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112話 ラブピース その4

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 この日、賢者の森の近くは戦場と化すことになる。Bランク冒険者である「イリュージョニスト」は悟から聞いた情報を頼りに賢者の森へと辿り着いていた。ネオトレジャーの面々よりは劣るチームではあるが、腐ってもBランク。賢者の森の攻略も可能としているパーティである。

「あれがラブピースのアジトか? 2人ほどの出入りは確認できたが」
「……」

 アレクは岩陰に隠れた状態で森の近くに位置する洞窟を眺めていた。その後ろには無口の大男のエンデとコウテツも座している。

「さて、どうするか……。ラブピースの誘拐犯のアジトであれば、中には攫った女も居るだろう。それを見つければ、強力な証拠になるな」
「……ああ、それで終了だ」

 後ろに座するエンデはアレクに言った。無機質な言い回しではあるが、彼らの間ではそれが普通なのだ。アレクは特に気にしている素振りを見せていない。

「ラブピースは大組織の一部に過ぎない。俺達が苦戦する連中とはとても思えないが……まあ、用心するに越したこしたことはないか」

 アレクは再び洞窟付近を見ながら言葉を発する。自らの実力を信じている瞳だ。Bランク冒険者である自負は人一倍強いと言える。実際に彼らは賢者の森を踏破し、信義の花も手に入れた経験のある者達だった。

 それ以外にも、回廊遺跡の30階層以上を攻略できている自信。決して過信ではない正当な自信が彼の中には渦巻いていた。イリュージョニストがたかがた裏組織の下位の者達に後れを取るわけはない。そんな確信だ。


「とりあえずは正面突破と行くか……!!」
「アレク!」

 と、そんな時だった。突如現れた異変。アレク自身も異変には気付いたが、エンデも彼に叫びかけた。岩陰に隠れていた3人ではあるが、いつの間にか見つかっていたのか、2人の人物による襲撃を受けたのだ。

「ぐぬっ!」

 彼らを隠していた岩は爆発により木っ端みじんになった。イリュージョニストの3人は素早く後方へと退いた為に、その爆発によるダメージは受けていない。


「避けられた」
「お前のせいじゃん、アンバート」
「いや、俺のせいじゃない。お前のせいだ、カイエル」

 イリュージョニストを襲った二人は忍び装束と言えばいいのか、黒い服装に身を包んでいた。背後からの強襲や、闇夜の襲撃に向いている服装だ。アンバートとカイエル……二人とも男性であったが、双子なのか瓜二つの顔をしていた。


「俺達のアジトを見られた以上は殺すしかない」
「アンバートの言う通り。しかし、ブラッドインパルスの連中ではなくて良かった。あれが相手ではさすがに勝ち目がない」

 一見すると暗殺者風のアンバートとカイエルは、どこか特徴的な話し方でイリュージョニストの面子を注視していた。戦力分析を行っているのだ。それに気付いたアレクは怒気を強める。

「俺達はBランク冒険者の「イリュージョニスト」だ。随分と舐められたものだな? 誘拐事業を行っているチンピラ風情が……」

「Bランク冒険者……そこの賢者の森に入ることは可能な者。少しは楽しめそうだ」
「アンバートの言う通り。少しは楽しませてくれ」

 双子と思われる二人は腰を静かに落としつつ臨戦態勢と思われるポーズを取った。ヨガでもやっているのか、二人の態勢は明らかに常人では不可能なほど曲がっているが。異様さを感じたアレク、エンデ、コウテツの3人もすぐさま臨戦態勢に入る。

 Bランク冒険者のイリュージョニスト。彼らの実力は相当に高く、ネオトレジャーには及ばないものの、レベル換算は35程度となっている。現役時代のバーモンドと互角辺りと言えるだろう。当然、一部を除いて賢者の森のモンスターも打ち倒せる程であった。

「アンバート・シルクシュタイン 25歳。よろしく」
「カイエル・シルクシュタイン 25歳。俺達は双子だ」

 双子の敵はそれぞれ軽く挨拶を済ませると、ありえない体勢から攻撃を開始し始めた。賢者の森の入り口付近での攻防が幕を開けたのだ。


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「賢者の森の入り口まで、もうすぐだな」

 アレク達に遅れること十数分。フェアリーブーストの面々も賢者の森付近に到達していた。緊急離脱アイテムや煙幕など、十分な準備をして彼らはやって来た。

「アレク達に先を越されるのは、避けたいところだな」
「そうね。でも、誘拐された人たちが少しでも早く救出されるなら、それに越したことはないけど」

 ヘルグとラムネはそれぞれ思っていることを口にする。彼女の言葉に同意したようにヘルグも頷いており、誘拐された者達の安否は彼も気にしていることではあった。

「アレク達の実力はどの程度なんですか? Bランクでも上下幅はありますよね」

 悟の質問に、隣に立っているレンガートが答える。彼の肩を豪快に叩きながら。

「悟。あの野郎に苛立つ気持ちもわかるが、ゴイシュなんかとは一緒にするなよ? さすがにあんな阿呆みたいに腐った連中じゃないからな。ネオトレジャーと同じく、人助けだってする連中だぜ。実力的には……どんなもんだ、ヘルグ」

「そうだな……アレク達の強さは……Bランクでは中堅くらいか。おそらく、亡霊剣士には及ばないレベルだろう。Bランクの上位陣をネオトレジャーとするならば、彼女らよりは弱いだろう。もちろん、今の俺達ではとても勝てないが」
「レベルで言えば、40未満といったところかしら? 十分強いわね。素人の剣撃なんかじゃ傷1つ付かないでしょ」
「それ、マジですか?」

 悟は日本での常識と比較して驚きを見せていた。彼は、自らがレベル15程度である為に、防御能力の意味合いはまだよく分かっていないのだ。当然、地球での感覚で話すと非常におかしなことになる。地球では世界最強の人間でも拳銃の一撃を素で防ぐことはできないのだから。


「悟はその辺も疎いな。俺達が纏っている闘気や魔法障壁はレベル依存で強さが変わるぜ。レベル40ともなれば、機関銃の一撃でも耐えられるレベルだ。Sランク冒険者の連中なんざ、大砲だろうが余裕でガードするだろうけどな」

 レンガートの言葉に悟は改めてSランク冒険者の凄まじさを感じ取った。闘気が全身を覆っている以上、不意打ちで急所を狙おうとも、ほとんど傷を付けることはできないと言うことになる。

 地球の常識とはかけ離れている。地球では不意打ちが成功すれば世界チャンピオンだろうとひとたまりもないからだ。悟は現在の自分の強さが、虎やライオンと比較しても強いレベルにあることを忘れてそんな考えを巡らしていた。

 地球の虎などの陸上最強クラスの生物はレベル換算で言えば、せいぜい5~10の間と言える。悟のレベルは15……彼は最早、地球上のほとんどの生物を殺せる領域に達しているのだ。人間の世界チャンピオンなど相手にすらならない。アクアエルス世界の魔法文明の中ではそこまでの強さではないが、悟はその事実を把握出来ずにいた。周囲の人間が強すぎる為に、当然と言えば当然ではあるが。


「悔しいが、アレクの実力は本物だ。ラブピースの壊滅に重要な戦力と言えるな」
「ヘルグさんは、あの男と旧知なんですね」
「まあな。才能では完全に負けていた。同じ街出身だが……あいつの強さは俺が一番よく知ってる」

 ヘルグは遠い目をしながら、丘の向こうの景色を眺めていた。アレク達が先に賢者の森へ向かったことを知っている為に、その光景を思い浮かべているのだ。

「いずれは追い越したいとは考えているが、現在ではまだまだ無理だ。今回のアジトの調査もあいつらが向かったのは良かったのかもな。俺達のレベルでは賢者の森の踏破もできないからな」

 ヘルグの瞳は何処か憂いを帯びていた。アレクは彼の良きライバルにして目標でもあるのだ。そして嫉妬の対象でもある。そんな矛盾を兼ね備えた瞳。悟を始め、ラムネとレンガートもそれには気づいていた。


 だが、ヘルグを尊重し、そのことに関して深く突っ込むことはしない。悟も日本でのリア充としての経験が活きており、この場面で突っ込むことは失礼に当たると理解していた。経験の浅い春人の場合は突っ込んでいたかもしれない状況だ。


「賢者の森は信義の花の収穫に重要な場所だけど、最大で30強の魔物が現れる。私達では踏破は難しいわね」

 ラムネはヘルグの言葉に同調するように付け加えた。賢者の森は春人とアメリアも向かった場所ではあるが、レベル的にはBランク以上でなければ踏破は厳しい地点でもある。ミルドレアが、内部の遺跡にて隠し扉を開放した為に、レベル100前後のモンスターも出現する可能性があるのだ。

 そんな危険地帯の付近に彼らは近づいている。アイテム類は万全である為に、逃げるだけならば可能性は高いが、それでも緊張感を拭い去ることはできなかった。

 レベル30に満たない玄武コウモリに以前苦戦をした経験がある為に、30以上のモンスターが出てくれば勝ち目はほとんどないのだ。そして、彼らは賢者の森が見渡せる地点まで辿り着いた。そこには……見覚えのある者達の姿があった。

「あれって……」

 真っ先に言葉を出したのは悟だ。目の前の光景に驚きを隠せない表情をしていた。ヘルグ達、他の面子もその光景を見ていたが、最早、言葉すら出ない状況であったのだ。

「ああ、お仲間かな? ほら、命乞いをするんだ」
「が、がは……! ヘルグ……!」

 ある意味で、ヘルグが最も驚いていただろう。そこには、二人の暗殺者風の男に首元を抑えられているアレクの姿があった。
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