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102話 闇の軍勢 その4

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 マシュマト王国の北に位置するオードリーの村。人口は1万人程度になる比較的大きいな村にて、1億5千万ゴールドの史上最高額の依頼は幕を下ろした。

 日本円で18億円にも相当する金額だ。ミュージシャンなど、圧倒的な才能を発揮している者の年収にも匹敵すると言えるだろう。さらに、その戦いで得られる結晶石などの副収入を考慮すれば、報酬はさらに多くなる。

 もちろん、この依頼はある意味で国家の存亡がかかっている戦いだ。1億5千万ゴールドを国家が用意するに十分値するものである。


 春人やアメリア達は、ナラクノハナのメンバーの存在を忘れているかのように、問答無用でオードリーの村を蹂躙していった。その速度は闇の軍勢が対処できるレベルを完全に超えている。

「強すぎるね。正直、私が撃つ出番はなさそうだけど……」

 完全に出遅れたナラクノハナのメンバー。ディランとリグドの二人は、急遽村へと向かう形を取った。ニルヴァーナだけはその場で待機している。2キロ離れてはいるが、彼女にとってみれば、この距離でも村の内部の敵を攻撃可能なのだ。

 高宮春人の動きだけでも恐ろしいものが、ニルヴァーナには伝わってきた。彼のレベルが正直わからない程だ。さらに、彼を取り巻く周囲。アメリアやレナ、ルナといった女性陣も相当な実力を持つことはスコープ越しでも伝わってくる。

 最早、200体程度の黒騎士では相手にならないのは明白だ。彼らであれば、容易に村を奪還できるだろう。国境を突破して、数時間足らずでオードリーの村を占拠した闇の軍勢。その速度は恐ろしいものだが、すぐに奪還されることになるのだ。ニルヴァーナとしてもそんな確信が頭をよぎっていた。

 だが、相手も北の国家を滅ぼした軍勢……全てが予想通りに進むことはなかった。

「春人」
「ああ、わかってる」

 村の奪還を目指し、次々と黒騎士の数を減らしていった春人は、一旦歩みを止めた。歩みを止める必要のある者が現れたとも取れる状況であったのだ。ソード&メイジの二人の前に現れたのは闇の軍勢の頭目と思われる人物の一人。黒騎士とは真逆の白い荘厳な甲冑に身を包んだ者だった。

 名をレヴィンと呼び、聖騎士と呼ぶに相応しい外見をしていた。

「困るな。せっかく作った、俺の部下たちを倒されては」
「あんたが造ったんだ? これだけの数の黒騎士を創り出すなんて、大した奴ね」


 レヴィンは顔は鉄仮面で隠していたが、漏れる吐息から笑顔になっていることが伺えた。アメリアも彼から流れる雰囲気に黒騎士を創り出したという言葉に信憑性を感じていた。

「目的はなんだ? 聞いても意味がないかもしれないが」

 春人は聖騎士に問いかける。元より、確実な答えが返ってくるとは思っていない。春人は言葉こそ冷静ではあったが、村中に散乱してい人間の死体を見て、怒りに震えていたのだ。

 今の彼にとって、目の前の聖騎士を殺すことに何の躊躇いも沸かない。凶悪な犯罪者を見ているのと変わらないと春人は感じていた。

 聖騎士のレヴィンはしばらく沈黙を貫いた。それから鉄仮面を外して見せる。

「虐げられた俺の、世界に対する復讐……と言えば、貴様は納得するのか?」

 鉄仮面から現れた顔は、春人が思っていたものよりも、まともな外見であった。外見上は人間としか見ることができない。黒髪は肩を越えて伸びており、前の所で分けられていた。瞳も黒く澄んでおり、筋肉質な頬骨をしている。どちらかと言えば、二枚目に該当するであろう出で立ちだ。

 レヴィンの外見を見た春人とアメリアは予想よりもまともであった為に、多少の驚きの表情をしていた。

「復讐をわざわざ言うってことは、それが理由でもないわけ?」
「そうだな。理由など特にない。俺は自らの力を誇示したいだけだ。その為に、この軍勢を作り上げた」
「理由がない……?」

 春人の表情は強張っていた。昔のことを想いだした為だ。ここへ来る前の理不尽な連中は、自分を虐めていた。そこには、特に理由などなかったはずだ。

 春人自身が弱い立場と理解したから、単純に弱弱しいから、気に入らないから、周囲が虐めているから……目の前の男が言った言葉はそれらと何ら変わらない。だからこそ、春人の表情は怒りに満ちていた。

「この世界で行われた幾つもの侵略戦争に、そんな高尚な大義などあったのか? ないだろう……特別に強い者たちの弱者への虐げ。侵略戦争にあるのはそれだけだ」


 レヴィンは春人を見据えて言ってのける。まだ、二人は出会ってから数分しか経過はしていないが、相手の心の中を読み取れた不思議な感覚に包まれていた。

「お前、名前はなんと言うんだ?」
「レヴィンだ。レヴィン・コールテス。これでも一応は人間に該当している。貴様は? あまり人間という雰囲気でもないが」

 人間ではない……。その言葉に春人は過剰な反応をして見せた。自分は人間だと言いたいのだ。だが、目の前の人物は決して人間ではない。人間であって良いわけがない。これほど容易に同じ種族の人間を殺しているのだから。

「俺は、高宮春人だ。お前に言われるまでもなく、人間だ」
「そうかそうか。だが、恐ろしい波動が伝わってくるぞ? この異常な波動は……」

 レヴィンは春人の発している闘気を冷静に読み取った。しかし、驚いている気配はない。

「行けるか? ランファーリ」
「いいでしょう」
「!!」

 突如、現れた美しい女性の声。春人はどこから聞こえたのか、一瞬での判断は出来なかった。

「春人! 右よ!」
「くっ!」

 瞬間的に聞こえたアメリアの言葉。春人は瞬時に自らの右方向に目線を合わせる。先ほどまでは確かに居なかったはずだ。その場所には、大きなフードで頭を隠し、木目調の仮面で顔そのものを覆った人物の姿があった。

 その人物は既に攻撃態勢に入っている。露出のほとんどない格好をしているが、唯一出ている手のひらから、鉄製の槍を生み出していた。まるで体内から突き出るようにその槍は飛び出し、春人の顔面目掛けて迫って行った。

「くそっ!」


 想像以上の速度に春人は一瞬、戸惑いながらもユニバースソードで迫って来る槍を弾いた。自らの防御を貫通してくるというイメージがあった為の行動と言える。

「……!」

 春人は急死に一生を得たような表情をしていた。確実に自分を殺すことを目的とした一撃だ。さらに、自らの防御能力を貫通しうる程の攻撃力……攻撃を受けていたとして、死ぬとまでは行かなくとも、かなりの傷を負っていた可能性は否定できなかった。

 ユニバースソードで、槍の進路を変えることには成功したが、仮面の人物の武器は、黒騎士のように破壊されてはいなかった。

「……完全に仕留められるかと思いましたが。大したものですね」

 仮面がある為に、表情を見ることはできないが、抑揚のない言葉遣いは驚いているとは感じられなかった。突如、現れた人物にアメリアやその後方のレナ達も距離を置いている。

「私の名前はランファーリ。以後、お見知りおきを」

 高音で話す人物は仮面を付けた状態で自己紹介をした。顔こそ見ていないが、声と背格好などから女性であると春人たちも推測していた。

 露出をほとんどしていない外見ではあるが、すらりと伸びた脚や、フード越しからでも分かる上半身の胸の大きさなど、明らかに魅力的なスタイルを有していることが伺える。

「春人、あれは不味いわよ……」
「ああ、俺もそう思う。あの二人が闇の軍勢の頭目か……」

 春人とアメリアはここに来て、久しぶりに脅威の対象に出会ったことを実感していた。時間的に言えば、2か月以上ぶりということになる。

 春人とアメリア、そしてレヴィンとランファーリ。互いに互いを見据えた状態はしばらくの間、続くこととなった。
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