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G.F. - 大逆転編 -

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《藤浦の不動産王》こと、佐々木天清さんが詩織をじっと見る。
78だと聞くと納得できるほど、見た目は年齢相応に見えた。

背丈は僕ぐらいで、痩せてるでも太ってるでもなく…そんな感じ。

上唇の上に整えられた、真白い口髭。
そして眉も白かった。


『君が、詩織ちゃんだね…』

『はい。岡本詩織です』


天清さんが詩織に柔らかく微笑んで見せ、そのまま少しだけ黙った。


『えっと…不動産王だなんて凄いですね』

『私かね?ほっほっほ…』

『それで、とは、どんなご関係なんですか?』


詩織が天清さんにそう訊くと…。


『わっ、私のお店の大事な大事な常連客さまなのぉ!天清社長さんは』


…天清さんが何か一言言う前に、菊江さんがそう返して教えてくれた。


『そうなんですね!』

『ほっほっほ。それと、菊…江…さんからは、詩織ちゃんのことを普段から、色々と聞いているよ』

『えっ?』


詩織が驚いた顔で菊江さんを見ると…菊江さんも詩織ににこっと笑って見せた。


『私の本物の娘のようだと…とても可愛いくて、とても心配で、凄く自慢できる女の子なんだ…とね』


詩織は少し恥ずかしくなったのか、振り向いて僕や鈴ちゃん、春華さんの顔を見た。


『君のことも、私はよく知っているよ。君は伊藤鈴ちゃんだね』


鈴ちゃんは落ち着いた様子で、黙ったまま小さく頷いた。


『私、アンプリエの特別会員に成らせてもらっています』

『そうなんだね。嬉しいね。ありがとう』


詩織は、失礼がないよう心配しながら…。


『あの…こちらの、もう一人の男性は…』


詩織の視線の見ているほうへ、天清さんは振り向いた。


『あぁ。彼は私の秘書であり、私の弁護士でもある《佐々木櫻海(ササキオウミ)》君だよ』

『なるほど…秘書であり弁護士でもあるって、櫻海さんもまた凄い方なんですね』


櫻海さんもまた、詩織を見てにこりと微笑んだ。


『秘書と弁護士だけじゃないわよぉ。櫻海は天清さんの息子さんでもあるんだからぁ!』


えっ、天清さんの息子さん!?
それもまた…凄い。


僕も詩織も、一瞬驚いて何故か笑ってしまっていると…櫻海さんが天清さんに…。


『社長。そろそろお時間です…』

『そうかぁ。櫻海君。この子たちに私の名刺を…』

『はい。かしこまりました』


詩織…鈴ちゃん…そして僕の順番で、僕らは櫻海さんから天清さんの名刺を頂いた。


『…では、行こうか』

『はい』


天清さんと櫻海さんは最後にもう一度、揃って菊江さんのベッドへと寄り、天清さんは菊江さんの右手を優しく握って…少し小さな声で挨拶を交わした。


「では…また来るよ」

「うん。ありがとう」

「体をお大事に」

「はい」


この個人病室に残る僕らに会釈し、天清さんと櫻海さんは帰っていった…。


その姿を見届けた詩織は、すぐに菊江さんのベッドへと駆け寄り、傍に置いてあった椅子に座って菊江さんと見合った。


『菊江さん…本当に大丈夫なの?』

『なによぉ詩織ちゃん。私は大丈夫よ』

『菊江さん。どんな病気なの?良くなるの?』

『だから大丈夫だってばぁ。現代いまの医療の先進技術は凄いんだからぁ!』


心配そうに菊江さんの顔を覗くように見ていた詩織は、菊江さんのその一言を聞いて、ようやく笑顔を見せた。


『詩織ちゃん。また直ぐに元気になって、ぎゅっと抱きしめてあげるからぁ。待ってなさい』

『…うん』




…それから。

菊江さんと僕らは、40分ほど話をして…僕らも帰ることとなった。


ベッドに上体を起こして座ったまま、帰っていく僕らの後ろ姿を静かに見守ってくれている菊江さん。

病室の大きなスライド式ドアを開けたとき、詩織がもう一度振り向いた。

僕も振り向く…初めて見る、少し寂しそうな菊江さんの顔。


『菊江さん!絶対に元気になってね!!私待ってるから!』

『うん。絶対元気になるわよ。私と詩織ちゃんとの約束よぉ』


…今にも泣きそうな、詩織の横顔…。

詩織は、溢れ出る感情をぐっとこらえて、大きく手を振って叫んだ。


『いってきまーす!菊江さーん!』

『いってらっしゃい!私の可愛い子どもたち!』




春華さんを先頭に、振り向かず廊下を歩いてゆく詩織と鈴ちゃん。
僕は詩織たちに一瞬遅れるように、病室の前で立ち止まった。

廊下の病室前には確か…入院患者の本名が貼られていたはず…。
菊江さん…本名は、何っていうんだろう…。

僕はそれを確かめるべく、一瞬振り向いた…!



《佐々木 菊衛》


ささき…きくえい…?

佐々木…?
菊江さんも…佐々木!?

さっきの不動産王…天清さんも、佐々木だったよな…。



初めて知った。菊江さんの本名。
菊江さんのお店の名前が【菊次郎の夜】だったから…僕はてっきり、菊江さんの本名は《菊次郎》かと思ってた…。

けど…違ったんだ。なるほど…。


『あれ?ちょっと、信吾ってば!』

『あっ、ごめん…』

『早く来ないと置いてっちゃうわよ!』






…さっきのナースステーションで、ここで春華さんともお別れ。


『待って!詩織ちゃん!』

『えっ?』

『明日の朝、秋良くんの新しいお店に行くんじゃなかった?』

『あ、うん。そう』

『秋良くんに《お店に行く時間》、伝えた?秋良くん、そのこと気にしてたから』

『大丈夫。ちゃんと伝えてあるからぁ』

『そう。じゃあ良かった』


…うん。
秋良さんの新しいお店に行くのは明日。
2月17日の土曜日の、朝9時までには行く予定になってる。

そして、それはちゃんと秋良さんに伝えてある。


『それじゃあ。春華さんもお体に気をつけてね』

『ありがとう。詩織ちゃん達もね!』

『はーい。じゃあまたー』

『うん。またね』




…今度は、病院の駐車場で鈴ちゃんともお別れ。


『鈴ちゃんも。ありがとう』

『うん。春華ちゃん、お元気そうで良かったね』

『ねー。そんな心配は全然しなかったけど。だって春華さんだから』


そう言って僕らは笑った。
そして僕らは手を振り、鈴ちゃんの車を見送った。

鈴ちゃんは今夜はご実家には帰らず、地元の同級生の家で泊まるらしく…。

と顔を合わせるのが嫌だから…だったりする?
そういう理由じゃないよね…?

…で、明日は仕事のため、朝から東京へと向かって運転して帰っていくらしい…本当に忙しそう。


『じゃあ、私たちも帰ろっか』

『…うん』

『またアンナさんのマンションへ』


…えっ?また!?
一泊だけじゃなかったの!?






…そして、アンナさんの高層マンションにまた泊まらせてもらって…2日目の朝。
時刻は午前7時12分。

朝早っ…ってか、寒っ!


詩織とアンナさんは、僕よりも早く起きて、協力して3人の朝ごはんを作ってくれていた。


『アンナさん、詩織。おはよう…』

『あら。おはよーう。信吾』
『信吾くん、おはよう』


僕はすぐに、昨日から気になっていたことをアンナさんに訊いた。


『…アンナさん』

『うん?なに?』

『菊江さんのご家族…お父さんやお母さん、ご兄弟のこととか訊いたことあります?』

『…うん。お父さんもお母さんも早くにお亡くなりになって、兄弟もいないから独り者よって菊江さん、言ってたわよ』


…そうなんだ。
まさか…もしかしたら…。

そう思ったけど…僕の勘違いだったみたい…?


『信吾くん。なんで?何か病院で…?』

『えっと…いやぁ、何でもないんです…けど…』


僕はアンナさんに、素直にそれを言わなかった。

藤浦の不動産王《佐々木天清さん》と出会ったこと…菊江さんの本名を見たこと…それと、そこから湧き出てきた僕の疑念のこと…。


















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