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G.F. - 大逆転編 -
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うわわわゎ…こっちに来たぁ!!
僕らは社員集団の黒い塊に圧され…ジリジリと後退りして…廊下の突き当たりにある控え室の壁際まで退き下がっていた。
そしてその塊の移動は、事務室の入り口前でピタリと止まった。
「渡部副社長!大槻専務取締役!」
「どうなんですか!」
「ハッキリと仰ってください!」
「言ってくださいよ!どうなんですか!」
『…。』
『…。』
『…。』
『??』
僕らはすっかり黙って…その様子を見てた。
『えー…』
大槻専務取締役が、集まった社員に向かってゆっくりと話しはじめた。
『本日、午後3時30分より…3階、大会議室にて緊急特別会議を実施します…』
ゆっくりと騒めきはじめる社員さん達。
その声は低く、地を這うように廊下に響き渡る…。
『我々、業務執行役員および各部部長は、定刻に遅れることなく大会議室に集合すること。以上…』
大槻専務取締役がそう宣言すると、今度は渡部副社長が『はーい。それでは皆さん解散』『部長補佐以下の社員の皆さんは、普段通り仕事を続けていてください』と言葉を付け加えていた。
あのたくさんの社員や事務員の塊が、吸い込まれるようにまた事務室へと戻り入っていく。
『池田さん!』
鈴ちゃんは、そんな集団の中から池田さんを見つけ、体を捩じ込むようにして腕を伸ばし、池田さんの腕を掴んで引っ張り出した。
『これは…今のお話は、どういうことなんですか?』
『鈴ちゃん…』
池田さんの不安そうな目線と、力の籠った鈴ちゃんの視線がぶつかり合った。
『隠さないで教えてください!』
『うーん…』
『教えて!お願いします!』
池田さんが雫ちゃんを見た…。
そうだ。
僕らはまだともかく…雫ちゃんはこの件に関しては部外者…無関係。
それを気にしてか…池田さんは、出掛けている言葉を喉に詰まらせているようだった。
『じゃあ…金魚と私があっちで雫ちゃんと待ってます。だから池田さんと鈴ちゃんは何も気にせず…』
『待ってくれ』
そう提案した詩織の言葉を遮って、池田さんがそれを止めた。
『どうせ話すなら…鈴ちゃんだけじゃない。詩織ちゃんにも岩塚くんにも聞いてもらいたい…知ってもらいたいから』
『でも…雫ちゃんを独りここに置いて、なんて…』
池田さんは雫ちゃんを見た。
雫ちゃんも、なんだか不思議な表情で池田さんを見た。
『いいよ。君も一緒に聞くといい。世の中ってこんな色んなことがあるんだなぁって。良い社会勉強だと思って…』
…僕らは4階のトレーニングルームに来ていた…僕ら以外誰もいない。
この時間は、公貴くんの姿も無かった。
2階事務所隣の控え室では、こんな重要な話し合いをするのは危険と判断し…事務員の誰かに聞かれたりしたら大変だから。
それで敢えてここで話す事にした。
部屋の隅に置いてあった長机と、人数分のパイプ椅子をへやの真ん中に置き、僕らは座った。
長机の上…僕らそれぞれの目の前には、廊下の自販機で買った《ホッ♪とココア》。
『…で、今この事務所に…何が起こってるんですか?』
『うん。話すよ…けど、僕から聞いたっていうのは…』
『もちろん言いません。安心してください。私たちだけの秘密です』
雫ちゃんは…鈴ちゃんの隣に可愛いお人形さんみたいにちょこんと座って、ちょっと熱いのか両手で握ったホットココアをじっと見て…ふーふーと冷ましながら、ちょこちょことゆっくり飲んでいた。
『ごめんなさい。お待たせしました』
詩織は一旦廊下に出て、《ピプレ》のリーダーである浅倉海音さんと電話していた。
それが終わって小走りで戻ってきて、今僕の隣に座った。
『じゃあ、お願いします。池田さん』
『あぁ。実は…この《冴嶋プロダクションビル》は、うちの事務所が所有するビルじゃないんだ』
そう言いながら池田さんは、鈴ちゃんを見た。
『借りてる…ってことですか?』
『そうだ。つまり《借ビル》《借物件》なんだ』
…そうして池田さんは、今この冴嶋プロダクションに起きている状況について話してくれた…。
冴嶋美智子社長が、このビルを借りたのは16年前…32歳のときだった。
ビルの所有者は62歳の男性。とても優しい人だった。
『事業が続く限り、気が済むまでここを借りていていいですよ』そう言ってくれていた。
…ところが4年前…所有者は男性の息子さんに代わったらしい。
仮に息子さんを"A太郎"と呼ぶことにする。
所有者がA太郎に代わって、1年ぐらいは大人しかったんだけど…。
更に約2年半ほど前…急に『3年の猶予を与えるから、このビルから出ていってほしい』と言い渡された。
冴嶋社長から『先代のお父様からは《事業が続く限り借りていていい》と言われている』ことを伝えても…聞いてもくれなかったとか。
更に更に一昨年の秋…また急に『3年だった猶予を2年に短縮する』『早く出ていってくれ』と、不条理な請求をされたらしい…。
『…それで、今年の6月1日がその《2年の猶予が終了する日》なんだよ…』
池田さんはため息を吐いた。
『都内だったら、何処かもっといいところ見付かるんじゃないですか?一つぐらい』
池田さんは今度は息を払って、そう訊いた詩織を見た。
『…と思うだろう?それがね…』
総務部部長である松下さんが言うには…『大きさ、広さともに必要望に叶う物件があっても、月々の賃料が予算を超えてしまっている…』『貸ビルの賃料を抑えると、必要望よりも小さく狭くなってしまう』『かと言って都外・郊外に拠点を移すことには、社長や役員らも反対意見』『一流の芸能事務所として、どうだろう…郊外では箔が付かないではないか』…らしい。
結局…『やっぱり大きさ、広さ、賃料のバランス、立地の環境などから見て、ここが一番良いんだよなぁ』という意見から離れられず…新しい事務所物件探しは全く進んでいないらしい…。
『6月…あと4ヶ月ですか…』
『そうなんだ…4ヶ月なんて、あっという間だよ…』
池田さんは、最後にこう僕らに言った…。
『…はーぁ。僕はこの件が発覚してから、もう東京都内に拘ることはないんじゃないかー?なんて思うんだよなぁ。じゃあ何処か?って言われるとアレだけど…こう…そうだな…。例えば大都市を象徴するような高層ビル群が立ち並んでてさ…お洒落感もあってさ…それで可愛い子がいっぱい街を歩いてたら最高…』
『うーわぁ…池田さん、考えてることが最っ低…』
…鈍く睨むような細く薄い疑いの目で…池田さんを見つめる詩織…。
『まっ、待ってくれ!違うんだ詩織ちゃん!!さっ、最後に…僕の夢を語らせてくれないか!』
『えぇ?池田さんの夢?はぁ…どうせ《そんな街で可愛い子と出会えて結婚!そして生涯ハッピー♪》とか言うんでしょ…』
『言わないよ!ちゃんとした少年みたいな純粋な僕の夢だよ!』
…少年みたいな夢…。
『僕の夢はさぁ…そう。この冴嶋芸能事務所が日本で一番ってぐらい大きくなって…それで、本当に都内じゃなくてもいいんだ。日本の何処か《カッコよくてお洒落で、活気ある大都市》だったら。それで大ーっきな…天に届くように聳え立つような高ーいビルの最上階に事務所を構えてさぁ…目下に広がる大都市の景色や夜景を見下ろして…』
『うん。夢ですね。確かに』
『ちょっ!詩織ちゃん!急に現実に引き戻さないで!』
『うーん。叶うといいですね?池田さん』
『あ、あの…詩織ちゃん?僕の少年のような純っ粋な夢だよ。なんだけどちょっと手厳しくない?』
『きゃはははー。違いますよ。これも私なりの優しさですよ?うふふっ♪』
僕らは社員集団の黒い塊に圧され…ジリジリと後退りして…廊下の突き当たりにある控え室の壁際まで退き下がっていた。
そしてその塊の移動は、事務室の入り口前でピタリと止まった。
「渡部副社長!大槻専務取締役!」
「どうなんですか!」
「ハッキリと仰ってください!」
「言ってくださいよ!どうなんですか!」
『…。』
『…。』
『…。』
『??』
僕らはすっかり黙って…その様子を見てた。
『えー…』
大槻専務取締役が、集まった社員に向かってゆっくりと話しはじめた。
『本日、午後3時30分より…3階、大会議室にて緊急特別会議を実施します…』
ゆっくりと騒めきはじめる社員さん達。
その声は低く、地を這うように廊下に響き渡る…。
『我々、業務執行役員および各部部長は、定刻に遅れることなく大会議室に集合すること。以上…』
大槻専務取締役がそう宣言すると、今度は渡部副社長が『はーい。それでは皆さん解散』『部長補佐以下の社員の皆さんは、普段通り仕事を続けていてください』と言葉を付け加えていた。
あのたくさんの社員や事務員の塊が、吸い込まれるようにまた事務室へと戻り入っていく。
『池田さん!』
鈴ちゃんは、そんな集団の中から池田さんを見つけ、体を捩じ込むようにして腕を伸ばし、池田さんの腕を掴んで引っ張り出した。
『これは…今のお話は、どういうことなんですか?』
『鈴ちゃん…』
池田さんの不安そうな目線と、力の籠った鈴ちゃんの視線がぶつかり合った。
『隠さないで教えてください!』
『うーん…』
『教えて!お願いします!』
池田さんが雫ちゃんを見た…。
そうだ。
僕らはまだともかく…雫ちゃんはこの件に関しては部外者…無関係。
それを気にしてか…池田さんは、出掛けている言葉を喉に詰まらせているようだった。
『じゃあ…金魚と私があっちで雫ちゃんと待ってます。だから池田さんと鈴ちゃんは何も気にせず…』
『待ってくれ』
そう提案した詩織の言葉を遮って、池田さんがそれを止めた。
『どうせ話すなら…鈴ちゃんだけじゃない。詩織ちゃんにも岩塚くんにも聞いてもらいたい…知ってもらいたいから』
『でも…雫ちゃんを独りここに置いて、なんて…』
池田さんは雫ちゃんを見た。
雫ちゃんも、なんだか不思議な表情で池田さんを見た。
『いいよ。君も一緒に聞くといい。世の中ってこんな色んなことがあるんだなぁって。良い社会勉強だと思って…』
…僕らは4階のトレーニングルームに来ていた…僕ら以外誰もいない。
この時間は、公貴くんの姿も無かった。
2階事務所隣の控え室では、こんな重要な話し合いをするのは危険と判断し…事務員の誰かに聞かれたりしたら大変だから。
それで敢えてここで話す事にした。
部屋の隅に置いてあった長机と、人数分のパイプ椅子をへやの真ん中に置き、僕らは座った。
長机の上…僕らそれぞれの目の前には、廊下の自販機で買った《ホッ♪とココア》。
『…で、今この事務所に…何が起こってるんですか?』
『うん。話すよ…けど、僕から聞いたっていうのは…』
『もちろん言いません。安心してください。私たちだけの秘密です』
雫ちゃんは…鈴ちゃんの隣に可愛いお人形さんみたいにちょこんと座って、ちょっと熱いのか両手で握ったホットココアをじっと見て…ふーふーと冷ましながら、ちょこちょことゆっくり飲んでいた。
『ごめんなさい。お待たせしました』
詩織は一旦廊下に出て、《ピプレ》のリーダーである浅倉海音さんと電話していた。
それが終わって小走りで戻ってきて、今僕の隣に座った。
『じゃあ、お願いします。池田さん』
『あぁ。実は…この《冴嶋プロダクションビル》は、うちの事務所が所有するビルじゃないんだ』
そう言いながら池田さんは、鈴ちゃんを見た。
『借りてる…ってことですか?』
『そうだ。つまり《借ビル》《借物件》なんだ』
…そうして池田さんは、今この冴嶋プロダクションに起きている状況について話してくれた…。
冴嶋美智子社長が、このビルを借りたのは16年前…32歳のときだった。
ビルの所有者は62歳の男性。とても優しい人だった。
『事業が続く限り、気が済むまでここを借りていていいですよ』そう言ってくれていた。
…ところが4年前…所有者は男性の息子さんに代わったらしい。
仮に息子さんを"A太郎"と呼ぶことにする。
所有者がA太郎に代わって、1年ぐらいは大人しかったんだけど…。
更に約2年半ほど前…急に『3年の猶予を与えるから、このビルから出ていってほしい』と言い渡された。
冴嶋社長から『先代のお父様からは《事業が続く限り借りていていい》と言われている』ことを伝えても…聞いてもくれなかったとか。
更に更に一昨年の秋…また急に『3年だった猶予を2年に短縮する』『早く出ていってくれ』と、不条理な請求をされたらしい…。
『…それで、今年の6月1日がその《2年の猶予が終了する日》なんだよ…』
池田さんはため息を吐いた。
『都内だったら、何処かもっといいところ見付かるんじゃないですか?一つぐらい』
池田さんは今度は息を払って、そう訊いた詩織を見た。
『…と思うだろう?それがね…』
総務部部長である松下さんが言うには…『大きさ、広さともに必要望に叶う物件があっても、月々の賃料が予算を超えてしまっている…』『貸ビルの賃料を抑えると、必要望よりも小さく狭くなってしまう』『かと言って都外・郊外に拠点を移すことには、社長や役員らも反対意見』『一流の芸能事務所として、どうだろう…郊外では箔が付かないではないか』…らしい。
結局…『やっぱり大きさ、広さ、賃料のバランス、立地の環境などから見て、ここが一番良いんだよなぁ』という意見から離れられず…新しい事務所物件探しは全く進んでいないらしい…。
『6月…あと4ヶ月ですか…』
『そうなんだ…4ヶ月なんて、あっという間だよ…』
池田さんは、最後にこう僕らに言った…。
『…はーぁ。僕はこの件が発覚してから、もう東京都内に拘ることはないんじゃないかー?なんて思うんだよなぁ。じゃあ何処か?って言われるとアレだけど…こう…そうだな…。例えば大都市を象徴するような高層ビル群が立ち並んでてさ…お洒落感もあってさ…それで可愛い子がいっぱい街を歩いてたら最高…』
『うーわぁ…池田さん、考えてることが最っ低…』
…鈍く睨むような細く薄い疑いの目で…池田さんを見つめる詩織…。
『まっ、待ってくれ!違うんだ詩織ちゃん!!さっ、最後に…僕の夢を語らせてくれないか!』
『えぇ?池田さんの夢?はぁ…どうせ《そんな街で可愛い子と出会えて結婚!そして生涯ハッピー♪》とか言うんでしょ…』
『言わないよ!ちゃんとした少年みたいな純粋な僕の夢だよ!』
…少年みたいな夢…。
『僕の夢はさぁ…そう。この冴嶋芸能事務所が日本で一番ってぐらい大きくなって…それで、本当に都内じゃなくてもいいんだ。日本の何処か《カッコよくてお洒落で、活気ある大都市》だったら。それで大ーっきな…天に届くように聳え立つような高ーいビルの最上階に事務所を構えてさぁ…目下に広がる大都市の景色や夜景を見下ろして…』
『うん。夢ですね。確かに』
『ちょっ!詩織ちゃん!急に現実に引き戻さないで!』
『うーん。叶うといいですね?池田さん』
『あ、あの…詩織ちゃん?僕の少年のような純っ粋な夢だよ。なんだけどちょっと手厳しくない?』
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