平行線

ライ子

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第二章

挨拶③

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吉行は麗と一緒に、開店前のマスターの店に行き、結婚の報告をした。
「マスター、僕達、結婚します。」
「おぉ。そうかぁ。おめでとう。」
マスターは、嬉しそうに言ってくれた。
「それで、僕達、式は挙げないので。お披露目会を、マスターのお店でやらせていただきたいなと…。」
「それは、俺も嬉しいなぁ。」
「ありがとうございます。」
「しかし、吉行。これは、電撃結婚ってやつか?ずっと女っ気がなかったのに…。」
そう言われて、吉行は、赤面する。
「おはようございます。あれっ?吉行さん、早いっすね。」
店のスタッフが、ぞろぞろと入って来た。妙な空気になっていたのを察した別のスタッフのひとりが、ニヤニヤしながら聞いた。
「もしかして…吉行さん…結婚とか⁉︎」
吉行は、無言で頷く。
「マジすか?」
スタッフ達が2人の周りを、取り囲む。吉行は、さらに赤面しながら、言った。
「俺達、結婚することになったから、マスターに、報告に来たんだ。」
「おぉ。おめでとうございます。」
「吉行さんのファンが、泣きますね。」
「吉行ロスになる人続出しそう。」
「俺も結婚したいっす。」
吉行と麗は、店が混み始める前に退店した。
帰り道、吉行は麗の手を繋いで歩いた。この瞬間が、すごく幸せだと感じた。なんだか、鼻の奧がツンとする。嬉し過ぎても涙が出るんだと実感する。空いている方の手で、目をゴシゴシこする。
「どうしたの?目にゴミでも入った?」
麗が心配そうに、吉行の顔をのぞき込む。
「うん。ゴミかな…。」
少し、声も震えてしまう。
「吉行…私ね、吉行の前だと素の自分でいられる。すごくリラックスできて、とっても楽。居心地がいいの。吉行に出会えて本当によかった。」
そんな嬉しい言葉をかけられたら、涙腺が崩壊してしまう。物心ついた頃から、性別に違和感を感じて、ずっと苦しくて、自分は出來損ないで、存在価値が見出せなくて、何回も何十回も死にたいと思ったし、生きている意味が分からなかった。未来に全く希望が持てなかった。でも、こんな自分を必要としてくれる人がいてくれて、愛されていると感じると、今は、生きていてよかったと心から思える。
「麗…ありがとう。」
涙を堪えて、そう言うのが、精一杯だった。麗は、黙って吉行の腕にくっついた。

虎徹と梨花が、吉行が働く店に飲みに来た時、結婚の報告をした。
「マジか⁈」
「吉行くん、おめでとう。」
「麗さん、今日は?」
「ちょっと調子悪くて、家で休んでる。」
「そっか。また、都合のいい時に、遊びに来てよ。既婚者の先輩として、いろいろレクチャーしよう。」
虎徹が威張って発言する。
「けんかして、めちゃくちゃ険悪な雰囲気とかは、なしだからな。」
「わかってる。」
虎徹と梨花も、吉行達の結婚を喜んでくれていたみたいだ。
吉行が家に帰ると、麗は、ソファーでグッタリしていた。
「大丈夫?」
「あっ。お帰り。ごめん。何もしてない。」
麗が、起きあがろうとしたが、吉行がそれを止めた。
「いいよ。休んでなよ。お腹痛い?腰?」
「うーん。両方…。」
温かいお茶を淹れて、辛そうにしている麗の前に置いた。腰をさすりながら、
「家事は、ひと通り出來るから、任せてよ。」
「ありがとう。優しいね。」
「生理痛の辛さは、分かるからね。」
と、笑って言った。今だから、笑っていられるが、初めて生理が来た時は、人生終わったと思った。それから毎月、生理が来るたびに、絶望感に押しつぶさて、落ち込んだ。ホルモン治療を始め、性別適合手術を受けてからは、完全に生理がなくなって、本当に嬉しかった。
「今日ね、こてっちゃんと梨花ちゃんが店に来たんだ。結婚すること言ったよ。」
「うん。なんか、恥ずかしいわね。」
「そうかな。」
「吉行は、私が曽根崎と付き合ってたこと、気になる?」
麗は、吉行が淹れたお茶を飲みながら聞いた。
「気にならないって言ったら噓になるけど…。それ言ったら、麗は、恋愛経験多そうだから…。今は、俺のこと好きでいてくれたら、それでいいよ。」
「付き合った人数は、吉行より多いと思うけど、中身がない付き合いばっかりだったな。」
麗は、昔を懐かしむような目つきで、天井を見ながら、再びソファーに橫になる。
「痛み止め飲んだ?」
吉行が聞くと、麗は、申し訳なさそうに、
「今、切らしちゃってて…ないの。」
と言う。
「コンビニで買ってくるよ。」
「あと…夜用のナプキンもお願いできる?」
さらに、申し訳なさそうに言った。
「いいよ。」
「本当、ごめん…。」
「いいよ。分かるから、気にしないで。」
確かに、生理用品を買うのは、恥ずかしいが、痛み止めの薬と一緒に買うなら、誰かに頼まれたんだなと、思われるだろうし、吉行自身もあまり気にしないで買いに行った。こういう時、生理痛の辛さを分かってあげられるのは、いいことかもしれないなと思った。すごく嫌な経験も少しは人の役に立つものだ。

数日後、電話で、杏奈に結婚の報告をした。
『わぁ。よかったね。おめでとう。』
声に少し元気がない気がした。
『杏奈は、元気?』
少し、間があった。
『私ね、赤ちゃんが出来たの。つわりが辛くて…。』
『そうだったんだ。おめでとう。』
『ありがとう。』
兄嫁の美鈴も、つわりが酷くて寝込んでいると聞いた。人によるのだろうが、お腹の中で命を育てるのだから、体に負担がかかることに違いはない。
『けっこう酷いの?』
『まだ、9週目で…。気持ち悪くて、吐いたりしてる。』
9週目と言われても、吉行にはピンと来なかった。
『そうなんだ。うちの兄ちゃんの奧さんも、つわり酷くて寝込んでるよ。杏奈も無理しないで。』
『ありがとう。』
『元気な赤ちゃん産んでよ。』
『落ち着いたら、連絡する。彼女さんと、遊びに来てね。』
『うん。体、大事にしてね。』
電話を切った後、杏奈がお母さんになるのかと、感慨深い気持ちになった。杏奈なら、いいお母さんになれるだろうな、高校時代から、お母さんみたいだったし…と、昔を思い出してつい、にやけてしまった。
「吉行?」
にやにやしているところを、仕事から
帰って来たばかりの麗に見られていた。恥ずかしい。
「お、お帰り。」
「どうしたの?思い出し笑い?」
「ん?うん。ちょっとね。」
なんとかごまかす。
「ねぇ、麗。今日は、外食しよっか?」
「いいわよ。」
近所の中華料理屋で、夕食を済ませた。
「マスターの店で、少し飲んでから帰ろうか?」
「そうね。デザート代わりに、甘いお酒が飲みたいわ。」
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