Ｇ.Ｆ. -ｺﾞｰﾙﾄﾞﾌｲｯｼｭ-

G.F. - 再始動編 -

page.527

池田さんは、真剣な目で僕を見た。


『最近の詩織ちゃんの様子はどうだい？』

『えぇ…まぁ。元気だし、一生懸命にアイドルとしての練習…というか、歌とか振り付けとか頑張ってましたよ』

『あぁ。そうか…』


池田さんは大きく頷き、深呼吸して一度大きく息を払った。


『じゃあ、詩織ちゃんの女優への想いというか…そういうのについては、何か変化とかは…？』


…なるほど。そういうことか。
池田さんが一番知りたかったのはそれかと、僕は直感でそう思った。


『でも…分かりません』


というのが、僕の本心からの返答。


『まだ、あれから１ヶ月くらいしか経ってないですし…詩織とそんな話をすることもなかったですし…』

『まぁ…そうだよな』


池田さんは、また苦笑いした。


『詩織ちゃんの、女優への想いとか夢への強さって、どれくらいなんだろうな…』


それは…僕にも分からない。

池田さんが、離れた向こうにいる詩織の背中を見た。


『しばらく見守ってあげて…それでも諦められず、その想いや夢を詩織ちゃんが持ち続けていられたとしたら…僕が彼女ために、事務所に直談判してあげてもいいかなって思ってる』

『…池田さん』

『うん…？』


池田さんが僕を見た。


『なんでそう思ったんですか？』

『だって可哀想だろ。ずっと本当の夢に向かえず、ただ事務所が決めた他の活動を、ずっとやり続けてるなんてさ』


…そう。池田さんは、絶対にただの変な人じゃない。
こういう優しいところもあるんだから。


『…しばらく見守る…ってのは、どれぐらいの期間ですか？』

『あぁ？そうだな…』


池田さんは、考えているのか…何故か黙ってしまった。


『…６ヶ月とか？』


そう訊いた僕に、池田さんは…。


『はぁ？半年！？そんなに長く苦しませたら可哀想だろ！』


僕は池田さんの、その《半年も詩織ちゃんを苦しませるとか、僕は絶対に我慢できない》っていう言葉に、強く共感した。


『３ヶ月かな』


池田さんはそう言って、ウンウンと頷いた。


『…けど、誤解しないでくれ』


と、いうと…？


『僕が事務所に直談判したからといって、本当に詩織ちゃんが女優を目指せることになるのかは…』


…冴嶋社長や、大槻専務取締役の判断次第…ってことだろう。
《女優の世界は、アイドルの世界よりもずっと難しい》と言われているそれが、詩織にどう影響し、それをどう覆すことができるか…だと思う。

けど今、詩織が事務所からアイドル活動を薦められているのは《事務所が詩織を、芸能界の厳しさに潰されてしまわないよう、守ってくれている》とも考えられる。



つまり…事務所に無理を言って、本当に詩織が女優を目指せることになったとしても…子役経験とか演劇部経験とか、何も無い詩織なんだ…すぐに女優への想いも夢も挫かれてしまって《芸能界なんて、もう嫌だぁ》なんて思わせてしまう時が…来るかもしれない…。

それだったら、いっそのことアイドルとして、そのまま活動を続けさせていたほうが良かったのに…なんて後悔をさせられることには、なりたくない…。



考えれば考えるほど…確かに、どんどんと難しくなってゆく…。

詩織に、女優への想いや夢を叶えさせるべきか…将来の芸能活動への安全性を考えて、やっぱりこのままアイドルを続けさせるべきか…。


『…池田さん』

『ん？何だい？』


僕は池田さんに『詩織は女優かアイドルか…このことは、もう少し慎重に考えてみないですか？』って、お願いの一言を添えた。


「優羽ちゃん。詩織ちゃん。行こう！私たちの出演の番だよ！」

「はい！行こう！」
「行きまーす！」


…！
向こうで海音さんの声が聞こえた。

振り向くと、詩織がこっちへ慌てながら歩いて来てるのが見えた。


『遂に本番だね。詩織』

『うん。緊張するけど…頑張ってくるね！信吾』


詩織に僕らの悩み顔なんて見せていられない。僕も池田さんも精一杯の笑顔で詩織に応えた。


『頑張れ！詩織！』

『詩織ちゃん！僕らも君たちのステージパフォーマンスを見に行くから。頑張れー！』