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お貴族様は判っていない。

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 馬鹿殿下がわめいてたけど、学園の規則では他人に暴力を働いた学生は半日間、反省房はんせいぼうに入ると決まっている。
 そしてこの学園では、王子であっても反省房入りは免除されない。

 他の場所では、王子をおいさめできなかった側近が処分を受けて、、というのが良くあることらしいんだけど、この学園だと王子本人が罰せられる。

 平民としては、ざまぁとしか言いようがないよね、これ。自分が悪さしたんだから、自分で罰を受けなさいってもんよ。
 でも学園長は、ざまぁなんて言ってられないらしくって。

「入学早々、さっそくやらかしてくれたわね」

 学園長にしてみたら、ため息しか出ませんよね。

「馬鹿の行動は計算通りだったけど、あなたに囮を頼んじゃって、ごめんなさいね」

 学園長のユーフェミア師は、ため息をついた後でそう、謝罪してくれた。

「他の人には堂々と手を出さないだろうし、仕方ないです」

 怖かったけど。

「あなたが怖い思いをした分も含めて、支払わせますから」
「お願いします」

 支払い交渉します、では無くて『支払わせる』って言ったよこの人。

「それと、三日ほどは完治させずにおくけれど、勘弁して頂戴ね」
「証拠として保存、ということですよね?」

 馬鹿殿下が乱暴な真似をする、という証拠の一つとして、取っておくらしい。
 ただし、見た目だけ。痛みはもうすっかり消してくれてる。見た目は派手にアザになってるけど。

「ええ」
「それは構いませんが、交換条件を出させていただいても?」

 入学早々のトラブルだから、怪我したままでいるのもデメリットが大きい。

「平民の分際で交渉ですって!?なんと不敬な!」

 ユーフェミア師の隣に座っていたテオドシア師が声を上げたのを、ユーフェミア師が片手を上げて遮った。

「理由を聞いてもいいかしら?」
「今の時期に殿下にケガさせられて、しかも治しても貰えない下民扱いされると、友達が作れません」

 平民が通う学校だと、友達を作るのは入学直後が重要になる。
 その大切な時期に、身分の高い奴にケガさせられて、治療もしてもらえない子の相手なんか、みんなしたくない。

 身分の高い奴が、傷つけて良い相手だと宣言して、こいつは治さなくて良いぞと見世物にしてる、ってことなんだから。
 そんな弄られ役いじめられっこと友達になったら、この先も絶対、嫌がらせや暴力沙汰に巻き込まれるもの。誰だってそんな子と仲良くなんかしたくない。

 そして身分の高い人は、もっときびしい。
 あの人たちに『あ、こいつは身分制度の外の奴だ』と思われたら、存在さえ無視される。普通の平民でもスルーされることがあるのに、平民以下だと思われたらそれよりひどいことになる。

 だからこのままだと、私は四年間ボッチ確定だ。
 もちろん、ユーフェミア師はそれを判ってたんだけど。

「え?」

 絶対分かって無かったよね、テオドシア師。
 テオドシア師は貴婦人らしくない、変な声を出した。

「貴族の方は、ご存じないことかもしれませんね」

 ユーフェミア師とは打ち合わせが済んでるくらいだから、貴族でも普通知ってると思うけど、テオドシア師のプライドに傷つけないようにしないとね。
 この人、めんどくさいらしいから。

「でも、後から治療すれば良いでしょう、それだけのことを下民だなんて、そんな」
「ある程度の平民相手なら、お偉方は暴行の証拠を消します。暴行のあとをこれ見よがしに残すのは、住まいもない貧民相手の行為です」

 ため息交じりに説明してくれたのは、ユーフェミア師だった。

「テオドシア、わたくしたちは、この子の将来をつぶしかねない依頼をしたのですよ。弁えなさい」
「しかしユーフェミア師、わたくしは」
「おだまり」

 ユーフェミア師はぴしゃっと言ってのけた。

「ここからは計画を変えましょう。テオドシア、あなたは十日間ほど出張です。メイベル、あなたはわたくしの家に下宿なさい。寮母りょうぼにはこちらから伝えておきます」
「かしこまりました」

 私が聞いてた通りで計画変更なんかしてないんだけど、うなずいておく。
 テオドシア師は別の話を聞かされてたはずだから。

「ユーフェミア師、どうして!?」

 そしてやっぱり、テオドシア師はいらいらした声を上げたし。

「あなたには、平民の子女しじょへの気配りを期待できないからです。あなたは何ということもない話をしたつもりで、メイベルの名誉を損なうことを喋るかもしれません。そうなれば、メイベルの将来がくらくなるのですよ」
「わたくしはいつだって気遣っております!」

 ヒステリックに反論してるテオドシア師は、ユーフェミア師の掌の上ですね。
 ちらっと隣に視線を向けると、同じソファに腰をおろしているアデライン様が、お二方に見えない角度でふっと笑った。
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