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44:俺と北部に行かないか?

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「みなさま、お騒がせしましたこと、深くお詫び申し上げます」

 退場の際、そう挨拶をして会場を出て行った。
 少しだけ私を同情する声も聞こえてきて、それだけは救いだったかもしれない。

 それにしても、本筋は同じでも細かい部分では原作と変わってしまったわね。
 あぁ、でも……そもそも私《・》がルシアナってことだけでも、原作とは違うのか。

 原作のルシアナは、本当にエリーシャのことを恨んでいたはず。
 婚約破棄された後も、必死に二人の仲を裂こうとしていたんだから。
 まぁ没落回避のためだもん。必死になるのも仕方ないわよね。
 
 幸い、皇子の不義による婚約破棄だし、爵位剥奪は免れるだろうし、借金のほうもどうにかなりそうな目処が立った。
 お父さまのお仕事の方も、以前のように上手くいき始めているし。

 カイチェスター家は安泰だろうな。
 まぁ私とのこともあるし、皇室とギクシャクはするだろうけど。
 そこはこれからの事業で功績を立てれば、修復は可能だろうしね。

 いいことづくめじゃない。
 なのに……なんでこんなに辛いのかな。

「おい」

 ぶっきらぼうなこの物言い。
 なんでこんなタイミングで来るかなぁ。
 あぁ、私が公爵様に書いた手紙を、届けてもらう約束したんだっけ。
 控室にいるローラに持たせているんだけど。

「おい」
「公爵様へのお手紙は、控室のローラに持たせるの。ご足労おかけしますが、取りに来てくださいませんか?」

 振り向かず、彼に背中を向けたままそう伝えた。

「おい、こっちを見ろ」

 ぐいっと肩を掴まれ、強引に振り向かされる。
 そこにはいつも通りの、黒い壁ことグレン卿が立っていた。

「泣いて……お前、本当は奴のことを」
「な、泣いて? え?」

 私泣いてるの?
 うわっ、やだマジだ。

「そんなにあいつのことが、大事だったのか?」
「え、あいつ?」

 グレン卿が頷く。
 あいつ、誰のことだろう?
 この様子からすると、彼もあのパーティー会場にいたってことね。

 あいつのことが大事……。
 私と……エリーシャとの関係を唯一知っているのはきっと彼だけ。
 彼女のことを言っているのね。

「……そう。予想以上に、大切な存在だったみたい」
「そう……か」
「うん」

 お互い沈黙が続く。
 もう早く帰りたい。帰って今夜の事は忘れて眠りたい。
 たぶん無理だろうけど。

「あんな風に言ってはいたが、愛していたんだな。奴の事を」
「えぇ、あいし……ん? 待ってグレン卿。愛していたって、誰の事を言っているの?」
「え……誰って、ベンジャミン、皇子だろう?」
「え?」
「ん?」

 お互いに首を傾げる。
 私が皇子を、愛していた?

 ん? んん?

「お前のいう大切な人というのは」
「お友達のエリーシャだけど」
「エリ……えぇっと、祝福魔法の女だったよな」
「まだ名前を憶えていないの!? 待って、じゃあ私は?」
「ルシアナ」

 私の名前は憶えてて、エリーシャはまだってこと!?
 グレン卿ってば、人の名前を覚えるのに一人当たり一カ月かかります的な?

「ぷっ。はは、はははははははは」
「ちょ、今度は笑いだして、いったい何なのよぉ」
「はははは、いや、悪い。くくく」

 ほんと、なんなのよ。

 でも……いつも仏頂面のこの人が、こんな風に笑うなんて意外ね。

「ルシアナ」
「え、何?」

 金色の瞳が、じっと私を見つめる。

「俺と北部に行かないか?」

 そう言った彼の瞳が思いのほか優し気で、少し……ドキっとした。

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