上 下
16 / 50

元魔王は洗濯をする。

しおりを挟む
 翌朝、部屋着から学徒用法衣に着替えようとすると、何故か法衣が泥だらけに。
 支給されているのは三着。それが全て泥だらけとは……。
 洗濯は見習い神官の仕事であったか。きっと忙しくて、汚れ物を見逃していたのだろう。

 ま、この程度の汚れなど――

「ふんっ。ド田舎領主の息子にはお似合いの格好だな」
「洗浄《アクアバブル》」

 瞬きする間に綺麗になる。

 ふ。玉座から半径五メートルしか行動出来なかった魔王《ぼく》にとって、魔法で全て解決することなど朝飯前だ。魔王の時に朝飯など食べていなかったが。

「なっ――き、貴様、何をした!?」
「ん? 洗濯をしたのだけれど。あ、早く食堂へ行かねば、席が無くなってしまうぞデリントン。さぁ、行こう!」
「こ、断るっ! お、俺は――」

 顔を真っ赤にさせ焦るような仕草のデリントン。
 そうか!
 彼は――

「便所か。邪魔をして悪かった。ではぼくは一足先に行っているから、ゆっくり用を足すといい」
「ちがっ――」
「いやいや、恥ずかしがることは無い。排泄は人間にとって大切な行為だ。ぼくも初めて排泄をしたとき、天にも昇る気持ちだった」

 食事を必要としないということは、排泄も必要ない。それが魔王だ。
 前世で出来なかった事を今世で初めて行う時は、常に至福のひと時に包まれていたものだ。
 
 恥ずかしがるデリントンに気を使わせても申し訳ないし、さっさと食堂へと向かおう。

「おはよう、ルイン」
「おはようございます、ルインくん」
「やぁみんな。おはよう」
「昨日は凄かったなぁ、ルイン。さすが聖属性2だけはある」
「いやいや。植物を芽吹かせただけだし、未だに治癒は使えないし」

 蔓なんて伸ばして喜んでなどいられない。
 七年も掛かって未だ習得できない治癒に、若干うんざりしそうになる。
 
「いやいや、元気だしなよ。いつか使えるようになるって」
「そうよルインくん。きっと凄い魔力を持っているのよ」

 そりゃあ魔力は高いが。高いだけではダメなのだと思い知らされた。
 おそらく元魔王というのが聖属性魔法習得の邪魔をしているのだろう。

 だがしかし!
 努力すればいつかきっと習得できる!
 その日までぼくは決して諦めない!!

「さて、今日も元気に朝食が美味しそうだ。どこで食べようかな」
「ルイン、こっちに来いよ。俺たちと一緒に食おうぜ」
「いいえ、ルインさま、こちらで私たちと一緒に――」
「俺たちが先に声を掛けたんだぞ!」
「関係ないわよっ」
「はっはっは。ではみんなで仲良く食べよう。その方がきっと楽しいぞ」

 学友……なんて素晴らしいのだろう!





 昨日に引き続き、上履き、及び外履きに画びょう事件が発生。
 しかも今日は一足に数十個も入っていた。
 誰かが備品を運ぶ最中にげた箱で転んだのだろうか。もしそうだとしたら無事だと良いのだが。
 そして無事ではなかった数十個の押しピンたち。
 気づかず足を入れたため、全てピンの部分が潰れるか折れてしまった。

 昨日も備品管理者に謝罪して苦笑いされたというのに。しかも今回は――五十個はあるな。

 うん。これは苦笑いでは済まないかもしれない。
 それに五十個も破損させるのは勿体ない。
 ならこうすれば良いな。

「"形成《フォルム》"」

 両の掌に乗せた潰れ画びょうが、瞬時に元の形へと戻る。
 どうせだからピンの鋭さを増してみたぞ!

 さて、あとはこれをこっそり備品置き場に戻すだけだな。
 ふふ。容易いクエストだ。
 サクっと終わらせて食堂へ行くとするか。
 就寝前の自由時間で、ラフィに剣術を教えねばならぬし。
 そして今度こそ、フィリアの話を聞かねば。

 そうと決まればレッツらゴー。
 昼食時にもデリントンとは食事が出来なかったし、夕食こそは共にできるといいなぁ。 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

幼馴染みの2人は魔王と勇者〜2人に挟まれて寝た俺は2人の守護者となる〜

海月 結城
ファンタジー
ストーカーが幼馴染みをナイフで殺そうとした所を庇って死んだ俺は、気が付くと異世界に転生していた。だが、目の前に見えるのは生い茂った木々、そして、赤ん坊の鳴き声が3つ。 そんな俺たちが捨てられていたのが孤児院だった。子供は俺たち3人だけ。そんな俺たちが5歳になった時、2人の片目の中に変な紋章が浮かび上がった。1人は悪の化身魔王。もう1人はそれを打ち倒す勇者だった。だけど、2人はそんなことに興味ない。 しかし、世界は2人のことを放って置かない。勇者と魔王が復活した。まだ生まれたばかりと言う事でそれぞれの組織の思惑で2人を手駒にしようと2人に襲いかかる。 けれども俺は知っている。2人の力は強力だ。一度2人が喧嘩した事があったのだが、約半径3kmのクレーターが幾つも出来た事を。俺は、2人が戦わない様に2人を守護するのだ。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!

naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』 シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。 そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─ 「うふふ、計画通りですわ♪」 いなかった。 これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である! 最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

処理中です...