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元魔王は聖女の派閥を知る。

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 秋が深まり肌寒さを感じ始める頃――

「知ってる? 最近大神殿を取り囲むように、周辺地域の治安が良くなってきてるんですって」
「魔物の数も減って来てるらしいぜ?」
「私なんて、実家からここまで来るのに、護衛を十人雇って、それでも夜盗に襲われそうになったのにぃ」
「今なら護衛無しで森を抜けられるんじゃないか?」

 そんな噂話が広まっていた。
 治安が良くなるのは良い事だ。王都の治安部隊が頑張っているのだろうか?

 大神殿は王都から徒歩で数時間の距離にある。
 この近辺だけを見れば治安は元から悪くはない。神殿にも兵士入るし、当然王都にもだ。
 だが王都から離れるようにして、大神殿《ここ》から一日もいかな距離では、既に盗賊、山賊、魔物は出現する。
 魔法の試し打ちに行って知った情報だ。
 だけど確かにここ数日、それらの姿を見なくなった気がするな。
 次からはもっと遠くまで試し打ちに行かなければ。

「ルインくんっ。明日は聖女様候補の子たちがここに来るのねっ」
「え? フィリアたちが?」

 教室に飛び込んで来たポッソが、息を切らせてぼくの所へとやって来た。

「フィリアちゃん!? ル、ルインくんは知ってるの!?」
「うむ。同郷なので」
「あ、あ、そうなのね。フィリアちゃんはアルファート領から来たって――あぁ、僕はどうして気づかなかったのね!?」
「いや、それよりもポッソもフィリアの事を知っているようだが――」
「当たり前なのね!」

 食べ物のこと以外いつものんびりとしたポッソとは思えないほど、彼は素早く、そして力強くぼくの肩を掴んだ。
 そして燃えるような目でぼくを見つめる。暑苦しい……。

「フィリアちゃんは僕たち生徒や、見習い神官、それに神官たちの憧れの的なのね! もちろん、司祭様や高司祭様の中にも、フィリアちゃん推しは多いの! あ、でもラフィちゃんもステキなのよ?」
「憧れ……しかし二人はまだ十三歳。憧れるというのは――」
「年齢なんて関係ないのね! 寧ろフィリアちゃんなんかは、十三歳なのにもう中級魔法が使えて、すんごいの!」

 ほぉ。フィリアは中級魔法を使えるようになったのか。
 ぐぬぬ。負けてはいられない。

「ラフィちゃんは聖女さま候補なのに、剣術が出来て――あぁ、戦乙女ラフィちゃんなのー」
「あぁ、剣術教えたのは――」
「フィリアちゃんが聖女さまなら、ラフィちゃんは聖女を守る聖戦乙女ヴァルキリーなのね!」

 戦乙女が光の精霊だと知って言っているのだろうかポッソは。
 彼が熱く語りだすものだから、周囲に男子がどんどん集まって来た。
 どうやらフィリア派、ラフィ派とが居るようだ。

 しかし不思議だ。
 二人が学び寝泊まりする奥の神殿は壁によって隔離されている。
 彼らはどうやって二人の姿を見たのか。
 それを尋ねると、意外と簡単なものであった。

「え? 週末に行われる、大神殿に務める者だけが集まる祈りの集会に、聖女さま候補も来ているのね」
「なんだ。そうだったのか」
「ルインは一度も来た事無いもんな」
「いや、一度行った。一時間もずっと高司祭の自慢話が垂れ流されるだけで、飽きるなんてものではないだろう」

 ぼくがそう言えば、全員が静かに頷く。

「だから聖女さま候補のお二人を見て、癒されに行ってるのねぇ」
「そうそう。可愛いよな~」
「フィリアちゃんは守ってあげたいタイプ。ラフィちゃんは守られたいタイプだぜ!」
「いや、男ならそこはせめて、肩を並べて敵と立ち向かいたいとか言えよ」

 そういうものだろうか。
 確かにフィリアは体力は少なく、力仕事は任せられない。介助が必要だ。
 ラフィも田舎の出身と言っていたが、彼女は体力もあるし体も俊敏だ。
 寧ろ畑仕事を手伝ってくれるぐらいの勢いだろう。

 守ってやる――大根運びを変わってやる。
 肩を並べる――肩を並べて大根を掘る。

 うむ。確かにその通りだ。

「おいおいお前ら。フィリアちゃんとラフィちゃんだけじゃなく、マリアロゼさまの事も忘れんなよ」
「うぅん。マリアロゼさまも確かに可愛いの。でも滅多に集会にも来ないし、いつもツンツンしててちょっと怖いのね」
「そこがいいんじゃねーか! 高嶺の花! 俺たちには決して手の届かない、雲の上の聖女さまだろう?」
「へ、へへ。オレもさ、あのツンツンしてるのが良いと思うんだ。へ、へへへ」
「分かる。ちょっと踏まれたいよな」

 踏まれたい?
 変態かこいつ。

 そんな訳で、大神殿内でフィリア派、ラフィ派、そしてマリアロゼ派の三派が出来ているようだ。
 この中の誰が聖女に選ばれるか――そんな賭け事すらあるとのこと。
 選ばれなかった者はどうなるのか? 
 まぁ実家に帰れるのだろう。
 フィリアの事を思えば選ばれない方がいいのだろうか?





「え? 私ですか?」
「そう。聖女に選ばれたい?」

 夜、フィリアの部屋で彼女に直接聞いてみた。
 ぼくの予想では「もちろんです」と、即答するものだと思っていた。

「分かりません……前は帰りたいって思ってました。でも――」
「でも?」

 フィリアは大神殿で見聞きしたことを、ぽつりぽつりと話し始めた。

 ぼくたちが暮らしていたアルファート領より、もっと貧しい村がある。
 毎年のように飢餓で苦しみ、子供たちが死んでいく。

 聖女にどんな力があるか分からないが、そんな子供たちを少しでも救いたい。
 フィリアはそんなことを呟いた。

 なるほど。それが出来るのならと、フィリアは聖女になる道を選んでもいいと考え始めたのだな。
 それに――

「ラフィちゃんは剣士になりたいんだものね」
「そ。だからフィリアには悪いけど、聖女にはフィリアになって貰わなきゃ困るのよねぇ」
「ふふ。私もここに来た時ほど嫌じゃなくなったし、誰かのお役に立てるなら嬉しいもの。任せて!」

 なんと! あのフィリアが随分と頼もしくなったものだ。
 しかし。

「聖女候補はもうひとり、マリアロゼという女が居るのだろう? それに任せてもいいのでは?」

 ぼくがそう言うと、二人は眉尻を下げ、困ったような顔になった。
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