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G.F. - 夢追娘編 -

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【岡本詩織】


皆さーん、おはようございまーす。
今日は1月29日、月曜日でございまーす。

えっと、時間は?…待って。iPhoneで確認…朝の8時37分です。

そして今私は、冴嶋芸能事務所ビルのエレベーター前にいまーす。
事務室と控え室がある2階です。


『じゃあ…待ってるから』

『うん。待っててね金魚』


信吾は最近、毎日金魚に変身してるの。
バレンタインフェスの日の《どっちが可愛いか勝負》のためみたいです。
メイクを色々、試行錯誤してるんだとか。

そして私の演技トレーニングが終わるまで、金魚は2階の控え室で私を待ってくれてます。
帰りに美味しいケーキ、一緒に食べに行って奢ってあげたらいいかなー。可愛いから。


『今日もトレーニング、頑張ってきて』

『はーい。ばいばーい♪』


頑張ってきてーって…可愛い。

とても可愛い金魚のために、ちょっとのあいだのお別れなだけだけど、キュートスマイルで元気いっぱい手を大きく振ってあげましょう。
もっと可愛い金魚の笑顔が見られます。ばいばーい♪







私が4階のトレーニングルームに着いてから、ちょっと経って公貴くんが来ました。


『おはよう。ふわぁ…あー。ねみい…』

『おはよう公貴くん。あれれ、夜更かし?』

『うっせぇ』

『は?ちょっ…朝からいきなり何なのよ!その返事!』


公貴くんの心ない返事が、ちょっと引っ掛かりましたが…大丈夫大丈夫。
あと9時前だから公貴くん、遅刻ではないようです。

それと陽凪さんは私よりも先に、トレーニングルームに来てました。
そして優しい私とヒドい公貴くんのやり取りを見てて、陽凪さんはいつも落ち着いてニコニコ笑ってます。

ってか、ちょっと陽凪さん!公貴くんに言ってやってくださいよぉ!
女の子にはもう少し、優しく接してあげなさい!って!!


まぁ…それはさておき、では3人揃ったところで演技練習の開始です。






『…あぁ。確かに。俺がお前の親父を殺した…』

『やっぱり…あなたが犯人だったのね!』


公貴くんは、私の父親の左胸に刃物を刺し、とある雑居ビルの屋上から父を突き落とした犯人の男性役。
私は父親を殺された娘役で、陽凪さんは女性刑事さま役。


『何で…お父さんを…?』

『…。』


昨日、色々なシーンを練習した時…と、あと今このシーンを昨日も練習してたとき、公貴くんから…。



『もっと感情を声に乗せろって!』

『おい!そこ恥ずかしがんなって!そこ違ぇだろ!』

台詞せりふの声のトーンとタイミング、話す速さを頭に思い浮かべながらやれって!』

『詩織お前しっかりやれよ!だからって感情的にアタマにきて、デカい声を出せばいいって問題じゃねーぞ!』

『おい!目にチカラが籠ってねーぞ!もっと憎むように俺を強く睨んでみろ!』



なんでそんなに強く言ってくるの!?
私だって頑張ってるんだよ!こんなに!こんなにだよ!!
毎日毎日!!毎日!!!

じゃあどうしろって言うの!?
そんなの訊いても教えてくれないじゃない!

私のこと、いじめてるの?

演技ばっかり練習するな!?
はぁ!?何言ってるのか解んないよ!!


だから私はつい感情的になって…今日こそは、絶対に!文句を言わせない!!って思いました。

こんな、役者ド素人の私が言うのも…ですけど。
私…自分では、自分の演技力には、ちょっとだけ自信がありました。



子どもの頃から、私は色々な場面で演技をしてました。

それと…。

金魚と初めて歩いた天郷大通りで、サラリーマンの男の人にナンパされ掛けたときも…。
あのクリスマスの夜、金魚と新井早瀬駅の駅前通りにイルミネーションを観に行ったとき、変な男性にナンパされ掛けたときも…。
《G.F.アワード》を金魚と観に行ったとき、《パススク81》の入館口前で2人のイケメンお兄さんにナンパされ掛けたときも…。


思い出すと、ナンパされ掛けたときばっかり?だけど…。

とにかく私は一生懸命、できるだけ上手に演技しました。
ナンパされないように…。

そして、だからこそ…そのナンパの危機から何度も何度も、今日まで切り抜けて来れたんだぁって思ってます。
私の演技の力で…。

そう思っても…いいよね?



だから私のやる演技に、こんなに何度も酷いこと言われると…こんな私でも、怒っちゃうというか…意地になっちゃうんです。

確かに、公貴くんは《平成最後の天才子役》と言われてました。
そんなことは知ってます。

でも負けたくない!!絶対に!
相手は私より歳下なのに…男の子なのに…!

なんで私がこんな酷いこと言われなきゃいけないの…!!
男の子は、女の子に優しくするものでしょ…?



…だから…昨日までに公貴くんから言われたことは、家に帰ってひとり、その演技のことをずーっと振り返って、思い出して…考えてました。
ご飯作ってるあいだも…お風呂に入ってるあいだも…。
お風呂から出て、ドライヤーで髪を乾かしてたときも…ベッドに入って眠くなるまでも…。

公貴くんに、同じことは言わせない。言わせたくない…。
だから…だったら言われた演技を全部振り返って、全部直して、公貴くんに私を見直させるの…!!!

『やっぱり、詩織の演技は凄いなぁ…』って!


私は公貴くんに負けない!

負けてない!
そう自分を信じてる…!!!

今まで頑張ってきた、自分の演技力だもん…!






『…お前の親父を俺が殺さなかったら…お前、自分の親父に殺されてたんだぜ…』

『えっ?』







『…でも残念ね。つまりそういうこと。彼は真犯人じゃないわ。本当の犯人は他に…』

『そっ、そんな…刑事さま…!』







『…意外だったわね。お父様が、先にあなたのお母様に毒を盛られ、息絶え絶えに屋上まできたところで、彼が来て…なんてね』

『お母さんが真犯人?…そんな…』






…練習するシーンは終わりました。


『指摘されてた、私の演技で直さなきゃだったところ…どうだったかな?良かった?』


私はあえて、わざと公貴くんにそう訊いてみました。
でも、彼は何も答えてはくれませんでした。

そりゃそうでしょう。
公貴くんが文句のひとつも言えないように、私は演技を直してきたんですから。


『詩織ちゃん、大丈夫よ。うん。良くなってた』


代わりに陽凪さんが言ってくれました。


『わぁ…嬉しい。ありがとうございます!』


こんなときは、ちょっとわざとらしくても少しオーバーに、元気に明るく、可愛く喜んで見せましょう。
元気に明るく可愛く…がポイントですよ。

ほら。陽凪さんもこんなに、にこにこ笑顔です。


『ねぇ、何か私に言ってくれないの?良いとか悪いとか』

『あぁ…?』

『…ね♪お願ぁい。一言でいいから』


…って訊くと、公貴くんは不貞腐れながらも、こう言ってくれます。


『あぁ…昨日指摘した演技の箇所は…良くなってた…かもな…』

『そう?うんうん。ありがとぉ♪』


じっと私を見る公貴くん。

悔しいのかなぁ?文句言えないのが。
そうよ。いつか私も《天才女優》って言われる日が来るんだから…うふふっ。
演技もっと頑張ろぉ♪


『あー!くそっ。疲れたー!休憩だー!!』


…えっ?
公貴くんが…。

休憩!休憩!って、出て行っちゃいました。
トレーニングルームを…。


それからしばらく大人しく、陽凪さんとトレーニングルームで休んでたんですけど…。

何処行っちゃったのかな…公貴くん?


…ハッ!!
まっ、待って…!!

うそっ、ヤバい…!?
金魚!!?

えーっ!!

待って待って待って待って…!!!
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい…!!!!

待ってー!!














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