85 / 159
G.F. - 夢追娘編 -
page.564
しおりを挟む
『シーンは…春だよね。桜が咲き乱れる丘の上で、文と茜が桜の木々を見上げるの』
「うん…ですね…」
『10年前だけど…この場面、覚えてるかな?あのシーンの私の演技を真似てもいいし、ちょっとアレンジして演じてみてもいいから』
…ん?
詩織、大丈夫かな。
陽凪さんが演技するシーンを説明してくれてるのに…何だか、あんまり集中できてないみたい…?
じっと下を向いてる…ように見える。
けど不安そう…でもない。もの凄く気合を入れてる…んでもないみたい。
ううん。詩織なら大丈夫だ。僕は信じてる…解ってる。
詩織はこのドラマを観ていたって言ってた。
記憶を辿って、その場面を思い出しているのかもしれない。
『詩織ちゃん!!やろう!頑張ろ!』
みかなちゃんが詩織にエールを送った。
それで気がついた?のか、詩織がみかなちゃんをゆっくりと見た。
『うん。見てて』
詩織は手渡された台本を足元にそっと置くと…また姿勢を戻して、左掌を胸にそっと置いた。
目は少し下を向き…ふうっと小さく深呼吸したみたい。
『じゃあ始めるよ。まずは桜咲く丘のシーンから』
監督の代わりを務めてくれる浅見さんのその声に、詩織は反応して陽凪さんから6歩ほど離れて、そこで立ち止まった。
『茜、ねぇ茜。ちょっと来て』
陽凪さんが笑顔で詩織を呼ぶ…詩織は一瞬驚いたような表情をして…小さく頷いて、陽凪さんの傍へと歩み寄った。
『ほらぁ見て。桜、綺麗よ』
『うん…綺麗』
天井を見上げ、わあっと眩しいくらいの陽凪さん。対して詩織は…。
確かに笑顔だったけど、見上げた詩織の表情…何処となく寂しさも混じった、見ている僕らが何か考えさせられるような、ぎこちない笑顔だった。
詩織は、上から正面へと中空を目で追い、右掌をちょっと胸元で広げて…落ちてきた桜の花びらを掌で受けようとしてる…?
それでも、その桜の花びらを掌で受け取れなかったのか、一旦下を見て…屈んで花びらを拾おうとしてる…んだと思う。
不思議と本当に、詩織が桜の木の下にいるみたいに…それが何故だか、まるで僕にも見えてるかのように想像できた。
屈み方だってそう。詩織はちゃんと和服を着ているかのように、両膝を揃えて綺麗に、丁寧に屈んでいた。
見てて解る…見える。詩織の演技が。
『…陽凪くん。続けて』
『えっ?あっ…はい』
浅見さんに催促されて、陽凪さんはまた演技の続きを始めた。
『ねぇ、花見のお団子を取ってくるから。茜はそこで待ってなさい』
『うん…』
屈んだまま、そう答えた詩織。
陽凪さんは舞台だろう想定した場所から離れていく…。
それを見ていた浅見さんが、次の場面の指示を出した。
『じゃあ入るよ。影郎登場のシーン』
『信吾。代わりにやってくれ』
…えっ?
僕は慌てて公貴くんを見た。
『影郎役だよ』
『ええーっ!?なんで僕!?』
公貴くんはキツい視線で僕を見た。
『《茜姫が死にかけの影郎を抱擁する》シーンがあんだよ!』
『えぇ…』
『お前、詩織と俺を抱擁させる気か…?』
公貴くんのそれに、僕が何か答えて返そうとする前に…。
『まず立て!!』
『はっ、はい!』
『立ったら行け!!』
『はい…』
…って、立ち上がってはみたものの…。
『…で、僕はそのあと何をすれば…?』
僕は振り返らずに、公貴くんにそう訊いた…。
『心配すんな。この場面の影郎役は、そんな難しくねぇから。俺の指示の通りにやってくれればいい』
『うん…』
『それと、この場面のセリフは俺が言うから。信吾は口パクな』
『あ…はい…』
…ですよねー。
僕、この場面もセリフも知らないんだから…。
僕は、詩織演じる茜姫の、屈んだままの後ろ姿に…3歩、近づいてみた…。
『文さま…茜さま…』
僕の代わりに、公貴くんが影郎のセリフを言う。
『…影郎?』
詩織が振り返って、立ち上がった。
僕を…僕が演じる影郎を見た茜姫の表情はふっと、とても悲しそうな表情へと一変した。
『信吾。首をガクッと前へ倒して、そのまま両膝から崩れ落ちろ』
…あ、はい。
言われたとおり、僕はガクッと両膝を同時に床に就いた…ちょっと痛っ。
『影…戦は…』
詩織の小さく震えるような声が、僕の耳にも届いた。
凄く不安を感じさせるような、小さな声…。
『すみませぬ…茜さま…我が颯鷹城は攻め落とされ…一年前に…』
『…!』
…僕、口パク…頑張ってます。
弱々しく語る公貴くんの声も…もの凄く上手いな。
『父は…母は…兄さまは…生きているのですか?』
『うぅ…すみませぬ!…茜さまぁ!すみませぬ!!すみませぬ…』
公貴くんの小さく泣くような声…なるほど。
ここは家来の影郎が泣いてるシーンなんだってのがそれで解る。
『信吾。苦しそうに左手を床に就け』
苦しそうに…!?
僕は少し大袈裟に、はぁはぁと息をし、指示に従って前に倒れるように左手を床に着いた。
『影?…影!だっ大丈夫!?あなた…病では!?』
詩織が僕の前へと小走りで来て、屈んで僕の上体を元のとおり起こしてくれた。
『黙ったまま一度頷いて、そのまま踏ん張れ。信吾』
緩く僕の肩を揺する詩織。
僕は弱々しく、下を向いたままコクリと頷いた。
あの時の詩織は、とても必死な表情で…。
『いや、嫌だ…顔をあげなさい影郎…返事をして!お願い!…お願い!影!!』
詩織がギュッと、僕を強く抱きしめた。
『うわぁ…誰か!!助けて!!影が…』
詩織の呼吸が荒く…本当に泣いているのが体中に響いて伝わってきた。
そして、みんながびっくりするような大きな声で、詩織が叫んだ。
『影…影!!姉さま!早く来て!!お願い!姉さま!!影が死んじゃう!!影を助けて!!誰かー!!』
「うん…ですね…」
『10年前だけど…この場面、覚えてるかな?あのシーンの私の演技を真似てもいいし、ちょっとアレンジして演じてみてもいいから』
…ん?
詩織、大丈夫かな。
陽凪さんが演技するシーンを説明してくれてるのに…何だか、あんまり集中できてないみたい…?
じっと下を向いてる…ように見える。
けど不安そう…でもない。もの凄く気合を入れてる…んでもないみたい。
ううん。詩織なら大丈夫だ。僕は信じてる…解ってる。
詩織はこのドラマを観ていたって言ってた。
記憶を辿って、その場面を思い出しているのかもしれない。
『詩織ちゃん!!やろう!頑張ろ!』
みかなちゃんが詩織にエールを送った。
それで気がついた?のか、詩織がみかなちゃんをゆっくりと見た。
『うん。見てて』
詩織は手渡された台本を足元にそっと置くと…また姿勢を戻して、左掌を胸にそっと置いた。
目は少し下を向き…ふうっと小さく深呼吸したみたい。
『じゃあ始めるよ。まずは桜咲く丘のシーンから』
監督の代わりを務めてくれる浅見さんのその声に、詩織は反応して陽凪さんから6歩ほど離れて、そこで立ち止まった。
『茜、ねぇ茜。ちょっと来て』
陽凪さんが笑顔で詩織を呼ぶ…詩織は一瞬驚いたような表情をして…小さく頷いて、陽凪さんの傍へと歩み寄った。
『ほらぁ見て。桜、綺麗よ』
『うん…綺麗』
天井を見上げ、わあっと眩しいくらいの陽凪さん。対して詩織は…。
確かに笑顔だったけど、見上げた詩織の表情…何処となく寂しさも混じった、見ている僕らが何か考えさせられるような、ぎこちない笑顔だった。
詩織は、上から正面へと中空を目で追い、右掌をちょっと胸元で広げて…落ちてきた桜の花びらを掌で受けようとしてる…?
それでも、その桜の花びらを掌で受け取れなかったのか、一旦下を見て…屈んで花びらを拾おうとしてる…んだと思う。
不思議と本当に、詩織が桜の木の下にいるみたいに…それが何故だか、まるで僕にも見えてるかのように想像できた。
屈み方だってそう。詩織はちゃんと和服を着ているかのように、両膝を揃えて綺麗に、丁寧に屈んでいた。
見てて解る…見える。詩織の演技が。
『…陽凪くん。続けて』
『えっ?あっ…はい』
浅見さんに催促されて、陽凪さんはまた演技の続きを始めた。
『ねぇ、花見のお団子を取ってくるから。茜はそこで待ってなさい』
『うん…』
屈んだまま、そう答えた詩織。
陽凪さんは舞台だろう想定した場所から離れていく…。
それを見ていた浅見さんが、次の場面の指示を出した。
『じゃあ入るよ。影郎登場のシーン』
『信吾。代わりにやってくれ』
…えっ?
僕は慌てて公貴くんを見た。
『影郎役だよ』
『ええーっ!?なんで僕!?』
公貴くんはキツい視線で僕を見た。
『《茜姫が死にかけの影郎を抱擁する》シーンがあんだよ!』
『えぇ…』
『お前、詩織と俺を抱擁させる気か…?』
公貴くんのそれに、僕が何か答えて返そうとする前に…。
『まず立て!!』
『はっ、はい!』
『立ったら行け!!』
『はい…』
…って、立ち上がってはみたものの…。
『…で、僕はそのあと何をすれば…?』
僕は振り返らずに、公貴くんにそう訊いた…。
『心配すんな。この場面の影郎役は、そんな難しくねぇから。俺の指示の通りにやってくれればいい』
『うん…』
『それと、この場面のセリフは俺が言うから。信吾は口パクな』
『あ…はい…』
…ですよねー。
僕、この場面もセリフも知らないんだから…。
僕は、詩織演じる茜姫の、屈んだままの後ろ姿に…3歩、近づいてみた…。
『文さま…茜さま…』
僕の代わりに、公貴くんが影郎のセリフを言う。
『…影郎?』
詩織が振り返って、立ち上がった。
僕を…僕が演じる影郎を見た茜姫の表情はふっと、とても悲しそうな表情へと一変した。
『信吾。首をガクッと前へ倒して、そのまま両膝から崩れ落ちろ』
…あ、はい。
言われたとおり、僕はガクッと両膝を同時に床に就いた…ちょっと痛っ。
『影…戦は…』
詩織の小さく震えるような声が、僕の耳にも届いた。
凄く不安を感じさせるような、小さな声…。
『すみませぬ…茜さま…我が颯鷹城は攻め落とされ…一年前に…』
『…!』
…僕、口パク…頑張ってます。
弱々しく語る公貴くんの声も…もの凄く上手いな。
『父は…母は…兄さまは…生きているのですか?』
『うぅ…すみませぬ!…茜さまぁ!すみませぬ!!すみませぬ…』
公貴くんの小さく泣くような声…なるほど。
ここは家来の影郎が泣いてるシーンなんだってのがそれで解る。
『信吾。苦しそうに左手を床に就け』
苦しそうに…!?
僕は少し大袈裟に、はぁはぁと息をし、指示に従って前に倒れるように左手を床に着いた。
『影?…影!だっ大丈夫!?あなた…病では!?』
詩織が僕の前へと小走りで来て、屈んで僕の上体を元のとおり起こしてくれた。
『黙ったまま一度頷いて、そのまま踏ん張れ。信吾』
緩く僕の肩を揺する詩織。
僕は弱々しく、下を向いたままコクリと頷いた。
あの時の詩織は、とても必死な表情で…。
『いや、嫌だ…顔をあげなさい影郎…返事をして!お願い!…お願い!影!!』
詩織がギュッと、僕を強く抱きしめた。
『うわぁ…誰か!!助けて!!影が…』
詩織の呼吸が荒く…本当に泣いているのが体中に響いて伝わってきた。
そして、みんながびっくりするような大きな声で、詩織が叫んだ。
『影…影!!姉さま!早く来て!!お願い!姉さま!!影が死んじゃう!!影を助けて!!誰かー!!』
2
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる