平行線

ライ子

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第二章

一歩手前

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暗くなった会場で、麗は吉行の手を握った。そして、指を絡ませた。新郎新婦の馴れ初めの映像が流れている間中、ずっとそうしていた。吉行は、抵抗しなかった。どうせ、死角になるような隅の席だし、きっと誰も見ていない。もし、見られていたって、それがなんだというのだ。
「吉行は、お酒強いのね。」
「そんなこともないですよ。」
「二次会の後、予定ある?」
「三次会に行きます。」
「そんなの抜けて、どこかで飲み直さない?」
「でも、約束してるので。もしよかったら…。」
吉行は、名刺を差し出した。
「隣町なんですけど、バーテンダーやってるんで、今度来て下さい。」
吉行は、就活がうまくいかず、卒業間近になっても、1社も内定がもらえなかった。そんな時、バイト先のマスターが、近々2号店を出すから、そこで働かないかと誘ってくれた。父親が生きていたら、飲み屋で働かせるために、大学に行かせたんじゃないと、怒るだろうなと思いつつ、結局、2号店のバーテンダーとして働き始めて5年目になる。
「へぇ。私の住んでる所の近く。」
名刺に書かれた住所を見て言った。
「ショットバーなんですけど、カジュアルなんで、若いお客さんも多いですよ。」
「私、若くないから。」
「若いですよ。それに…。」
「それに?」
「すごく綺麗だ。」
吉行は、そう言ってから、恥ずかしくなって、俯いた。でも、自然に出た言葉だった。
「いや。何でもないです。」
「可愛いね。吉行。ますます気に入った。じゃあ、今度、お店に行かせてもらうわね。」
「ぜひ。」
会場の照明がつくと、麗は、吉行の手を離し、ビールを飲んだ。そこからは、特に会話もなく、二次会の雰囲気を楽しんでいるようだった。
「麗先輩。こんな所にいたんですか?写真撮りに行きましょ。」
2人組の女の子に声を掛けられた麗は、そのまま、新郎新婦のいる高砂の方へ行ってしまった。
吉行の手には、麗の柔らかい指の感触が残っていた。綺麗な形の大きな瞳に、筋の通った鼻、ぷっくりしたセクシーな、唇。そこから発せられる艶っぽい声が、耳の奥に残っていた。
吉行は、三次会にも参加した。残っていたのは、ほとんどサークルのメンバーだった。杏奈の姿もあった。
「さっき、二次会の時、一緒にいた人誰?すごい美人だった。」
すこし興奮気味に杏奈が尋ねた。
「市橋さんっていって、こてっちゃんや梨花ちゃんの地元の先輩なんだって。」
「そうなんだ。逆ナン?」
「違うよ。たまたま喫煙所で声かけられただけ。」
「へぇ。お似合いだったよ。美男美女カップル。」
「そんなんじゃないよ。さっき会ったばっかりだし。もう、帰ったし。」
杏奈は時々、残酷なことを言う。心の奥にしまいこんだ気持ちが、また出て来てしまいそうになる。

翌日、開店と同時に麗がやってきた。
「こんばんは。約束通り来たわよ。」
「ありがとうございます。」
「いい雰囲気。落ち着いていて。」
「ゆっくりしていって下さい。」
「ジントニックいただこうかな。」
「はい。」
開店して間もないため、まだ客の入りも少なかった。
「どんなお酒が好きですか?」
「そうね。本当は甘いお酒が好き。」
上目遣いで、吉行を見ながら、
「子どもっぽい?」
と、クスクス笑う。その笑顔が、とても可愛らしいと思った。麗の動作ひとつひとつに見とれてしまう。つい、次はどんな表情をするのかと、釘付けになっていた。
「お店、混んで来たね。私、そろそろ帰るわね。」
「え⁉︎もう…。」
「また来るわ。」
麗は、小一時間で帰ってしまった。
店のスタッフからは、あの背の高い美人は誰だ?と聞かれたが、大学の友達の二次会で会った人としか答えられなかった。
仕事の間中、麗のことが頭から離れなかった。何をしている人なんだろう。家は、この近くと言っていたが、どの辺りなんだろう。虎徹や梨花とは、どのぐらい仲がいいのか。休みの日は、どう過ごすのか。今、付き合っている人はいるのか。麗のことを何も知らない。
それから、しばらくの間、麗が店に来ることはなかった。虎徹が、梨花と一緒に新婚旅行のお土産を持って、飲みに来てくれた。
「いらっしゃい。新婚旅行は、どうだった?ケンカしなかった?」
「ちょっと、吉行くん、聞いてよ。虎徹ったらね、道に迷うわ、ぼったくられるわ、散々だったんだから。」
「でも、楽しかっただろ?」
「まあね。」
「どこ行ったんだっけ?」
「イタリア。」
「へぇ。オシャレだね。飯、うまかった?」
「どこで写真撮っても、絵になるの。ごはんも美味しいしね。また行きたい。」
楽しそうに話すふたりを見て、吉行も楽しくなったが、その反動で、人恋しくもなった。杏奈の結婚式もそろそろだろうか。
梨花がトイレに立った時、虎徹に麗のことを聞いてみた。
「あぁ。麗さんね。確かに大学時代、ちょこっと付き合ったよ。梨花もそのこと知ってる。」
「二次会の時、営業したら、ここに来てくれたよ。」
「面倒見いいからね。」
「何してる人?」
「さぁ?前は、飲食店で働いてるって言ってたけど、今は知らないな。もしかして、吉行…。」
「ち、違う違う。すごい美人だから、ここのスタッフが、気にしちゃって。」
虎徹は、ふぅん、と疑いの眼差しで、
「もう、いいんじゃね。佐藤先輩から卒業して。」
「杏奈とは、とっくに終わってるし、もうすぐ結婚するって言ってたから。もう、関係ないよ。」
「まぁ、いいよ。吉行の人生だしな。俺に出来ることがあれば、協力するよ。」
「そんなんじゃないから…。」

虎徹と梨花が帰った後、麗がやって来た。今日は、少し年上の身なりのいい男性と一緒だった。恋人だろうか。胸の奥がザワザワした。
「いらっしゃいませ。」
「この前来た時、雰囲気が良かったから、また来たわよ。」
「ありがとうございます。」
前回来てくれたのは、下見だったのかな、と思いつつ、注文を聞いた。
「食事をして来たから、私は、グラス・ホッパー。彼は、お酒弱いの。何がいいかな。」
「苦手はフルーツは、ございますか?」
「ないよ。柑橘系が好きかな。炭酸は好きじゃない。1杯目だけど、少し凝ったものがいいな。」
「かしこまりました。」
吉行は、男性に、スカーレットオハラを提供した。
麗と男性は、楽しそうに過ごしていた。二次会の時、吉行を気に入ったと、言っていたが、気まぐれな発言だったんだなと、理解することにした。まぁ、よくあることだ。年上のお姉さんに、からかわれたのだ。あの言葉を間に受けてはいけない。そう思おうと、すればするほど、麗のことが気になって仕方がない。今日は、高級そうなスーツを着ていて、髪をアップにしていた。白いうなじが色っぽかった。
「ごちそうさま。」
「ありがとうございます。また、お待ちしています。」
「また、来るわ。」
ふたりを見送ると、全身がどっと重くなった。この感じ、思い出した。杏奈と別れた直後のショックとよく似ている。そうか、麗のことを好きになりかけていたんだ。よかった。未然に終わって。なんだか、住む世界が違う感じがした。
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