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第二章
襲撃
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吉行は、麗と一緒に、自分が働くバーへ行った。スタッフのひとりが、体調不良で帰ってしまい、人手不足だった。
「麗、ごめん。仕事に戻るよ。」
「私、待ってていいかしら?」」
「ラストまでだから、遅くなっちゃうよ。」
「いいわ。今日は、吉行の家に泊まるから。」
「分かった。じゃあ、ドリンクサービスするよ。」
「さっき、けっこう
お金使わせちゃったから、ちゃんと払うわよ。」
吉行の働いている店も、今日は、忙しかった。麗の様子を見ながら、仕事をこなした。
「あと、戸締まりしておしまい。」
営業時間が終了し、スタッフも全員帰って、吉行と麗も店を出た。
向かいの路地から、サラリーマン風の男が近寄って来た。
「すみません。今日は、営業終了しました。また、お越しください。」
麗が怯えた表情で、吉行のダウンコートの袖を引っ張る。
「吉行…この人…。」
あまり大柄ではない。中肉中背。サラリーマン風。40代半ばぐらい。黒っぽいコートを着ている。無言で近づいてきた男は、麗を見るなり、
「侑花…。なんでだよ…。」
異様な目つきをしていた。吉行は、ちょっと危ないなと思って、その場を離れようとした。
「侑花っ‼︎」
男は、いきなり麗の腕を掴んだ。吉行が、それを振り払う。
「やめてください。」
「お前が邪魔なんだよっ‼︎」
男は、吉行の顔を殴ると、再び麗に接近した。吉行は、殴られた弾みで、壁に右側頭部を強く打ちつけた。倒れそうになりながらも、男の肩を掴んだ。
「麗っ。逃げろ。」
「うるせぇっ‼︎」
男が、振り向きざまに、吉行に殴りかかった。今度は腹を殴られたようだ。
吉行は、膝から崩れた。左下腹部が熱い。そのままうずくまる。
「キャーッ‼︎」
麗の悲鳴が聞こえた。吉行のそばに麗が駆け寄った。
「吉行っ‼︎吉行っ‼︎吉行っ‼︎」
「お前が悪いんだからなっ。」
男がそう吐き捨てて、走り去って行ったようだ。逃げられた。後を追って警察に突き出してやりたい。でも、足に力が入らない。頭が割れるように痛い。殴られた所に何かある。硬い物だ。殴られたのではない。刃物が刺さっていた。刺されたのだ。どろっと熱い物が手を伝い、服をぐっしょりと濡らす。吉行は、這いつくばうようにして、場所を移動しようとした。心臓が傷口にあるように、ドックンドックンと、脈を打っている。その度に痛さが増す。
「麗…大丈夫?」
「吉行…動かないで。今、救急車呼ぶから。」
声にならないような声で訴える。
「サイレン鳴らさないで…。」
ガタガタと震えながら、麗がスマホを操作している。怪我はなさそうだ。吉行の声は届いているのだろうか。
マスターの大事な2号店の前を、汚してはいけない…。体が思うように、動かない。遠くからサイレンの音が聞こえて来る。変な噂が広まって、店の営業に影響が出ないだろうか…。じわじわ痛みが増す。すごく寒い。
「麗…大丈夫?」
「私は大丈夫。ごめん。ごめんね…吉行。」
目にいっぱい涙をためている。
「麗が無事でよかった…。」
「もう、しゃべらないで。」
周りが騒がしくなって来た。野次馬だろうか。マスターの大事な店なのに。
救急車が到着すると、吉行は、救命救急センターに運ばれた。救急車の中で、痛みが一気に増した。下腹部が痛いのか、背中が痛いのか…とにかく痛くて痛くて、気持ちが悪くなって来た。目を開けているのも辛い。救急隊員が、何か話しかけてきているが、よく分からない。返事しないと…。麗も一緒に救急車に乗ってくれている?麗の声がしているような気がした。こんなことぐらいで、死なないよな…と思った。記憶は、ここで途切れた。
真っ白い空間に、ふわふわ浮いているような感覚だった。体がどうなっているのか分からない。
「吉行。」
懐かしい声だ。でも、この声で、吉行と呼ばれたことは、たぶんない。
「お父さん?」
姿は見えないが、そこにいるような気配は感じる。
「頑張ったな。」
優しい声だった。何のことを言っているのだろう。
「別に頑張ってないよ。」
「そんなことない。頑張った。」
「一緒に、酒飲みたかったな。」
「うん。飲もうよ。お父さん、怒るかもしれないけど、俺、バーテンダーになったんだ。」
「怒らないよ。」
「いろいろ勉強したから、お父さん好みの酒も作れるよ。あと、紹介したい人もいるんだ。すごく美人で優しい人だよ。料理が上手いんだ。」
「まだ、ダメだ。」
父親の声が遠く離れて行く。
「お父さん⁈なんでダメなの?」
吉行は、必死になって声を張り上げる。
「お父さんっ‼︎まだ話したいことが、たくさんあるんだっ‼︎」
もう、父親の気配はしなくなっていた。
「お父さんっ‼︎」
急に、辺りが真っ暗になった。体がずしんと沈むように重い。下腹部が痛い。なんだか、体中だるい。気持ちが悪い。とにかく、不快な感覚。どうにかして欲しい。
あぁ。右手が温かい。何だろう。誰かが手を握ってくれている。
麗に会いたい。
「…き…。」
誰かに呼ばれているような声がする。応えなきゃ…でも、体が重過ぎて、目も開けられない。再び、あの真っ白い空間にいるような感覚陥った。今度は、誰の声も気配もなく、ふわふわと宙に浮いているようだった。
「吉行。」
やっと目が開けられた。ひどく眩しい。夜型の生活だからかな。と、思った。見たことのない、白い無機質な天井だった。機械がいろいろ並んでいる。
「よかった…。吉行…。」
そこには、吉行の右手を握って、ボロボロ涙を流す麗がいた。白衣のような物を着ていた。話したかったが、身体中に管が繋がれて、口にも管が入っていて、どうすることもできなかった。すぐに医師が来て、必要のない管をはずしてくれた。
「10日も意識が戻らなかったの。でも、よかった。」
麗が、鼻をグズグズさせながら、言った。
「麗は、怪我してない?」
「大丈夫よ。」
「そっか。よかった。」
そう言って、吉行は、また眠った。すごく眠かった。起きていられないぐらいに。
吉行を刺した男は、すぐに捕まった。
吉行は、殴られた時に頭を壁にぶつけ、脳震盪を起こしていた。さらに、下腹部の傷は、深く、腸を傷つけていた。腸閉塞になったり、細菌に感染する可能性もあり、開腹手術が行われていた。
再び目を覚ますと、母親と、兄がいた。
「お母さん…兄ちゃん…。」
「麗さんに、だいたいのことは聞いたわ。助かってよかった。」
母親が泣きながら言った。みんな自分を見て、よかったと言って泣いている。そんなに危なかったのだろうか。そういえば、今日は、何日だろう。さっき、10日も意識不明だったって言ってたな…。仕事…行かなきゃ…。引っ越しの準備も。いろいろ考えるのがめんどくさくなって、また、ウトウトと眠ってしまった。
次に目を覚ますと、麗が、ベッドに伏せて眠っていた。どうやら夜らしい。窓の外が真っ暗だ。部屋を移動したのか、テレビと棚が見えた。麗の髪をなでてみる。
「吉行?」
麗が、顔を上げた。少しやつれていた。
「また、寝ちゃった。すごく眠くて。」
「うん。ゆっくり休んで、元気になって。」
また会えてよかった。生きててよかった。と、単純にそう思った。
「今日って、何日?」
「1月1日。」
「もう、正月⁉︎タイムスリップしたみたいだ。」
「体はどう?」
「あちこち痛い気がする。あと、だるい。」
「私のせいで…。本当にごめんなさい。」
「麗のせいじゃないよ。俺が不要心だった。」
「私、お店辞めたから、吉行が元気になるまで、ずっと付き添うわね。」
「大丈夫だよ。子どもじゃないから。でも、嬉しいな。」
吉行の入院中、麗は、献身的に世話をした。
「麗、ごめん。仕事に戻るよ。」
「私、待ってていいかしら?」」
「ラストまでだから、遅くなっちゃうよ。」
「いいわ。今日は、吉行の家に泊まるから。」
「分かった。じゃあ、ドリンクサービスするよ。」
「さっき、けっこう
お金使わせちゃったから、ちゃんと払うわよ。」
吉行の働いている店も、今日は、忙しかった。麗の様子を見ながら、仕事をこなした。
「あと、戸締まりしておしまい。」
営業時間が終了し、スタッフも全員帰って、吉行と麗も店を出た。
向かいの路地から、サラリーマン風の男が近寄って来た。
「すみません。今日は、営業終了しました。また、お越しください。」
麗が怯えた表情で、吉行のダウンコートの袖を引っ張る。
「吉行…この人…。」
あまり大柄ではない。中肉中背。サラリーマン風。40代半ばぐらい。黒っぽいコートを着ている。無言で近づいてきた男は、麗を見るなり、
「侑花…。なんでだよ…。」
異様な目つきをしていた。吉行は、ちょっと危ないなと思って、その場を離れようとした。
「侑花っ‼︎」
男は、いきなり麗の腕を掴んだ。吉行が、それを振り払う。
「やめてください。」
「お前が邪魔なんだよっ‼︎」
男は、吉行の顔を殴ると、再び麗に接近した。吉行は、殴られた弾みで、壁に右側頭部を強く打ちつけた。倒れそうになりながらも、男の肩を掴んだ。
「麗っ。逃げろ。」
「うるせぇっ‼︎」
男が、振り向きざまに、吉行に殴りかかった。今度は腹を殴られたようだ。
吉行は、膝から崩れた。左下腹部が熱い。そのままうずくまる。
「キャーッ‼︎」
麗の悲鳴が聞こえた。吉行のそばに麗が駆け寄った。
「吉行っ‼︎吉行っ‼︎吉行っ‼︎」
「お前が悪いんだからなっ。」
男がそう吐き捨てて、走り去って行ったようだ。逃げられた。後を追って警察に突き出してやりたい。でも、足に力が入らない。頭が割れるように痛い。殴られた所に何かある。硬い物だ。殴られたのではない。刃物が刺さっていた。刺されたのだ。どろっと熱い物が手を伝い、服をぐっしょりと濡らす。吉行は、這いつくばうようにして、場所を移動しようとした。心臓が傷口にあるように、ドックンドックンと、脈を打っている。その度に痛さが増す。
「麗…大丈夫?」
「吉行…動かないで。今、救急車呼ぶから。」
声にならないような声で訴える。
「サイレン鳴らさないで…。」
ガタガタと震えながら、麗がスマホを操作している。怪我はなさそうだ。吉行の声は届いているのだろうか。
マスターの大事な2号店の前を、汚してはいけない…。体が思うように、動かない。遠くからサイレンの音が聞こえて来る。変な噂が広まって、店の営業に影響が出ないだろうか…。じわじわ痛みが増す。すごく寒い。
「麗…大丈夫?」
「私は大丈夫。ごめん。ごめんね…吉行。」
目にいっぱい涙をためている。
「麗が無事でよかった…。」
「もう、しゃべらないで。」
周りが騒がしくなって来た。野次馬だろうか。マスターの大事な店なのに。
救急車が到着すると、吉行は、救命救急センターに運ばれた。救急車の中で、痛みが一気に増した。下腹部が痛いのか、背中が痛いのか…とにかく痛くて痛くて、気持ちが悪くなって来た。目を開けているのも辛い。救急隊員が、何か話しかけてきているが、よく分からない。返事しないと…。麗も一緒に救急車に乗ってくれている?麗の声がしているような気がした。こんなことぐらいで、死なないよな…と思った。記憶は、ここで途切れた。
真っ白い空間に、ふわふわ浮いているような感覚だった。体がどうなっているのか分からない。
「吉行。」
懐かしい声だ。でも、この声で、吉行と呼ばれたことは、たぶんない。
「お父さん?」
姿は見えないが、そこにいるような気配は感じる。
「頑張ったな。」
優しい声だった。何のことを言っているのだろう。
「別に頑張ってないよ。」
「そんなことない。頑張った。」
「一緒に、酒飲みたかったな。」
「うん。飲もうよ。お父さん、怒るかもしれないけど、俺、バーテンダーになったんだ。」
「怒らないよ。」
「いろいろ勉強したから、お父さん好みの酒も作れるよ。あと、紹介したい人もいるんだ。すごく美人で優しい人だよ。料理が上手いんだ。」
「まだ、ダメだ。」
父親の声が遠く離れて行く。
「お父さん⁈なんでダメなの?」
吉行は、必死になって声を張り上げる。
「お父さんっ‼︎まだ話したいことが、たくさんあるんだっ‼︎」
もう、父親の気配はしなくなっていた。
「お父さんっ‼︎」
急に、辺りが真っ暗になった。体がずしんと沈むように重い。下腹部が痛い。なんだか、体中だるい。気持ちが悪い。とにかく、不快な感覚。どうにかして欲しい。
あぁ。右手が温かい。何だろう。誰かが手を握ってくれている。
麗に会いたい。
「…き…。」
誰かに呼ばれているような声がする。応えなきゃ…でも、体が重過ぎて、目も開けられない。再び、あの真っ白い空間にいるような感覚陥った。今度は、誰の声も気配もなく、ふわふわと宙に浮いているようだった。
「吉行。」
やっと目が開けられた。ひどく眩しい。夜型の生活だからかな。と、思った。見たことのない、白い無機質な天井だった。機械がいろいろ並んでいる。
「よかった…。吉行…。」
そこには、吉行の右手を握って、ボロボロ涙を流す麗がいた。白衣のような物を着ていた。話したかったが、身体中に管が繋がれて、口にも管が入っていて、どうすることもできなかった。すぐに医師が来て、必要のない管をはずしてくれた。
「10日も意識が戻らなかったの。でも、よかった。」
麗が、鼻をグズグズさせながら、言った。
「麗は、怪我してない?」
「大丈夫よ。」
「そっか。よかった。」
そう言って、吉行は、また眠った。すごく眠かった。起きていられないぐらいに。
吉行を刺した男は、すぐに捕まった。
吉行は、殴られた時に頭を壁にぶつけ、脳震盪を起こしていた。さらに、下腹部の傷は、深く、腸を傷つけていた。腸閉塞になったり、細菌に感染する可能性もあり、開腹手術が行われていた。
再び目を覚ますと、母親と、兄がいた。
「お母さん…兄ちゃん…。」
「麗さんに、だいたいのことは聞いたわ。助かってよかった。」
母親が泣きながら言った。みんな自分を見て、よかったと言って泣いている。そんなに危なかったのだろうか。そういえば、今日は、何日だろう。さっき、10日も意識不明だったって言ってたな…。仕事…行かなきゃ…。引っ越しの準備も。いろいろ考えるのがめんどくさくなって、また、ウトウトと眠ってしまった。
次に目を覚ますと、麗が、ベッドに伏せて眠っていた。どうやら夜らしい。窓の外が真っ暗だ。部屋を移動したのか、テレビと棚が見えた。麗の髪をなでてみる。
「吉行?」
麗が、顔を上げた。少しやつれていた。
「また、寝ちゃった。すごく眠くて。」
「うん。ゆっくり休んで、元気になって。」
また会えてよかった。生きててよかった。と、単純にそう思った。
「今日って、何日?」
「1月1日。」
「もう、正月⁉︎タイムスリップしたみたいだ。」
「体はどう?」
「あちこち痛い気がする。あと、だるい。」
「私のせいで…。本当にごめんなさい。」
「麗のせいじゃないよ。俺が不要心だった。」
「私、お店辞めたから、吉行が元気になるまで、ずっと付き添うわね。」
「大丈夫だよ。子どもじゃないから。でも、嬉しいな。」
吉行の入院中、麗は、献身的に世話をした。
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