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元魔王は儀式を見守る。

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 粛々と儀式が執り行われた。
 大聖堂に集まったのは、この国――スフォットルム王国の王侯貴族から近隣諸国の重鎮まで様々な面子が揃っているという。
 僕もクリフドー師匠に連れられ、裏口からこっそり中の様子を見ていた。

「長いですね」
「仕方ないじゃろう。女神の啓示によって聖女が現れるのは、実に百二十年ぶりじゃからのぉ」
「何故他の神殿の最高司祭まで来ているのです?」

 光の神アポロノス。
 知識の神イエルナ。
 戦の神フレイノ。
 幸運の女神ラキス。

 これに女神ローリエを含めた五大神が、光の神々の陣営のTOP5となる。
 その五大神に仕えるそれぞれの最高司祭とその下僕たちが、ここに集結しているのだ。

 聖女の誕生を預言する神は、その時々で違うと聞く。
 勇者もまた然り。
 
 聖女にしろ勇者にしろ、誕生すれば五大神の祝福が与えられると言い、どこの神殿構わず祝うのだと師匠は話してくれた。
 その説明を聞き終えても、最高司祭らの話は終わらない。
 もう帰ろうかな。
 いや、これも修行の一環を思って耐える努力をしよう。

 そうしてざっと一時間が過ぎて、ようやく聖女選定の儀式が始まった。

 儀式などせずとも僕には結果が分かっている。
 なんせ彼女の後ろには、既に女神ローリエが背後霊のように立っているから。
 ん? 振り向いて何か言っているな。なんだ?

 は――い――ご――れ――い――い――う――な――?

「女神ローリエの祝福を――」
「「祝福を――」」

 大聖堂内に司祭らの声が木霊する。
 ほれローリエ、遊んでないで仕事をしろ。

 一瞬僕を睨み、そして肩を落としたローリエ。
 溜息を吐きすて、自信の神像へふわりと飛んでいく。
 神像へ吸い込まれるようにして女神が消えると、輝きだした像から光が零れ、そして空《・》へと注がれる。

 静寂が支配する中、女神ローリエに仕える最高司祭が口を開く。

「女神の啓示により選ばれた聖女は――フィリアさまである」





 聖女選定の儀式のあと、暫くフィリアはあーだこーだとっみくちゃにされたが、夕刻になってようやく解放された。
 今は自室でのんびりしているが、どうやらこの部屋も近いうちに出ていくことになるという。
 なんでももっと大きな部屋に引っ越しのだとか。

「ラフィちゃんも一緒に来て欲しいな……」
「ん~……ごめんフィリア。あたいは冒険者になりたいから……やっと正面からここを出られるようになったし」
「そうだな。ラフィの修行も今日で――いや昨日で終わりか」
「うにゅ……ル、ルインはこれからどうするんだよ。ここで修行して、行く行くは最高司祭様だろ? そ、それでフィリアと並んでさ……お、お似合いだと思うよアタイは」
「いや、聖職者になったのだから、もうここともおサラバする予定だが?」
「「え?」」

 二人が同時に振り向く。

「ル、ルインさまは神殿に残らないのですか!?」
「え? じゃあどこに行くのさルイン」
「どこって。まずは帰る。そして苺の栽培を始める」
「え? いち……え?」

 混乱する二人に、これからの僕のスローライフ計画を話す。

 まずは帰って苺用の畑を用意する。出来ればその前に苺を実際に栽培している地域を見ておきたい。
 時期的に今が丁度出荷の時期だろう。ポッソに聞いて苺農園のある場所を教えてもらうか。

 苺の苗を購入してから、品種改良を始める。
 種を芽吹かせる要領で苗に魔力を注げば、成長を早められるから――あとは品種の違う花同士で受粉させ、実らせてみよう。
 甘くて粒の形の良いものが出来るまで、いろいろ試す。
 まぁ魔力垂れ流しで高速成長させるから手間もそれほど掛からないだろう。

 僕が求める苺が完成したら、今後は量産開始だ。
 販売ルートはポッソにでも頼むか。

「……ねぇルイン」
「なんだ」
「あんたのスローライフって、苺の栽培のことなの?」
「いや。これはスローライフの極一部だな。苺の生産の他にもやりたいことはいろいろある」

 例えばあちこち旅をして回る事。
 魔王城の王の間しか見たことのなかった僕は、人の身に転生して自由に歩き回れる体を手に入れた。
 実家の領内、そして大神殿。魔法の試し打ちであちこち行ったが、時間もなく観光は一切出来ていない。
 前世に比べれば確かに広い行動範囲ではあるが、もっともっと広い世界を見てみたい。

「そうだな……ラフィのように冒険者になるのもいいかもしれない」
「え?」
「冒険者になってあちこち旅をし、ついでにお金稼ぎまで出来る。その上、僕のスローライフを邪魔する奴らをぶん殴れるし」
「あー……ついでにってことなんだね」

 ついでに冒険者だな。
 そんな僕らの会話を、聖女になったばかりのフィリアが不安そうに聞いていた。

「どうしたフィリア。また泣きそうな顔をして」
「ば、馬鹿っ。ちょっとこっち来なよ」
「ぬぬ?」

 ラフィに腕を掴まれ部屋の隅へと連れていかれる。
 そこで彼女は小声で話した。

「フィリアはね、聖女になってもあんたがずっと傍に居てくれるって思ってたんだ。あんたが聖職者を目指していたから、ここに残るだろうって」
「ん? ん?」
「だーかーらー。フィリアはあんたの事がずっと……ずっと……」

 ラフィは声を詰まらせながら、続く言葉を出せずにいた。
 よく分からないが、この二人はお互い神殿を出れば、もう二度と会えないとか、そんな風に思っているのだろうか?

「フィリアよ。神聖魔法には『帰還』というものがあってだな――」

 記憶にある神殿や教会であれば、どこでも自由に空間移動出来る便利な魔法だ。
 魔術師の使う空間移動《テレポート》と違い、神殿、教会以外の所には飛べないという不便さはあるが。

「そもそも今までだって、隠密だの防音などの魔法を使って、こっそり会っていたではないか。毎晩のように」
「あ――」
「ぷはっ。それもそうだ」

 ラフィは笑い、釣られてフィリアを涙を浮かべたまま笑った。
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