魔女はお呼びではありません

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魔女と魔術師

行先不明

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 立てないながらもジリジリと後退する柚莉を、男はその場から動かず笑みを浮かべて見下ろしていた。
 逃げられないと確信しているのだろう。
 だが柚莉はこの状態でもどうにか逃げ出すことができないかと必死に考えていた。今諦めたらそれこそ終わりだと、男から意識をそらさないまま辺りを伺う。

「触らないでったら!」

 その間にも無遠慮に伸びてきた手を乱暴に振り払うが、柚莉の細腕では牽制にもならない。振り払った手を戻す間もなく掴まれ、男の方へと引き寄せられる。そして、そのまま肩へと担ぎ上げられた。

「ちょっと! 下ろしてよ!」

 あっという間に荷物のように担がれた柚莉は、我に返って鍛えられた男の背中に拳を叩き込んで足をばたつかせた。しかし力の入らない拳に威力はほとんどないのだろう、かなり抵抗しているはずなのに片腕で柚莉の体を支える男の腕は少しも揺るがない。

「おい、あまり暴れるな。身動きできないようにして運んでもいいんだぞ?」

 大きな声ではないが十分にドスのきいた声でそう告げられ、柚莉はぐっと押し黙った。
 ただの脅しだとは思うが、完全に拘束されてしまえば隙をみて逃げることもできなくなる。この男にそう簡単に隙が出来るとも思えなかったし、立つこともままならない状態で逃げ切ることができるとも思えなかったが、可能性は残しておきたい。
 大人しくなった柚莉に満足したのか、男はそのまま移動をはじめた。

 苦しい体勢だった。
 足を押さえられていて下半身はろくに動かせないし、上半身は男の肩から背中に逆向きに放置されている。歩く度にゆらゆらと揺られ、下に向いている頭に血がのぼる。
 少し位置がずれていれば肩がお腹に食い込んでもっと苦しい体勢になっていたに違いない。それを考えれば不幸中の幸いなのか。いやでもこの体勢はないだろう。
 そもそもどうしてこんな状況になったのか思い出して、柚莉は苦しさのあまり生理的に浮かんだ涙を服の袖で拭った。

(トゥーレアスのバカ、嘘つき)

 魔女だと知られればただではすまない、と言っていたトゥーレアス。魔女だと知られていないはずなのに、この扱いとは一体どういうことなのかと胸ぐらを掴んで問い詰めたい。
 このままでは男の思うがまま、知らない場所へと連れて行かれてしまう。まぁ、どこに連れて行かれたとしてもこの世界はどこも柚莉の知らない場所ではあるのだが。
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