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29話 転生者 大河内 悟 その1

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 男は崖の下に立っていた……時刻は既に夜になっており星が見える……ここはどこだ? 茶色い髪を少し長めに伸ばした少年は辺りを見渡した。

「あれ……? 東京に居たよな? ここは?」

 少年の名前は大河内 悟(オオコウチ サトル) 17歳。日本の東京に住んでいる男子高校生である。特に不良という印象は受けない彼ではあるが、それなりに遊びを楽しんでいる雰囲気は、外見にもそれなりに出ていた。

 しかし、この状況は彼にとっても予想外過ぎる……明らかに、自分が居た場所とは違う。外国の荒野のような場所。

「どうなってんだよ……あれは、街か?」

 彼の見た先には比較的大きな規模の街があった。だが、街並みは日本のそれとは明らかに違う……ヨーロッパなどで見かけるような街並み。

「行ってみるしかないのか? 俺のバッグとかもなくなってるし……」

 記憶の最後は繁華街をバッグを持って歩いていた。日曜日だったので、買い物をしていたのだ。その後の記憶は消えている。気づいたらこの場所に来ていた。転生……彼としても少し頭をよぎったことだが、とても信じられない。

 クラスの人間でもそういう話が好きな者はいたが、自分はどちらかと言うとそういう連中を見下す側だった為だ。校内でも一番目立つグループに所属はしていた。もちろん今時の不良といったグループではないが、お洒落な集団で文化祭などでもライブとかをして盛り上がる集団だ。

 悟はとても信じられなかったが、自然と頭には異世界への転生という言葉が生まれて来た。そういえば、何か月か前に同じクラスの孤立してた奴が車の衝突事故で死亡したが……いや、まさか……彼はそこで考えをやめた。


「よ、よし……行くか」

 そして彼は街へ向かう決心をした。とりあえず悩んでいても仕方がない。荒野のような場所に立つ街並み……人がそれなりに住んでいることは間違いないだろう。言葉が通じるとは思えないが、英語なら少しは話せる。念のため、彼は近くにあった手ごろな角材を持って街の方へと歩き出した。

 日本で見ると確実にヤンキーの類だ。誰も角材を持つ人間に近づきたいとは思わない。見知らぬ場所である為、妙な連中に絡まれた時の護身用として持ったのだ。
 そして、街の入り口が近づいて来た頃、初めて住人と思しき人物に出会った。自分と同じ歳くらいの少女だろうか? 悟はそのように思った。

 
 ホワイトスタッフを片手に持ち、肩にかかるくらいの金髪の髪を有している美しい女性、アメリア・ランドルフがそこには居たのだ。

「ん? あんた向こうから来たの?」

 彼女はモンスターを討伐していたのか、ホワイトスタッフを肩にかけながら、結晶石を持っている。悟は彼女の顔立ちに思わず見惚れていた。

「あ、ああ。そうだけど」

 言葉が通じることに疑問を抱きつつも、悟はいきなり話しかけてきた少女に言葉を返した。

「あんた……あんまり見かけない格好だけど。アーカーシャの住人?」
「アーカーシャ? ああ、あの街のことか。いや、違うな。俺もなぜこんなところにいるのかわからない……」

 悟はアメリアの背後にそびえる街を見ながらそう言った。目の前の街がアーカーシャという街であろうと予見しての発言だったが、的を射ていたのだ。

「ふ~ん、私はアメリア・ランドルフって言うんだけど。あんた、名前は?」
「あ……大河内 悟って言うんだが……」
「大河内 悟……?」

 アメリアは何を思ったのか悟の顔や体をマジマジと見始めた。悟としては外見にはそれなりに自信はあるが、アメリアに見られるのは少し照れていた。なにを見ているのか良くわからなかったからだ。

「悟って呼ぶわね。あんたもアメリアって呼んでくれていいから」
「あ、ああ。わかった」

 いきなりの名前呼び。アメリアほどの美少女に名前で呼んでもらうのは悪い気はしない。いままで何人かの女性と付き合ったこともある悟だが、彼女ほどの美人はいなかった。一目惚れをしたわけではないが、彼女と親密になった気がして気分は少し高揚した。


「もしかして、何処も行くところがない系?」
「そ、そうなるかな……? 本当になぜこんなところにいるのかわからないんだ。一文無しだし」

 アメリアは片手に持つホワイトスタッフを顎に当てて何かを考えていた。そのしぐさが妙に可愛い。悟は出会ったばかりの少女を気に入り出していた。

「ま、いいわ。こうして会ったのも何かの縁だし、街まで案内してあげる」
「あ、ありがとう」

 そして、アメリアはそのまま悟と並んで歩き出した。


「アメリアは何歳だい?」
「私? 17歳だけど」
「17歳? 奇遇だね、俺もだよ」
「へえ、そうなんだ」

 悟は少し彼女との仲を縮めようと考えた。何気ない会話をアーカーシャの街まで案内されている間にしていた。もちろん、話をし過ぎるのも良くないことだとわかっているので適度な距離を保ちつつ。アメリアも特に嫌がる様子は見せていなかった。

「ここに来るまでの記憶がないってのは、本当なの?」
「ああ、そうなんだよ……どうなってるのか、マジでわからないよ」

 多少、大げさに悟は悩んで見せた。特にアメリアに心配してもらおうという意図があったわけではないが。

「ニホンから来たんだっけ? それは本当に?」
「ああ、嘘を言っても仕方ないだろ」
「まあ、そうだけど……ふ~ん」

 そして、再びアメリアは悟の顔や身体をマジマジと見た。現在は彼女の居ない悟としては非常に嬉しいしぐさではあるが、やはり少し照れくさい。しかし、自分の外見を気に入ってくれているのではないかという期待も出てしまう。

「ま、まずいんじゃないか? 彼氏が見たら怒られるんじゃないか?」

 彼女ほどの見た目で彼氏はいないなんてことはないだろうと考え、悟は言葉を発した。少し話した感じでも性格は明るい感じで、気に入る男性は多いだろう。

「彼氏? ……まあ、彼氏自体は居ないし」

 悟の顔色が変わる。彼氏がいない? まだ会ったばかりの彼女だが、なんとなく期待してしまう悟であった。以前、合コンでも知り合った少女と一夜を共にできたこともある為だ。

 この国の風習がどうなっているかはわからないが、アメリアに対する好感度は、見知らぬ自分を案内してくれる優しさなど含めて、相当に上がっていた。

「……なんとなくわかったわ。ありがと」
「……? ああ、どういたしまして」

 アメリアのお礼の意味がよくわかっていなかった悟だが、自然と彼女に言葉を返した。

「とにかくついて来て。働くところとかないでしょ? 案内してあげる」
「わかった……」

 アーカーシャの入り口まで来ていた二人だが、そこからはさらに足早になり街の中を移動した。


「おっす、アメリア~? あれ、見ない顔だな、そっちのは」
「まあ、ちょっとした知り合いよ」

 悟はなかなか大きなアーカーシャに於いて、目的地へ向かうまででも、アメリアが男たちに声をかけられていることに驚きを隠せないでいた。有名人……もそうだが、人気者といった雰囲気があったからだ。みんな楽しそうに話しかけてくる。



「アメリアさん、彼氏さんですか? ていうことは、今フリーなんじゃないの?」
「本当だ! でも、酒場の子とか、レナさん達も居るし……」
「アメリアさんが居なくても、まだまだ前途多難ね……」

「別にこの人は彼氏じゃないわよ、全く勝手なこと言ってくれて……!」

 悟はなんのことを言っているのかわからなかったが、自分とアメリアが恋人同士だと勘違いされているということはわかった。

 正直、悪い気がしないどころか、かなり優越感に浸れる状態だ。熊を討伐できる実力からか、それとも美人だからかはわからないが、アメリアはこの街でも相当に有名人ということはすぐに理解できた。

 悟の通っていた学校でも、人気のある彼女を作った場合、それが自慢の種になることは多くあった。悟としてもそこまで狙っていたわけではないが、比較的可愛い女の子をゲットしたこともある。
 その時に感じた周りの視線や雰囲気は、一度味わうと病みつきになるほど気持ちのいいものであった。一種の、売れ出した芸能人のような感覚を味わうことができる。
 
 しかし、学校の人気者とのレッテルは非常に気持ちのいいものだが、転落した時の情けなさも相当に大きくなってしまう。
 だからこそ、彼は転落しないことに必死であった。時には、他人をバカにし、はぐれ者を切り、いじめに加担したことさえある。器の小さいことではあったが、悟は自分が登ることができた地位からの転落をなによりも恐れていたのだ。

「ここよ」

 そして、案内された場所は悟の眼から見てもわかるほどの典型的な酒場。あらくれの巣窟と呼んでも差し支えない「海鳴り」であった。
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