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114話 ラブピース その6

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 急激な実力向上の可能性……冒険者を始め、戦いを生業とする業界ではあり得る事象として認知されている。

 Bランク冒険者であるネトレジャーもそれに該当しているようで、ナーベルとミーティアの二人は、以前のミノタウロスとの戦いがきっかけとなり、実力向上を果たしていた。現在は、当時の彼女たちの強さではない。

 ナーベルの薙刀による一撃と、ミーティアの水の魔法の破壊力は明らかな向上を見せていた。それはほんの1週間程度という時間ではあり得ない上昇……彼女たちの実力はレベル60を超えており、Aランク冒険者の領域に到達していた。

 臨戦態勢から繰り出された攻撃は、カイエルとアンバートの両者に狙いを定め、彼らの急所を深く抉ることを目的としている。彼女たちに躊躇いの念などはなく、一気に勝負を決める腹積もりだったのだ。

「想像以上だ。これ程までとはな」
「カイエルの言う通りだ。これが噂に聞く天才、ネオトレジャーか」

 カイエルとアンバートは双子の遺伝子も影響しているのか、ネオトレジャーの二人に対して、敬意とも取れる態度を同時に示していた。レベル60以上の者達による一撃……それは彼ら二人にとっても称賛に値するものだったのだ。

「!!」

 だが、ナーベルとミーティアの二人の一撃はカイエルとアンバートには届かなかった。寸前で彼らはあり得ない態勢で、その攻撃を避けたのだ。

「なんだ、この動きは!?……どうなっている……?」

 アレク達にも見せた二人の奇妙な動き。自らの薙刀の一撃を避けた動きに、ナーベルも驚きを見せていた。


「私の水の魔法も寸での所で避けられたわ。あのあり得ない人間の動き……骨ごと外した動きかしら?」

 ミーティアの看破ともいえる一言。カイエルは笑みをこぼした。

「ご明察。ただし、ただ骨を外した動きでは、こんなあり得ない動きは不可能だ。これが俺達の特殊能力にして、最大の技と言える」

 そして、カイエルとアンバートの反撃が開始される。彼らの剣撃の動きは恐ろしいほどに鋭角の角度からの攻撃であった。

「円形の動き!? こんな動きができる人間が居るのか!?」

 ナーベルはカイエルの高速の剣撃を、なんとか薙刀で捌いて見せた。だが、その腕の振りは、軟体生物の如き円周を描いている。

 連続で円周する攻撃はナーベルの薙刀に当たって行く。なんとか彼女は全ての攻撃を食らうことなく捌いたが、たったこれだけの攻防でも汗を流すには十分であった。敵の攻撃が読めないのだ。

 あまりにも鋭角な攻撃や、通常の角度からの攻撃など、自由に切り替えのできるものである為に、流れを予測することができない。武人として、正当な戦いを好むナーベルにとっては天敵とも言える相手であった。

「そう言えば、ネオトレジャーは3人組の美女グループだとアーカーシャでも噂になっていたが……もう一人はどうしたんだい?」
「……こういう時に、リッカと別行動というのは非常に困るわね」
「ああ、まったくだな」

 カイエルの質問に、ミーティアとナーベルの二人は頭を抱えていた。ネオトレジャーでは最年少ではあるものの、事実上のエースの役割を果たしていたリッカ。彼女の姿はそこにはなかったのだ。



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 その頃、リッカが訪れている場所は、回廊遺跡72階層。彼女は単騎で72階層まで降りて来ていた。その階層でのモンスターレベルは90前後となっており、オルランド遺跡にも匹敵するレベルとなっている。本来の彼女のレベルであればとても抗えない領域ではあるが……。

 彼女が単独行動をとっているのは、偶然であり、今回のラブピースの一件とは関係はしない。アーカーシャにて別れた時にはいつも通りであったリッカではあるが、彼女の現在の様子は明らかに普段とは違っていた。

「モンスターを大量発生させるエンブレム……破壊するまでは呼び出し続けることが可能というわけですね。なるほど……」

 いつもの雰囲気とは違うリッカの姿。レベル90程度のモンスターを物ともしないどころか、彼女は特殊なエンブレムが置かれたエリアへと侵入している。その場所は、エンブレムの効果により、ドラゴンゾンビが発生し続ける危険なエリアとなっていたのだ。

 レベル150に達するドラゴンゾンビ。それが大量に出て来る72階層の一区画は本来であれば、訪れたが最後、確実に死が待っている危険地帯である。だが、赤い瞳を有している彼女は、そんなドラゴンゾンビの群れすらもあっさりと退けていた。


「ジェシカ・フィアゼスの遺した遺跡。素晴らしい場所です。科学文明の宝庫……さらに下層に脅威が潜んでいるようですが……新たなる拠点としても価値はありそうですね」

 明らかにいつもとは違う話し方のリッカは虚ろな目をキョロキョロさせながら周囲を警戒していた。彼女の懸念である脅威……下層にある幾つかの危険なトラップと、最下層のタナトスがそれに該当していたが、タナトスは既に存在していない。しかし、この地にはタナトスレーグと呼ばれる、タナトスの改良型も存在していた。

 能力的にはタナトスにも匹敵する実力を有するそれは、フィアゼスがこの大地を去った後に誕生した副産物的なモンスターであった。今までは封印されていたが、タナトスが回廊遺跡を出た反動で、タナトスレーグも回廊遺跡の最下層を彷徨うことになったのだ。リッカは無意識の内に、そのタナトスレーグの存在も感じ取っていた。

 回廊遺跡の攻略を猛スピードで行うリッカなのかどうかは不明な彼女……タナトスレーグとの邂逅はすぐそこまで来ていたのだ。



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「お前たちの能力……骨を溶かしているような動きだ。その名の通り、自在に骨を変形させられるようだな」

 場所は再び戻り、賢者の森。ナーベルはカイエルの攻撃を捌いたことにより、彼の攻撃の変則性を見抜いていた。カイエル自身も隠す様子はなく、頷いてみせる。

「正解だよ。骨を外す以上の動きを俺達は可能にしている。最早、軟体生物以上の動きすら可能だ。この変則自在な動き……型に嵌らない攻撃は慣れていないだろう? 捌き切れるかな?」

 カイエルはそこまで言うと、ナーベルに向かって再び突進を開始した。彼の持っている剣は、小太刀のような中くらいの長さの剣になっており、本来であれば上段切りや中段切り、突き攻撃などが予測できる角度であった。だが……

「なにっ!?」

 カイエルは正面からの攻撃ではなく、斜め後ろからの剣撃を撃って来たのだ。これも骨を自在に変形させられる能力の恩恵だ。長さもある程度変えられるのか、その腕は明らかに伸びていた。伸びた腕は大きく弧を描き、あり得ない角度からナーベルを襲った。

「ミラーシールド!」

 ナーベルへの剣撃の直撃。それを避けたのはミーティアの鏡の盾だ。ミノタウロスに対して出した時よりもさらに多くの鏡の幻惑盾を展開させていた。カイエルの剣撃はその水の盾にガードされ、ひびを付けるのみになってしまった。

「ミーティア! 済まない!」
「気にしないで。無事で良かったわ」

 ナーベルが無傷でいたことに、ミーティアも安心していた。

「これは参ったね……水で造り出した鏡の盾か……敵の姿を惑わす幻術のようなものか」
「あなた達の攻撃方法はわかったわ。少し手の内を見せ過ぎたわね」


 ミーティアは鏡の盾を出しながら、敵の攻撃の変則性に脅威を感じながらも、内心では勝利を確信していた。変則的な慣れない攻撃を展開するのであれば、接近戦を避ければ問題ない。鏡の盾による幻惑で、敵を離れた場所に釘付けにしておき、決してナーベルには近づけさせない。

 ミーティアの必勝法はナーベルにも言葉を発せずとも伝わった。彼女は、ミーティアが展開した幻惑の盾の配置で、それを見抜いたのだ。自らは影に隠れて二人を暗殺する。おそらくは暗殺者であろうカイエルとアンバート、そんな二人に今度はナーベルが暗殺という技を仕掛ける番となっていた。必勝法は定まった、後は実行に移すだけだ。

 だが、そんな攻撃パターンはカイエル達も悟っていた。いや、正確にはどのような攻撃がくるかを予測できたわけではない。確実に勝てる攻撃を彼女たちが思いついたことを看破したのだ。内容までは分かっていないが、それでも彼らの表情に変化はない。

「お前たちは根本的なところで間違っているな」
「ああ、全くその通りだ、なにか策を思いついたのだろうが……」
「そうだ、アンバート。二人に教えないと行けない。俺達は……お前たちよりも強いということを」

 そこまで言い終えると、二人の雰囲気が明らかに変化した。本気状態になったことを意味する構えを取っている。恐ろしい程に上体をかがめており、獣の猛ダッシュの予備動作に酷似していた。

 二人が纏っている闘気は明らかにナーベル達を上回っており、そんな二人の攻撃が、ナーベル達の予期しない速度で開始された。

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