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90話 2か月後のアーカーシャ その2

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「大浴場の拡張工事も順調に完了して良かったな」
「そうですね」

 場所は変わってアーカーシャ共和国の寄宿舎にて。金髪にサングラスをかけた、明らかに裏組織の人間という風貌のヘルグと転生者である大河内 悟(オオコウチ サトル)が話をしていた。

 以前の事件以来、寄宿舎の規律も大幅に改善することになった。さらに、寄宿舎内部の拡張工事なども行われたのだ。

 二人はCランク冒険者である「フェアリーブースト」のメンバーであり、ヘルグはリーダーを務めている。最近Cランクへと昇格したのだ。

「しかし、2か月ちょい前の鉄巨人騒動も大変だったが……あれからも、色々苦労したな」
「はい……」

 悟はこの2か月を振り返り、疲れたような表情へと変わった。彼らは、この2か月余りで着実に力をつけており、レベル25程度までのモンスターを討伐可能となっていた。

 しかし、悟自身はレベルは15程度と他のメンバーに比べて弱く、Dランクになっている。そういった意味では、以前の寄宿舎を牛耳っていた「ハインツベルン」には少し劣ると言える。


「寄宿舎でのトラブルは少なかったが、ランクが上がったことで他の連中との付き合いも増えたしな」
「そうですね……俺が言えたことでもないですけど、CランクやBランクにもクズみたいな奴は居るんですね」

 日本では春人を虐めていた自分が言えることではないと思いつつも、悟は2か月の間に出会った新たな冒険者のことを考えていた。

「ゴイシュみたいな奴は稀だけどな。だが、あそこまで性根の腐った奴は居なくても、Cランク以上は実力的に資金面が潤ってくる。強さに対してプライドを持った連中も多いさ。なかなか、仲良し同士ってのは行かない場面もあるな」
「ああ、気持ちは分かりますけどね……」

 ヘルグのどこか諦めたような言葉。Cランク以上の領域は別の意味で立ち位置や稼ぎ、プライドの応酬と言える。命を賭している職業だけに、相手を見下し、自分こそが最強と考える連中も多いのだ。

「フェアリーブースト」は冒険者として中堅の領域に上がって来た為、新たなる世界が見え始めたわけである。

「ネオトレジャーの連中は特に俺たちを注視していたな。色々と因縁をつけられるかもしれないから気をつけろよ?」
「う……わ、わかりました」

 ヘルグの忠告に悟は頭を抱えた。Bランク冒険者である「ネオトレジャー」は寄宿舎近くの土地を買い上げて、そこにチームごと住んでいる。結成から2か月程度であり、その短い期間でBランクに昇格した凄腕でもある。フェアリーブーストは半年近く結成から経過しているので、既に抜かれた形になる。

 土地購入の資金は100万ゴールド程度はかかったが、建物自体は自らで作り上げた為、相当に安上がりだったようだ。

「Bランクってどのくらい稼ぐんですかね?」
「そうだな。まあ、チームにも寄るが1万ゴールドくらいは1日で稼げるだろ」
「1万ゴールド……」

 悟は思わず息を呑んだ。1万ゴールドと言えば、自らが入っている寄宿舎の1室の賃料と同じだからだ。1か月分の部屋代を1日で稼ぐことができる……4人ほどいたとしても4日で賃料は気にしなくていいというわけだ。

「俺達は6000ゴールド~って感じだから1.5倍以上は稼ぐだろうな」

 1.5倍の収入差はかなり大きいと言える。それだけ侵入できる遺跡や倒せるモンスターのレベルに差があることを意味するのだから。それはつまり、結晶石以外の希少な宝を入手できる確率にも影響している。

「ちなみにAランクは2万ゴールド、Sランクに至っては1日でその10倍以上稼ぐこともできるらしいぞ」

 悟はヘルグの補足説明に足から崩れそうになる。上位に行くほど、稼ぎのレベルが段違いになっていた。日本でも芸能人の上位と下位では恐ろしいほどの格差はあるものだが、この世界の冒険者という職業も例外ではないようだ。

「確か1日の結晶石のみの記録が、ソード&メイジの150万ゴールドだろ? オルランド遺跡を攻略しないと届かないだろうが……恐ろしいな」
「150万ゴールド……もはや、凄すぎて良くわからないですね」
「前にも言ったと思うが、Sランク冒険者は化け物だからな。努力でどうにかなるもんじゃないさ」

 まさに至高の才能を持つ者だけに許された称号。悟はそのように考えていた。

「ソード&メイジはもちろんだが、ビーストテイマーの二人もそれくらい稼ぐことはできると思うぞ。ほら、アーカーシャ周辺の防御が構築されたのは知ってるだろ?」
「ええ、あの鳥のモンスターたちによる警護ですよね?」
「そうだ。彼女たちは巨大な怪鳥であるモルドレッドを10体も召喚したからな」
「モルドレッドのレベルは75でしたっけ」

 ヘルグは悟の出した数値に頷いた。体長は数メートルにもなる美しい怪鳥「モルドレッド」ビーストテイマーのレナとルナによって召喚されており、アーカーシャ共和国の周囲の警護を24時間行っている。

 また、彼女らは農作物の収穫などを考慮して、レベル30のホブゴブリンも50体ほど召喚していた。これらのモンスターは絶対服従であるが、Sランク冒険者のブラッドインパルスが主に意思疎通を図っている。

「そんなレベルのモンスターを召喚できる時点で、彼女たちもおかしいな。ジラークさんも先の2組には追い越されたと言ってるからな」

 ブラッドインパルスのレベルの高さは悟も聞いている。アシッドタワーの制覇の功績でジラーク自身にも名誉勲章が授与されたのだ。そんなジラーク以上の実力があるソード&メイジとビーストテイマー。

現在はアーカーシャから離れて、非常に報奨金が高い仕事を連続でこなしている最中ということは、悟の耳にも入って来ていた。

 悟は以前の彼ではなくなっている。ゴイシュとの一件などを通して、春人のことを尊敬する人物と見るようになっていた。しかし、春人の活躍を聞くたびに、自らのレベルの低さを思い知り、落ち込むことはあったのだ。

 強くなりたい……悟の中にはそんな感情も芽生えていた。

「俺達も負けてられないですね」
「お、前向きでいいじゃねぇか。なら、回廊遺跡探索でも行くか?」
「オルランド遺跡は無理なんですかね? あっちの方が大分近いでしょ?」
「おいおい悟。前向きなのはいいけど、死にたいのか? あの遺跡はAランク未満は立ち入り禁止だぞ? 入口付近からレベル30程度のモンスターが出る可能性あるしな。運が悪いとレベル41の亡霊剣士やレベル44のバジリスクが出てきて終わりだな」

 悟はそこまでの難易度とは知らなかった為に、口をつぐんだ。春人がよく口にしていた遺跡のために入り口付近であれば行けるのではないかと考えていたのだ。

 実際、オルランド遺跡は6階層までのモンスターレベルは10~50までとかなり幅広い。6階層に近づく程、強力なモンスターが出る可能性は上がって行くが、いきなりレベル50のモンスターに会う可能性もあるのだ。

 そのため、Aランク以上の冒険者でないと、入ることを禁止されている。7階層はレベル80程度、8階層に至っては100~200レベルまでのモンスターが出る為、その辺りはAランク冒険者では踏破することはできないが。

「俺達の当面の目標は回廊遺跡の攻略だな。と言ってもまだまだ先は長いみたいだが」


 アーカーシャの北に位置する迷宮、回廊遺跡。最下層は96階であり、現在は54階まで踏破が完了していた。10年以上踏破されていないので、まだまだ先の長いダンジョンとなっている。

 彼らは知らないが、この最下層にはレベル900にもなる、フィアゼスの親衛隊の一角であるタナトスが眠っていた。

 巨大な鎌を操る死神のような外見のモンスターであり、フィアゼスの時代には召喚魔法で鉄巨人の召喚を可能にしていた最重要戦力の1体である。

 直接戦闘タイプではないが、それでも春人を超える程のレベルを持っており、複数の鉄巨人の召喚は大陸統一に於いて、アテナとヘカーテの戦闘力と並ぶほどの重要度を意味していた。現在はレナとルナのダブル召喚時の契約モンスターとなっている。

「ラムネさんとレンガートさんと合流して行ってみましょうか」
「そうだな。そういやお前、ラムネと付き合ってるとかいう噂は収束したのか?」
「あれですね……まあ、なんとか」

 ラムネと付き合っている……そんな噂が流れたことがある。ラムネ自身はそこまで嫌という雰囲気でもなかったが、悟としては申し訳なさが出ており、周囲に対して誤解を解くのは思いの外苦労したのだった。

「まあ、俺もお前らが付き合うとは考え辛かったからな。ラムネは春人だし、お前はアメリアだったか? それともエミルだったか?」
「ラムネさんは春人ですね。俺がアメリアとかエミルというのも間違っていませんけど……絶対に実らないじゃないですか」

 実るわけがない。悟は自分の中でそう言い聞かせていた。ラムネと春人も実らない可能性が非常に高いが、悟の方はさらに低いと言えるだろう。

 転生前の日本でなら、それなりの自信もあった彼ではあるが、現在は彼女を作ることで必死の状態だ。美少女でないとダメだとかを考えている余裕はない。

「あ~くそ。それでもお前は彼女いたこともあるんだろ? 俺やレンガートは彼女が居たことがねぇからな……童貞ってわけじゃねぇが」
「意外ですね」

 ヘルグもレンガートも見た目はそれなりの経験を積んだ男性といった印象だ。まだ20代前半と若いが確かな雰囲気を持ち合わせていた。見た目はもっと歳上の印象さえある。それだけに、彼女が出来たことがないというのは意外な悟であった。

「意外……か。そう言ってくれるのは嬉しいが、俺もレンガートもトネ共和国のスラム出身だからな。親の顔も覚えてない。そういう意味では、彼女作る余裕はなかったかね~」
「案外、キツイ家庭環境だったんですね……」
「冒険者の中にはそういう環境の奴も多いかもな。一攫千金を目指す奴も多いが、仕方なく始めた奴も多いぜ」

 冒険者の闇と言えるのか。周辺国家のスラムなどの出身者や孤児院出の者は身寄りがなく、稼ぐためには身体を売ったり、冒険者になったり、犯罪に手を染めたりする者も多い。孤児院とは名ばかりの人身売買の組織もあるほどだ。

「詮索したことはないが、アメリアも親はいないはずだしな。彼女も若いころに冒険者にならざるを得なかったわけだ」
「そうですか……大変なんですね、彼女も」

 少しアメリアの見方を変えた悟であった。アメリアはある意味では、自分を寄宿舎に追い込んだ張本人とも言えるが、現実を知らせてくれたという意味では感謝すらしている。悟は現在の生活が嫌いではなかった。

 アメリアは親を失くしている。この事実も悟にとってはシンパシーを感じていた。悟や春人、美由紀も向こうには戻れない時点で、親を失くしたヘルグ達と変わらない境遇と言えるからだ。

「おっす、ヘルグに悟! こんな所に居やがったか」
「探したわよ」

 悟とヘルグが話していた談話室に飛び込むように入って来る二人組。同じメンバーのレンガートとラムネであった。

「あれ? レンガートさんにラムネさん? どこ行ってたんですか?」
「例の件で呼び出しがあってな」

 レンガートの例の件という単語に、悟を含めて皆の顔は真剣なものへと変化した。

「ギルドの招集ですか」
「そうね。私たちも専属員をやらないかってオファーが来たわ」

 ギルド専属員は以前までは街に近づいているモンスターの討伐を主な職務としていた。1週間交代制であり、C~Aランクの者たちが選ばれている。しかし現在は、モルドレッドの周囲警戒もある為、モンスターへの警戒は薄れている。どちらかというと、表向きは国になったアーカーシャの内政に関する仕事の方が多くなっている。

 ただし、自給自足ができるとはいえ、人口は8万人程度なので、国というよりは自治都市としての性格は強いが。

「専属員……高レベルのモンスターと戦う可能性あるんですよね?」
「そちらは当分は問題ないぜ。俺達の仕事は召喚獣の領域になったからな」

 悟の質問に答えたのはレンガートだ。少し不満そうな表情は気のせいではない。

「レンガート。私たちの強さでは、まだまだ勝てないモンスターも多いわ。死んでは意味はないし、今はモルドレッドが周囲を警戒してるから、以前よりも安全なのよ?」

 レンガートは納得の行かない表情は変わらなかったが、ラムネの言葉の意味は理解していた。

 周辺のモンスターと渡り合えるのはBランク以上が定石とされており、Cランク冒険者はまだまだその域には到達していないのだ。

「そういうわけでだな、俺達の仕事は専属員としてアーカーシャ内部の調査が仕事だ」
「アーカーシャ内部……?」

 悟はレンガートの言葉に疑問を覚えた。

「ここからは真面目な話になるけどな、どうもアーカーシャに新たに訪れた団体……表向きは孤児院と仕事がない人々への労働の提供事業を行っているらしいが……」
「その団体が怪しいと?」
「そういうことね、私たちもその調査依頼が来ているわ」

 レンガートの話にラムネも補足するように話した。

「団体名はラブピース。既に中央の時計塔の東にある土地に拠点を建設しているぞ。子供を育てられない親や、仕事がない者、冒険者崩れの者が登録しているらしい」

 孤児院の役割と仕事の斡旋……それだけを聞くと非常に有意義な団体だ。特に、野党なども多いアーカーシャには必要な団体と言えるだろう。

「それだけ聞くと良い団体に見えますけど……現実は厳しいと」
「まあな。実際は奴隷労働、若しくは人身売買を行っている可能性がある。怪しまれないように、仕事の斡旋などを確実に行いつつだ。一部でそういったことを行っている可能性が高いらしいぜ」
「おそらく裏の稼業での収入は莫大なはずよ。だからこそ、表の事業もしっかりとこなせる」

 レンガートもラムネも真剣な表情は崩さない。

「こういった事業には相当な金が必要になる。だが、ラブピースは収入源がはっきりしない団体で、小規模な団体だったんだよ。それでも仕事斡旋や孤児院の仕事を単独で行えるってのは……何か裏があるはずだ」
「根拠ってそれだけですか?」

 悟はレンガートに突っ込んだ。さすがに根拠としては薄弱だ。しかし、ラムネは首を横に振った。

「もちろんそれだけじゃないわ。ラブピースにはアルゼル・ミューラーが所属していた時期もあるから、余計にね。他にもギルドでの調査で裏の顔があることはほぼ確定みたいよ」

 アルゼル・ミューラー……己の欲望の為に、美しい女性を何人か攫う計画をしていた元Aランク冒険者だ。その計画は失敗に終わったが、悟としても気分のいい話ではない。

「つまり、専属員としてラブピースの調査が主な依頼か」

 リーダーのヘルグはレンガートとラムネに確認する。彼らもヘルグに頷いた。専属員としての話が来るということはそれだけ認められているということにもなる。

 上を目指す際に、必ず役に立つ。悟の中でもそんな考えがこだました。ラブピースは得体の知れない団体ではあるが、調査を確実に行えば自らの評価も上がるはずだ。彼はそのようにも考えている。そして、それは間違っていない。

「専属員の依頼は受ける方向でいいかしら?」
「そうだな」
「俺も構いません」

 ヘルグと悟は快く同意する。ヘルグ自身も悟と同じ心境なのだ。上を目指す為には専属員の経験も必要なものだ。センチネルの二人も専属員として頑張っていたのだから。

 意見が一致した4人はその日の内に専属員への登録を済ませ、回廊遺跡をへと旅立って行った。修行の意味合いも込めて。
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