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36話 悟のパーティ その3

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「ここなら、大丈夫だろう」
「ここは……」

 悟も予想はしていたことだが、4人が入った場所は酒場「海鳴り」。バーモンドが店主を務める酒場だ。寄宿舎の冒険者間でも人気は高く、通っている者は多いらしい。

「私たちの所の男共はエミルちゃん目当てだろうけどね」
「あの子か、可愛いよな、本当に」

 ラムネの言葉に反応するようにレンガートは大きな身体をエミルの方向へと向けた。悟もそちらに目をやると、先日、春人の話で不快な思いをさせてしまったエミルの姿があった。
彼女はこちらには気づかず精力的に働いている。そんな姿を見ていると、少し微妙な感情が出てしまっていた。



「確かに、彼女は可愛いな。既に高宮春人と付き合っているらしいが」
「ヘルグまで……確か、あれって不埒な冒険者からエミルちゃんを守る偽装だって聞いたことあるけど?」

 その話はアメリアが同じようなことを言っていた。悟は数日前の酒場での会話を思い返していた。

「偽装だってんなら、俺がアタックしてもいいのか?」
「やめとけレンガート。2階には春人とアメリアの二人が泊まっている。誰も手出しなど出来んよ」
「マジか……高宮春人……羨ましいぜ」

 レンガートは冗談交じりに舌打ちをしながら、エミルの仕事振りを観察していた。ヘルグも自然とそちらに視線が向いている。

「高宮春人をラムネが手に入れるという手段はあるな」
「そう言えば、憧れてるとか言ってたよな?」
「え、本当に?」

 ヘルグとレンガートの思わぬ発言に、悟は素で聞き返してしまった。言われたラムネ本人は三つ編みの髪の毛を弄っている。

「憧れてるだけよっ、顔が好みとかそういうのも、ないわけじゃないけど……」

 ラムネ自身は決して認めているわけではないだろうが、周りからすれば気があることは明白の態度であった。

「……なんてこった、はははっ」

 悟は乾いた笑い声をあげた。とくにラムネに気があるわけではないが、この数日だけで春人の話題と人気ぶりを相当に堪能していたからだ……さらに、本日は失態の連続で精神的にまいっている。さすがに反論する気にはなれなかった。

「おい、当の本人が出て来たぞ」
「え? 何処?」

 さきほどまで、認めていなかったラムネだが、ヘルグの言葉に反応してその方向を探した。悟も転生してから初めてとなる。
 黒い髪を短く切っており、腰にはスマートだが荘厳な黒い鞘に納められた長剣を携えている。服装も下は黒のズボンに、白のシャツというシンプルなものだったが、纏っている闘気は只者ではないことを連想させた。それは、素人の悟にもわかるほどであった。

「………さすがに、雰囲気が違い過ぎるな」
「ああ、歩いているだけであれか。Sランク冒険者は本当に化け物だぜ」

 ヘルグとレンガート、悟よりもはるかに強い二人が、春人の姿を見ただけで声を震わせている。彼の佇まいに絶句しているようだ。それは、ラムネも同じだった。

「どうだよ、ラムネ。狙ってみないのか? お前さんの美貌ならあるいはって感じだぜ? 確か春人って17歳だろ」
「無理よ……。私なんかじゃ隣は歩けないわ、見なさいよ」

 ラムネは指差しをする。その先、春人が立ち止まったところにはアメリアの姿があった。露出はほとんどしていない彼女ではあるが、ラムネ以上の美貌とスタイル、さらに放つオーラはラムネのそれとは比較にすらならなかったのだ。

「彼女がパートナーじゃなきゃあるいはって感じだけれど……いいえ、それでも無理ね。エミルちゃんにレナ、ルナといった面子もいるんだし」
「レナ、ルナってあのSランク冒険者の召喚士姉妹か。この前のグリフォン襲撃ではレベル155のブルードラゴンと145のアサルトバスターを召喚したとか聞いたが」

 悟がこの世界に来る2~3週間前に起こった事件のことだ。あの時、寄宿舎の冒険者は出る幕はなかったが、レナが召喚でドラゴンを生み出したことは有名な話となっていた。
また、ゴイシュ達「ハインツベルン」は釈放こそされたが、内通者の仲間ではないのかという噂も蔓延していた。

「レベル155……!?」

 悟は頭がおかしくなりそうだった。自分の相手にしたモンスターのレベルは4だ……レベル155のモンスターを「召喚」してしまう女性。真実だとしたらこの差はどれだけのものなのか。

「Sランク冒険者は人間を辞めてる連中と考えな。俺たちには関係のない世界だ」

 レンガートは考えるだけ無駄という趣旨の発言を悟に語る。彼もすぐに理解して、考えをそこで中断した。

「でもさ、悟って春人……くんと知り合いなのよね?」

 しおらしい雰囲気のラムネからの言葉。悟は彼女にすぐに向き直った。

「それは、まあ……同じ学校でしたし」

 彼は内心では苛立ちが募っていたが、もはや春人を中傷したところで意味がないことは理解できていた。

「なら、今度紹介してくれると嬉しいんだけど」

 ラムネは恋する乙女の表情になっていた。17歳にしてはある程度経験している悟。すぐに彼女の心情を読むことができた。
だが、今はこの読める能力が煩わしく感じていた。前々から春人という存在に憧れは持っていたが、間近に彼を見て、そして同郷が同じチームに居るからこその依頼というわけだ。

「わかりました。今度でよければ」
「それでいいわ。これで、今夜の嫌なことは忘れられるわね」

 ラムネは今夜、ゴイシュに抱かれることを心底嫌悪している様子だ。少しでも紛らわせたいということだろう。悟としては内心穏やかではないが、自分を助けてくれたラムネの頼みを断るわけにもいかなかった。

「さて、じゃあ本題だけどな」

の表情へと切り替わる。あまりの速度に悟は一瞬たじろいだ。目つきが先ほどまでとは明らかに違うからだ。

「悟」
「は、はい」

 思わず緊張した声を上げてしまう悟。茶化した態度は許されない空気のようだ。同じ酒場と言う空間だが、「フェアリーブースト」の周辺の空気だけは違っていた。

「寄宿舎は現在はCランク冒険者の「ハインツベルン」の寄宿舎と言っても過言じゃない。俺たちの寄宿舎は家族みたいな関係だが、上の者は絶対だ。わかるな?」
「……はい」

 ヘルグからの言葉。さきほどのやり取りだけでもそれは嫌と言う程、理解ができた。ゴイシュは簡単に他チームのラムネを自室に誘い、悟の腕をへし折りかけたのだから。

「現在、数百人があの寄宿舎には居るが、そのトップがゴイシュさん率いるパーティの3人だな。風呂についても、新入りはゴイシュさんらの背中を流すのが習わしだ」

 レンガートが悟を見据えて話し出した。彼としてはあんなことをされた相手の背中を流すなど死んでもやりたくはない。だが、そのことに関して誰も助けてくれる様子はなかった。どうしようもないと言うことだろう。

「……俺たちはCランク冒険者を目指してるんですよね?」
「ええ、そうよ。もしもCランク、Bランクに行ければ資金面ではるかに潤う。あそこを出てもいいし、トップの権力者として君臨することも可能ね」

 悟は袋小路から差す光を目の当たりにした感覚を覚えた。彼らは皆、トップを引きずり下ろすことを考えていたのだ。悟としても明確な目標と言える。

「ま、そううまく行くといいがな。今まで、他の連中だって同じようにレベルアップを考えたが、1年経っても2年経っても達成できなかった奴も多い。寄宿舎の連中は多くは気の良い奴らだが、偶に底辺で威張り散らす奴もいるんだよ」

 それがハインツベルンのメンバーということになる。実力主義世界ならではの現象と言えるのだろう。

「というわけで、お前には強くなってもらわないとな。これから言うことをよく聞いておけよ」
「わかりました……」

 ヘルグ達4人の会話はその後もしばらく続いた。悟の今後の強化方針が話されたのだ。

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