夏は大丈夫なのだろうか。この間の中間で赤点だったって聞いたような。
「三人とも何話してんの?」
「ああ。ちょうどよかった。今二人の勉強を僕の家で見るって話になってたんだが、沙夏はどうするか?」
「ええ!?宗一郎の家?って、親御さんは大丈夫なの?」
「ああ、親は家にはいない。ほとんど一人暮らしみたいなもんだ。」
「そっか。じゃあ、お邪魔させてもらおうかな。私も数学苦手だから。」
そんなこんなで皆で勉強会をすることになった。僕の部屋は色々置いてあるから、リビングを使って、客間で寝てもらおう。

 沙夏と奈波は一旦帰って泊りの準備をしてくるから、僕たちは二人を待っている間にお菓子や飲み物を買いにコンビニに寄った。
「お前、沙夏に告白しねえの。」
「しないよ。そもそも好きじゃない。」
「まだ否定すんのかよ。じゃあ、俺が告白しても異議はねえよな。」
「ああ。」
本当は少しもやっとしたが、僕に琉希の恋を邪魔する権利は無い。
「おまたせー!」
「じゃあ行こう。こっちだ。」
そこから電車で二駅して降りた。
「少し歩くが、二人とも荷物大丈夫か。持つよ。」

琉希が率先して沙夏の荷物を持つ。僕よりもどちらかといえば奈波のほうが気になるのではないか。そう思って彼女のほうを見ると、やっぱり少し悲しそうな顔をしていた。だが、何も言えない。二人の気持ちを知っているから。気まずいなとかいろいろ考えていると、家に着いた。
「でっか!」
「いやいや、広すぎだろ。お前、金持ちだったのか。」
「そうか。普通だろ。」
家に入ると三人は、自分の家かよというくらい自由にあちこち探索し始めた。一階ならどこを見てもいいとは言ったが、こいつらここまで自由だとは。
「なあ宗一郎、これってお前の親父さん?なんかどっかで見たことあるような。」
「え、マジで?」
「宗一郎のお父さん?見たいみたい!」
しまった。盲点だった。あいつがよくここにこもっていることを忘れていた。書斎よりもなぜかここで執筆することが多いのだ。三人が見ているのはおそらく僕が生まれてすぐの時の写真だ。僕を抱いているあの人の写真。きっと母さんが撮ったのだろう。
「え、この人って、作家の小野裕一郎じゃん。ほら、よくバラエティー番組とかに出てるイケメン作家。私、この人の本読んだことあるよ。宗一郎のお父さんなの?」
「ああ。」
「まじかよ。すげえな。尊敬できる親父さんなんだな。」
「そうっちって意外とハイスぺだったりする?イケメンだし、身長高いし、お金持ちだし、お父さんは有名人だし。暗くてむっつりなだけで。」
むっつりって言うな。
「悔しいけど。否定できないな。お前さ、そういうこと隠さずに言えよ。後から知ってびっくりすんじゃん。」
奈波と琉希がワイワイと騒いでいると、
「かっこいいのは私が一番最初に気づいてたし。」
「ん?沙夏、なんか言った?」
僕にだけ聞こえる声で袖をつかみながら彼女はそう言った。さすがにそれはずるい。
「もういいだろ。早く勉強始めるぞ。」
冬樹の前でも、こんな風に冷静でいれたらよかった。少しあの時の光景が頭をよぎってしまい、取り返しがつかなくなる前に三人を和室から追い出した。
 一通り教え終わった僕は、夕飯を作るから自習していてくれと、一人でキッチンに立った。何品か作り終えて、あとは盛り付けるだけだと食器を出しているとき、
「何か手伝うことある?」
沙夏が来て、盛り付けを手伝ってくれた。とてもきれいに盛り付けている。そういえば沙夏も毎日料理を作っているのだ。幼い兄妹のために。
「ねえ、宗一郎ってさ、好きな子いるの。」
急な質問に少し驚いた。
「どうだろうか。自分でも分からない。」
「もしかして、気になる子はいるとか。」
「そうかもな。」
「それって、奈波?」
「え。」
「やっぱりそうなんだ。」
なぜそうなる。
「断じて違う。僕は、」
言いかけたところで、琉希が不機嫌そうにキッチンに来た。眉間にしわを寄せている。相当腹が減っていたのだろう。勉強、頑張っていたからな。
「おい、お前ら何してんの。腹減った。」
そんな琉希を、沙夏はふくれっ面でにらみながら、琉希の分の唐揚げを一個食べた。続きが聞けなかったことへの仕返しだろう。琉希は沙夏がリビングへ皿を運びに行ったのを見届けて、
「お前、さっき沙夏に告白しようとしてただろう。」
そう言った。聞いていたのか。
「別に告白じゃない。ただ、誤解されたくなかったから。」
「だから、それが告白だって言ってんだよ。俺の気持ち、知ってるよな。お前、告白するつもりないって言ったじゃねえか。いい加減認めろよ。勘違いされたくないのは、お前があいつを好きだからだ。」
「けど僕は琉希と幸せになってほしいと思っている。」
「そうかよ。そんなにかたくなになるんだったら、後悔すんなよ。」
「琉希だったら、きっと沙夏も好きになるよ。」
「黙れこの鈍感野郎。」
盛大に蹴りをくらった。手に食器持っているんだからやめてほしい。だが、琉希の言いたいことは何となく分かった。こいつはおそらく、沙夏が僕のことを好きなのだと言いたいのだろう。けどそれは勘違いだ。そんなことを言ったら今度は蹴りでは済まされなさそうだから、何も言わなかった。
 食事を終えて各自風呂に入り、琉希には僕の中学の頃の部屋着をやった。ぴったりだったから、奈波に爆笑されていた。それから少しまた勉強をして、眠りについた。僕は自分の部屋で。琉希は和室で。二人には客間に布団を敷いて寝てもらった。
夜中に目が覚めた僕は、ふと机に置いてあった原稿を久しぶりに読もうと思い、手に取った。ほこりを払ってページをめくった時、カチャッと音がしてドアが開いた。とっさに原稿を引き出しにしまい振り返ると、沙夏が目をこすりながら入ってきた。寝ぼけているのだろうか。何やらごにょごにょと言っている。
「沙夏?沙夏。どうした。何かあったのか。」
「お兄ちゃん、ここにいたんだ。」
ほんとに寝ぼけている。沙夏を起こすために肩を揺すろうと近寄ったその時、ふわっと沙夏が僕の胸におさまった。一瞬思考が停止したが、すぐ我に返った。僕と同じシャンプーを使ったはずなのに、とても甘くていいにおいがする。抱き着かれて触れているところ全部が柔らかくて、正直これ以上は理性が保てそうにない。抱きしめたい気持ちを必死に抑えて、沙夏を引きはがし、起こした。
「え、私、何やってたんだろう。ごめん宗一郎。」
「いや、僕は構わないよ。沙夏は大丈夫なのか。寝ぼけてここまで来たんだろう。どこか打ったりしていないか。」
「うん。大丈夫。じゃあ、おやすみ。」
「ああ。」
そのあと僕は、朝まで眠れなかった。沙夏の体温がまだ胸に残っていて、彼女への気持ちを、自覚させられた。朝の九時ごろに三人を見送ってから僕は仮眠をとった。目が覚めると、昼の十二時をすぎていた。

 期末試験は無事に終わり、四人とも赤点を回避した。
「やったー!明日から夏休みだ。ねえ明日西校の子たち誘って買い物行こうよ。」
「いいね。あ、そうだ奈波と沙夏も誘おうよ。」
「奈波ー、沙夏ー、明日あいてる?皆で買い物行くんだけど。」
「ごめん私、部活だー。」
「私は撮影あってきびしいかも。ごめん!」
「やっぱ二人は忙しいか。」
終業式が終わり、もうすっかり皆夏休みモードに入っている。去年までは夏休みなんて普段と大差はないと思っていた。だけど今年は皆と会えるのが楽しみだ。一週間後、海に行くから明日僕も水着を買いに行こう。一か月半ほど暇になるから、たくさん本が読める。帰りに図書館に寄ろう。久しぶりに冬樹にも会いに行きたい。
「宗一郎、一緒に帰んねえか。」
「琉希。いや今日は用事があるからすまない。」
「ああ?何だよ用事って。どうせ本でも借りに行くんだろ。俺も一緒に行く。」
「まあ、そうなんだが。そのあと少し寄りたいところがあって。」
「だから今日は部活が休みで暇なんだよ。男バスだけ休みになったんだよ。昨日女バスが片付け中にネット倒して壊したから。どうやったらあれ壊れるんだよ。ほんっともう。」
こいつと沙夏は同じバスケ部で、毎日一緒に帰っていると言っていた。琉希といるときの沙夏はずっと笑顔で楽しそうだ。共通の話題だってある。そんな二人を見ていると最近、とてももやもやする。だから今日は二人で帰らないのだと知ってとても嬉しかった。最低だ。
「墓参りなんだ。お前をわざわざ付き合わせるのも悪いだろ。」
「そうか。分かったよ。その代わり、明日はあけとけよ。買い物一緒に行くぞ。」
「え、ああ。わかった。」
 色んな本を見て回っていると、親父の本が目に入った。ほんとにどこにでも置いてあるんだな。『君と雪解けの日に。』あの日の本だ。冬樹が一番好きだと言っていた。サインくらいもらってやればよかったな。僕はそれを手に取って、借りた。あの人の書斎にもあったが、それを読むのは何か癪だった。

 「冬樹、久しぶりだな。お前にたくさん聞いてほしいことがあるんだ。こんな僕にも友達ができた。お前を一人にした僕が、こんなに楽しいと思っていいのかと、たまに分からない時があるよ。さっき、親父の本を借りたんだ。今なら読める気がするんだ。じゃあまた来るよ。」
僕は手を合わせながら、心の中でそう言った。

 「宗一郎、こっちだ。」
「すまない。待たせたな。」
「俺も今来たところだ。行こうぜ。」
それから僕たちは買い物を済ませ、ラーメンでも食うかと近くの店に入った。
「ちょっと聞きたいことがあんだけど。」
「なんだ。」
いつになく真剣な顔だったから、何か嫌な予感がして僕も身構えた。
「昨日、俺さ、お前が墓参りしてんの見たんだよ。」
「ああ。それがどうした。」
「それって、誰のだ?」
「そんなこと聞いてどうする。知り合いだが。」
「そうか。いや、何でもないんだ。変なこと聞いた。」
気になる言い方するなと思った。
「僕もお前に話したいことがある。あのさ。ああ、いや、やっぱり何でもない。」
「なんだよ。きもちわりいな。」
僕は沙夏のへの気持ちを自覚したことをちゃんと琉希に言っておこうと思ったが、余計な事を言ってまた喧嘩になるのも嫌だった。互いに深くは聞かなかった。

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