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113話 ラブピース その5

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 賢者の森で引き起こされた衝撃。Cランク冒険者のフェアリーブーストにとってそれは、稀に訪れる危機であったことは間違いない。

 自分たちよりも格上のチームである「イリュージョニスト」。その者たちが眼前で倒れ伏し、それを行った張本人たちがこちらに標準を合わせていたのだから。


「アレク! 大丈夫か!?」
「ヘルグ……ゴフッ……! に、逃げろ……」

 ヘルグはアレクの容態を大声を上げて確認した。なんとかヘルグの言葉に反応を見せるアレクではあるが、明らかに瀕死といった印象だ。腕や足の骨はズタズタに折られているのか、恐ろしく歪んでいる。

 カイエルとアンバートの二人は非常に短い自らの黒髪に手をやり、溜息をついていた。

「弱い。Bランク冒険者はこんなものか。もう少し歯ごたえがあると思っていたが」
「まさしくその通り。アインザー様には警戒するように言われているが……こうも予定通りだと、逆に張り合いがないな」


 彼ら二人からは余裕が満ち溢れていた。本来であれば極秘事項に該当するであろう内容もペラペラと話し出している。

「アインザーだと……? アインザー・レートルか?」

 彼らの言葉に真っ先に反応したのはレンガートだ。アインザーはラブピースの元締めである組織の長になっている為、彼の驚きは当然と言える。

「やはり冒険者間では有名人かな、あの方は」
「当たり前だ……! 賞金首ランキングで、4位に上り詰めている人間だぞ。賞金額は1000万ゴールドになっているはずだ……」

 レンガートは最近、更新された賞金首ランキングの表を思い浮かべながら話している。三天衆の一人、アインザーは1000万ゴールドの賞金首になっていた。ランキング4位に該当しており、破格と言える金額だ。単純なレベルで比べることは出来ないとしても、レッドドラゴンを凌ぐ金額になっている。

「お前たちの話だけでも、ラブピースの誘拐の関与の裏付けが取れそうだな……」

 ヘルグは牽制の意味合いで二人に言葉を発する。だが、カイエルとアンバートの二人は焦っている様子を見せなかった。

「ははははっ、大正解。あの組織は表向きは職業安定所の役割を担っているが、本来は誘拐を専門にしている。女を狙うことが多いが、労働力の確保も込めて、男も誘拐しているぜ」

 カイエルは顎に生やした髭を触りながら、余裕の表情で語り出した。最早、疑いようのない自供と言えるだろう。ヘルグ達は、カイエル達の後ろにある洞窟に目をやった。その場所に、誘拐された者達が幽閉されているということか。

「その目線はもう気付いているかな? あの洞穴には、誘拐した者達が居る。既に別の場所に連れて行かれた者も多いが、助けるチャンスだぞ?」
「……」

 カイエルは口髭に手を当てながらヘルグに挑発とも取れる言葉をかけた。ヘルグはその威圧感に押し切られたかのように後ずさりをしてしまう。カイエルの傍らに倒れているアレクの容態からも見て取れるが、自分では絶対に勝てないと悟ったのだ。エンデとコウテツの二人は先ほどからピクリとも動いていない。既に死亡している可能性があった。

 そしてその時、悟を含めて彼らは気付いた。カイエルとアンバートの二人から逃げ切ることはできないということに。フェアリーブーストの周辺には、転送防止の結界が展開されていたのだ。

 これにより、緊急脱出アイテムの使用は不可能になっている。カイエル達が展開したものに間違いはないが、いつの間に展開されたのかは、フェアリーブーストのレベルでは看破することができなかった。

「さて、俺達の話も聞かれたことだし、彼らは即座に殺すとしようか」
「了解だ、カイエル。今度こそ俺の脚を引っ張るなよ」
「それは俺のセリフだ、アンバート。といっても、彼らは非常に弱そうだ。しくじりようがないがね」

 カイエルとアンバートはヘルグ達に向き直り、強烈な殺気を飛ばし始めた。ヘルグ、レンガート、ラムネ、悟の4人に一気に戦慄が走る。誰一人勝機を見い出せていない。最早、勝つことが不可能なほどの実力差を、相手からの殺気で痛感させられてしまった。そんな表情を4人は見せている。

「くっ……! なんて連中だ……!」
「悟、落ち着いて……焦っても仕方がないわ。くっ、やっぱり緊急脱出アイテムが作動しないわね……!」

 ラムネは恐れた表情の悟を元気づけながらも、緊急脱出アイテムの使用が可能かを確認していた。案の定、アイテムが作動することはない。以前のミノタウロスとの戦いと同じく、走って逃げる以外に、逃げ切る方法はないということになる。


「くくく、逃げられないさ。女以外は楽に死なせてやる。女は……うんうん、合格だ」

 カイエルはラムネの背格好をマジマジと見つめながらそんな言葉を発していた。誘拐するに値する程の美貌かどうかを確認したのだろう。彼の言葉はラムネクラスであれば、誘拐の対象になるということを意味していた。


「くそっ! お前らの思い通りにさせるかよ! レンガート、行くぞ!」
「おう!!」

 ヘルグは手に持った煙幕弾をカイエル達の周囲にまき散らした。その数は合計で10個だ。本当にただの煙幕の為、戦いを生業としている者には効果の低い代物ではある。だが、少しの間姿を相手から隠す意味では十分な能力を発揮していた。

「初歩的な煙幕だね。気配を消す物質や、毒が含まれている代物でもない。気配を察知すれば、すぐに看破される物だ」

 カイエルは即座に撒かれた煙幕の性質を見抜いた。そして、アンバートも含め、そこからどんな攻撃が来るかも予想を付けていた。相手が煙幕に乗じて逃げることも想定済みだ。もちろん逃がす気など毛頭ない二人は、相手が逃げることも阻止できる態勢を取っていた。

「さて、俺達が驚く一手を放って来てほしいところではあるが……あの連中の実力は、おそらくレベル換算で30以下。期待はできないか」

 カイエルは煙幕に包まれながらも、フェアリーブーストの攻撃に期待を寄せていた。相手の強さも看破している彼は、同時に大した攻撃が来ないことも想定している。あくまでも強攻撃は期待でしかない。


 そして、彼らの前にブーメランのような武器が飛んで来た。一瞬警戒するカイエルとアンバートだが、攻撃速度も遅いそれは襲るるに足らない攻撃だ。毒などが仕込まれていることもなく、手に持つ剣で用意に弾き返す。


「気配は近くから動いていない。いくらレベルが低い連中とは言え、そのままのところに立った状態でやり過ごせるとは思っていないだろう。……ん? 二人離れたか……逃がすとでも思っているのかな?」

 カイエルは気配が2つ離れたことを敏感に感じ取った。もちろん逃がすつもりなどない。すぐに行動を開始しようと臨戦態勢をとるカイエル……と、その時、予想よりも早いタイミングで煙幕は晴れて行った。少し予想外といった表情のカイエルとアンバート。


「おや……観念したのかな? ん?」
「観念するのは貴様らの方だ」
「ええ、ここからが戦いというものよ。本当に早く殺しておくべきだったと後悔させてあげるわ」

 カイエルとアンバートの前に現れた人物……彼らが察知していた二つの気配は、ネオトレジャーのナーベルとミーティアのものだったのだ。彼女たちが、フェアリーブーストと入れ替わる形でその場に立っていた。

「なるほど……4人から2人減ったのではなく、2人増えた直後に4人減っていたのか。カイエル、お前の不手際だな」
「アンバート、お前も同じ不手際を起こしているぞ。まあいい、あの連中は洞穴に向かったのだろうが……お前たち二人は、先ほどの連中よりもはるかに強いな。どちらも相当な美人だ、殺すには惜しいが、消してやろう」

 結果的に煙幕にしてやられたカイエルとアンバート。だが、焦っている様子は微塵も見せていない。それどころか、目の前に現れた強敵に喜んでいる節さえ感じ取れる。

 ナーベルとミーティアの二人が美人の女性である為に、誘拐に関しては惜しいと感じてはいるが、彼ら二人は殺すことを優先させた。

「ナーベル、油断しないようにね。相手はかなりの強敵よ」
「ああ、わかっている。アレクが瀕死なところを見ても容易に想像ができるが、油断はしない」

 ナーベルとミーティアの二人も臨戦態勢へと移行していた。
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