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1.始まりの始まり/故郷と呼べない村

逃走

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治癒魔法を試している時、当然何度も自分の身体にも使ってみた。外傷があれば治癒し、外傷がない場合は身体が少し軽くなったように感じ、運動能力が一定時間向上することがわかった。

クーレの調律魔法ほど飛躍的に動けるようになる訳ではない。そもそもの運動能力に差がある。それでもさっきよりは格段に素早く動けるようになる。

どうやら治癒魔法は、単に細胞を増殖させるだけの魔法ではないようだ。

それでは、治癒魔法って一体どんな魔法なのか、考える時間はこの窮状を乗り切ってからじっくり取りたいな。


俺とクーレは地面を蹴って飛び出した。

その先にいるのは、パラベルティークだ。


「実に狡猾、実に賢明。ここで殺してしまうのは本当にもったいないですねぇ」


狙われている当の本人はなぜか余裕に満ち溢れている。俺とクーレの


「パラベルティーク様を守るぞ!」

「ですが、あの魔剣や魔法が当たってしまう危険性が…!」

「くっ…!」


手下たちが何もできずにいる隙に一気に距離を詰める。反転魔法は危険な魔法だが、そもそも誰かが魔法を使わなければ怖くはない。

そして、もう一つ。推測でしかないのだが、反転魔法の欠点が考えられる。


おそらく、反転魔法は相手の体内に直接作用することはできない。


もしそれが可能なら、俺が火傷を治すため何度も治癒魔法をかけていた時に妨害できたはずだし、何よりこんな回りくどいことをしなくても、俺たちを一瞬で火だるまにできたはずなのだ。
 
人間の身体はなのだから。


だからこそさっきも彼が見ている前で臆せず魔法を使えたのだ。


クーレは素早く背後に回り込んで魔剣の刃をパラベルティークの後ろ首に当て、俺は右手を彼の前首に触れさせた。

彼は無抵抗だった。ただ、焦っている様子でもなかった。


「地面に膝をついて、手を挙げろ!」

「ははぁ、周到なのは感心しますが、私は武闘派ではないのでもう少し優しくしてもらって構いませんよ?」

「黙って言う通りにしろ!」


パラベルティークは俺たちよりかなり背が高いので、こうでもしなければ牽制にならない。

彼が反転魔法を使うのなら、俺の治癒魔法を使えば効果が反転して彼の首は大きく損傷する。魔法を使わないで暴れるならクーレの魔剣で首を落とす。

パラベルティークも俺たちの行動の意味を即座に理解したらしい。


「で、私のようなものを捕らえてどうするんですかねぇ?まさか、殺しちゃうんですか?物騒ですねぇ」

「それあなたが言う!?まず、手下全員に手足を拘束するよう命じて!」

「なるほど、お安い御用ですよ」


パラベルティークはクーレの指示通り、手下たちに互いの手足を縄で拘束するよう命じた。

縄で拘束したところで水魔法と反転魔法を使えば問題なく脱出できるので気休め程度にしかならないが、俺たちがこの村から逃げ出すまでの時間稼ぎにはなる。


「他には何かありますかねぇ?」


ない、と俺が言いかけたとき、クーレが、


「この村の復旧を手伝ってあげてほしい」


確かにこの村の人たちの中には、アフテおばさん、トレイルおじさんを筆頭にいい人たちもいる。しかし、俺たちが回復系魔法師だからという理由で嫌っている人も大勢いた。

さっきは罵声の雨を浴びせられた。その中には、俺たちが治療をした人もいた。まったく、恩知らずな人たちだ。

クーレ、どうして最後までこんな村を守ろうとしているんだ?


「ほぅ…意外ですね。あなたにもまだ、人の心は残っているのですね。約束しましょう。私もこの村をここまで壊してしまって負い目を感じているのです。ただし、」


ただし……?


「あなたたちには、ここでおとなしく死んでいただきます。そうでもしないと傷ついたこの村が報われませんからねぇ!」


今までに感じたことのない強力な魔力の流れだ。気づいたクーレが即座に魔剣を彼の首に突き立て――――


クーレはしりもちをついていて、魔剣は彼女の後方に吹っ飛んでいた。

何が起こった!?クーレは魔法を使っていないのに…


「さっきも説明して差し上げましたが、私の反転魔法は、物の性質を反転させます。あなたの魔剣のを反転させた、それだけです。いやぁ、残念でしたねぇ!」


方向性、か。あらゆる性質を反転する反転魔法、底が知れないな…

だが、ここで彼を倒してしまわなければ逃走は叶わない。そして彼は今、俺に背を向けている。俺がやるしかない。

再度身体能力を向上させようと、自身に治癒魔法を使おうとした。が、なぜかいつもと感覚が違う。魔法が思うように制御できない…?パラベルティークの方を見ると、目が合った。

いや、そんなはずはない…だって反転魔法は、


「反転魔法が体内に干渉できないとでもお考えだったのですか?」


えっ!?


「これもさっき申し上げましたが、私は絶望の中で一縷いちるの希望を見出し、それが断たれて真の絶望に染まる人の顔が至上と考えます。どうです?絶望しましたか?いやぁ、その顔、甘美ですねぇ!」


完全に遊ばれていたという訳か…身体が動かない…って、治癒魔法が制御できないっていうことは、まさか…


「フォル君!」


クーレがパラベルティークを止めようと突っ込んでいくが、反転魔法で軽く吹き飛ばされてしまう。


「おっと、あなたはそこで座って見ていてくださいねぇ。あなたの大事な彼が、失われるところを。」

「やめてーーー!!」


反転魔法デアリテート!」


視界が赤く染まる。目から出血して何も見えないが、身体のあらゆる部分から血がドクドクと噴き出しているのが分かった。

全身が、燃えるように熱い、そして、鈍く、痛い。まもなく、自由落下するように、意識が一気に遠のき始める。


「フォル君を…よくもやったなぁァァっ!!!」


あの温厚なクーレが、声を荒げている。魔力が、荒れ狂う濁流となって、巡っている。

それらは体表から溢れ出て、魔力の濃い部分が白くぼんやりと像を作り出していた。

最初は気のせいかと思ったが、影、はたまた背後霊のようで、がクーレに重なって見える。

そしてさらに奇妙なことに、あの女性に見覚えがある、気がした。

ともかく、

何か重大な隠し事をしているのは俺だけじゃなかったんだな……


####


「…私のこと、覚えてる…?」

「クーレ…」


俺は……死んだ…いや、生きている。クーレが…助けてくれたのか?

全身の傷が、痛みがなくなっている。いったいどうやって…


「パラベルティークたちは!?」

「多分全員倒したよー」


周りに惨殺された死体が転がっている。ほとんど攻撃無効みたいだったのに、結局一人で何とかなっちゃうのかよ。




「忘れていなくて、よかった」


いとおしむ顔。血しぶきに濡れた、微笑み。その優しい目に、俺はどう見えている…?

俺はクーレにとってどんな存在なんだ…?


####


村人たちは、橋を渡った先にある丘の上で燃える家々をじっと見つめていた。少し前まで当たり前のようにあった平穏が、日常が崩れ去っていく。自分たちではどうすることもできない。

俺とクーレは彼らの方へゆっくりと近づいていった。クーレは右手に本を抱えている。どうしても必要だと言われたから診療所に取りに帰ったのだ。


「今頃なにのこのこやってきてるんだ!!」


俺たちに気づいた村人の一人が怒気を含んだ声で怒鳴る。


「ごめんなさい…」

「お前らのせいで俺らは全て失ったんだぞ!どうしてくれるんだ!?回復系魔法師なんてとっとと失せろ!!」

「ごめんなさい……でも、信じてください、とは言いません。魔法も使いません。ただ、これだけは…」


そう言って彼女は膝をついて座った。そこにはアフテおばさんが目を閉じて横たわっている。出血した部位には布が巻かれており、一命はとりとめている様子だった。

クーレは抱えていた本と、ポケットから取り出した中級ポーションの瓶をそっと置いた。


「もしアフテおばさんが苦しそうだったら、このポーションを飲ませてあげてください。王都で買ってきたものなので安全です」


そして深々と礼をし、村人たちに背を向け、再び歩き始めた時、


「ク…レ…ちゃん…」

「また…いつか帰ったら…痛いとこ…治して…おくれ…」


一滴の雫が、頬を流れ、光をまとって、風に吹かれ、闇に消えた。

俺に見せないようにすぐに涙をぬぐって、振り返った顔は目頭が赤くなっていること以外、いつもの彼女の笑顔だった。


「フォル君、行こっか」



俺は、いやこの少年とクーレはきっと、何度もこんなことを経験してきたのだろう。

「だってあんたたち、半月前に引っ越してきたばっかりだもんね~」
「俺は知っているぞ!半年前、王都で回復系魔法師を捕らえる勅令がでたことを!」
「何も覚えていないのでしたねぇ」
「忘れていなくて、よかった」

この世界に来て耳にした言葉が再生される。

クーレは王都を追われ、小さな村に身を寄せ、また追われ…を、何度繰り返したのだろうか。新たな土地で築いた人とのつながり、生活、幸せ。それらはある日、慈悲無く奪われる。

俺は、俺の意識が乗り移る前のこの少年は、ただ失うだけを繰り返す彼女に、何かしてあげることができていたのだろうか。


クーレは役立ちそうな薬を作ってはその材料や採取場所、調合手順などを事細かに書き記し、また患者に処方するとき何気なく教えていた。

薬の作り方が分かれば自分たちで病を治すこともでき、さらにはポーションが流通していない村々との交易品にもなる。

それもすべて、いつか自分がいなくなっても愛する村人たちが困らないようにするため、自分をかくまってくれた村人たちに報いるため。


クーレが薬を作るのは、そのためだったのだろう。


####


黒ローブの魔法師が一人、村人たちの方へやって来た。全身すすにまみれ、肩で息をしている。


「回復系魔法師のガキ二人がこっちに来なかったか?」


村人たちの多くが口をつぐみ、うつむいた。しかし一人、よろよろと前へ歩み出たものがいた。トレイルおじさんだ。


「逃げる立場のものが進んで目撃証言を増やすようなことはしないでしょう」

「ふぅむ…たしかにそうだな」

「それに…」


トレイルおじさんは和やかな笑みを浮かべて続ける。


「二人はこの村を隠れ家にしていただけ。私たち村人のことなんて大事だとは微塵も思っていなかったでしょう。そんな二人が最後にわざわざ私たちの元へやってくることなんてあるでしょうか」



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