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デリントン

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「どうなっている!? 何故奴にはピンが刺さらないんだ!?」

 デリントンは苛立っていた。
 彼――そして取り巻きたちが双眼鏡片手に見守る中、大量の押しピンを忍ばせた上履きに、ルイン・アルファートは平然と足を通す。
 午前中には外履きに、やはり同じように数十個の押しピンを忍ばせたが、反応は一緒。
 平然と足を入れ、そして違和感を覚え脱ぐ。
 だがピンが足に刺さることは無く、全て小さなコインのような形となって靴から落ちてきただけ。

 何故そうなったのか。

「おい、本当にちゃんとピンの立っている物を入れたんだろうな?」

 デリントンは押しピン担当の取り巻きBに詰め寄る。
 Aは食堂や教室で椅子を引き、ルインを転倒させる役。もちろん未だ成功していない。
 Bが押しピン。そしてC、Dと続くが、まだ段階的にはそこまで行ってはいなかった。

「ちゃ、ちゃんと確認しました。ピンは全部立ってましたよっ」
「本当なんだろうなっ」
「は、はいーっ」

 デリントンはBの胸倉を掴み語気を荒げる。

 男爵家――貴族としては下級ではあるが、男爵家全てがそうとは限らない。
 実績もあれば上級貴族との繋がりも強い家柄もある。
 そして領地は狭いながらも、恵まれた環境があれば裕福だ。

 デリントンの実家がまさにそのパターン。
 そして近々彼の父親が、子爵の称号を頂くことも決まっている。
 その上デリントンには伯爵家令嬢の許嫁が居た。

 取り巻きたちはデリントンになんとか取り入ろうと必死なのだ。
 彼らの実家は商家であったり、デリントンの実家の私兵騎士の息子であったり。
 デリントンに気に入られることで、のちのちの人生が好転する――と考える親によって、彼には逆らうなと言い聞かせられて来た子供たちだ。

 それがまたデリントンを助長させる結果にもなっている。

「ふ、不良品だったんですよ。ピンが脆かったとか」
「あ、ああ、私の父が言ってました。最近は鉄の価格が高騰して、まがい物が増えているとかなんとか」
「ふん。大陸の南で最近戦が始まったと聞く。そのせいで鉄が高騰しているのだろう。武具を製造するのに必要な素材だからな」
「さすがデリントンさま! なるほど、鉄の高騰は戦の証ですが。いやぁ、勉強になるなぁ」
「ほんとほんと」

 若干棒読み気味の取り巻きの言葉も、デリントンは気づかずご満悦だ。

 みんなが自分を褒めたたえる。
 みんなが自分に媚びへつらう。

 それが当たり前だと彼は思っていた。

 だからピンに問題がある――不良品だという取り巻きの言葉を疑いもせず信じた。
 普段人を信じない彼も、ヨイショされた直後にそれをした相手の言葉には、まんまと騙されるのだ。

 そしてルインが立ち去った後、彼らは再び嫌がらせをする為に箱へとやって来る。
 そこには押しピンが一つだけ落ちていた。
 ルインが落としていったのだろう。ギラリと光るピンは真っ直ぐ上を向いていた。
 
 だがデリントンはこれを不良品だと思い込んでいる。

「ふんっ。不良品が!」

 デリントンは足を持ち上げ、そして思いっきり踏みつけた。

 ルインが錬金魔法で修復し、更にピンの先端を尖らせた押しピンを。

「――ひぐっ!?」

 鋭利にとがったピンは容易に上履きの底を突き破り、そして刺さった。
 デリントンの足の裏に。

「ぎょええぇえぇぇぇぇぇっ!」
「「デ、デリントンさま!?」」

 上履きの底を貫通したピンは短く、肉に刺さったのはほんの極僅かな長さ。
 彼にとって不幸中の幸いかもしれないが、それでも痛いものは痛い。

 びょんびょんと飛び跳ねるデリントンを、取り巻きたちは慌てて追いかけて行った。

 その後、自身で治癒すればいいだけと気づくまでに、十分以上苦しみぬいた。

「くそっ。くそっ! ルインめぇ。絶対にここから追い出してやる!」

 自分より弱い地位、権力を持つ優秀な子供が、とことん嫌いなデリントンだった。
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