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G.F. - 夢追娘編 -

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そして詩織は毎日いつものように、まるでこれからだってずっと、何一つも変わらないかのように…ピプレのメンバーと、ダンストレーニングとボイストレーニングを始めた。

1時間43分のトレーニング…。


『はーい。みんなーお疲れ様ー。ジュース買って来たから30分休憩しましょう。休憩が終わったらバレンタインフェスのリハーサルミーティングね』

『じゃあみんな休もーう!私はオトナの飲み物…超微糖コーヒー♪』
『あ、私ホットココア欲しいな』
『じゃあ私と心夏はホットの…』
『…私と明日佳はアップルティーとレモンティーをいただきます』
『じゃあ私も詩織さんと一緒で…コ~コァ♪』
『私は温かいこのクリームたっぷりカフェオレ、いただきまーす』


インストラクターであり、トレーナーをも務める和田先生がそう言って、トレーニングは一旦休憩に入った…。







『海音ちゃんは…女優とか、演技のお仕事とか興味はないの?』

『…うーん』


室内の壁にもたれ、床にぺたんと隣り合わせで座った詩織と海音さん。

部屋の奥には、ちゃんと休憩用のテーブルとイスがあるんだけど…。
氷上従姉妹と優羽ちゃんと千景ちゃんは、そっちのテーブル席で休憩している。

そんなこんなで急に、詩織が海音さんに《女優業への興味》について訊いてた。


『詩織ちゃんも私たちと、何度かステージに立ってきたから解ると思うけど…』

『うん』

『…ステージの目の前には私たちを観てくれてる、たくさんのお客さんがいたじゃない…?』

『ふんふん。いたねー』

『でもドラマの撮影とかどう?たくさんのスタッフさんなら、演者さんの周りにはいるだろうけど…』


海音さんは『…だから、私はアイドルしてるほうが好きかな…』と言った。


『へぇ…そうなんだ…』


…なんて海音さんの言葉に頷いて返したものの…何かまだよく理解できていなさそうな詩織に、海音さんは更に言葉を付け加えた。


『《空気感》というか…お客さんとのダイレクトな《一体感》とか《臨場感》っていうのかな…』


…それを感じられないから、海音さんは女優業よりアイドル業がいい…と、繰り返しそう言った。

アイドルは、誤魔化しが効かないステージパフォーマンスの、その時その場の一発勝負。
収録番組への出演は、それはまた別として…。

どれだけ目の前のたくさんの観客を楽しませ、心躍らせ、盛り上がらせ、楽しませ、満足させられるか…。
それができた時のドキドキ感というか、快感に似た高揚感がとても好きなんだとか。


『うん…私もわかる。気持ちいいよね』

『ねー。だけど、女優の仕事はどう…?』


カメラの前で演技…NGなら撮り直せばいい…。
最後はスタッフの編集…ドラマ視聴者の好評不評の反応が分かるのも、撮影から何週間も、また1ヶ月以上も後のこと。

テレビ?モニター?パソコン?…撮影したドラマを観てくれている人たちの視聴状況も、女性男性?若い子?お年寄り?どんな人なのかも、視聴者との息の合う一体感も、感想の声も…なかなかダイレクトには伝わってこない。だから…。


『でも、仕方ないよね。アイドルは《ステージパフォーマンス》が仕事だし、女優は《撮影編集作品づくり》が仕事なんだし…根本的に全然違う仕事なんだから…』

『うん…』


海音さんは、そう言って話を締め括ったけど…でも詩織は解ってる。
女優業には女優業の、とても素敵ないいところ…楽しさや達成感を得られるところもあるってこと。

でも、詩織はそれを敢えて海音さんに言って説明することはなかった。
けれど僕には、それを話してくれたことがあった。





女優業…というかドラマ撮影は、限られた撮影日数や時間、限られた制作費予算との闘い。
そして注目度…世間の話題性…つまりは視聴率。それらの《多様にわたり求められる数字》との闘い。

撮影現場は、周りはスタッフさんも何十人といっぱいで、とても賑やかで楽しそう…だけど、みんなただ一つ待ち望んでる。
撮影が思ったとおりに、またそれ以上にできたときの…カメラが回ると現場がシンと静まり返り、その張り詰めた緊張が解けたときのあの安堵感。

約4ヶ月から5ヶ月の撮影期間を無事に終えて、ようやくクランクアップを迎えられたあの瞬間。
沸き起こるスタッフさんたちの拍手喝采…演者への温かい感謝の言葉…全速力で完走しゴールできたときの感動。
長かった《撮影期間》という闘いが終わり、迎える最高の達成感。

花束を胸に抱き、全員で撮る最後の…感動の記念撮影。


確かに、ドラマ撮影には《観客と息の合うダイレクトな一体感》は無いかもしれない…。

けど、関わった何十人ものスタッフさん達と女優俳優との一体感が生まれる。
それがその1日…ステージパフォーマンスのときだけ…じゃない。

ドラマ撮影の期間中…その願いにも似た一体感は何ヶ月もずっと続く。
一つの目標を目指して手を取り合った、人と人とを結ぶ温かい絆のような、そんな想いや感覚が…。





…って、ドラマ撮影に関わったことのない詩織から、なぜ僕がそんな言葉を聞いたのか?と言うと、それは…。


実際に、子どもの頃からそんな撮影の場に関わって、そんな感動の場面を何度も何度も見て実体験してきたが詩織に、親切丁寧に言い聞かせたから。

"女優を目指す"とは、どういうことなのか?と…。
いつもどんな数字を意識し、スタッフから何を求められ、自身は何を目指し、どう振る舞い、どう撮影を完結させなければならないのか…。



そして、そんなことを聞かされたから…詩織の女優への想いは、更に熱を帯びたんだった。
詩織のの見方が、少しずつ柔軟に変わっていったのも、その頃から…。

彼のちょっと無作法な話し方も、詩織を《詩織》《お前》と呼ぶその呼び方にも、詩織は今ではもう何もそれに対して、彼に害意を示さなくなった。
《それが普通なんだ》って。《それが彼なんだ》って。そんな感じに…。







『じゃあ…私、帰るね』


ピプレのメンバーを残し、手を小さく振って、詩織は金魚の僕と二人でトレーニングルームを出ようとしていた。


『うん。詩織ちゃん、また会おうね』
『素敵な女優になってください…』
『私たちはずっとここで応援してます…』
『私は…詩織お姉さまと同じ事務所所属だから…いつでも会えるのかな。ふふっ♪』
『優羽ちゃんが羨ましいです…ううっ』


詩織は一旦トレーニングルームのドアを閉めて、廊下に出て…『きゃははー♪』と笑いながら、またドアを開いて顔を覗かせた。


『みんな寂しいこと言うのやめてよー。また私はこれからも、ピプレのメンバーなんだからー』

『あー…確かにね』


そう言ってまたメンバー全員で笑っ…。


『あっ!そうだ!そういえば…!!』


…!!?


突然、海音さんが僕らの目の前へと駆け寄って来た!?


『私、詩織ちゃんに話したかったことがあるの!』

『えっ?な、なに…!?』

『あの夜のこと!!』

『あの夜って…??』


話す海音さんの勢いに、詩織は少し驚きされている。


『あの10人もの《きらむ》所属の女の子らと鉢合わせになったあの夜!!あの子たち、何処から出てきたって思う!?』


夕紀さんから聞いてた話からすると…東京上野のとある雑居ビル?から…?
とか、そういうことじゃないよね…。


『あの子ら7階建ての、全階がキャバクラで埋まったでっかいビルから!出てきたの!!』

『…?』
『???』















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