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元魔王の新生活。

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 実家を出発して一か月。
 まさかこんなに時間が掛かるとは……。
 空間転移の魔法は、記憶した場所にしか飛べない。
 前世ではそもそも玉座しか見たことなかったし、もしかしてあれば魔王城ではなく、小屋だったかもしれないなんて思っている程だ。
 今世でも屋敷と村、そして近くの森に山までしか行った事がない。

 もっとあちこち自由に歩き回りたいが、子供がひとりで出歩くのは危険なのだと言う。
 人間社会というのは、なかなかに面倒な部分が多い。
 もう少し大きくなるまでは、ひとり旅も我慢しなくてはな。
 それまでに神聖魔法を我がものとし、ぼくの考えた最強のスローライフを邪魔する輩をぶちのめせるようにならなくては。

「ではフィリアさまはこちらへ」

 実家の屋敷が何十軒入るだろうかという巨大神殿へと到着早々、ぼくとフィリアは離れ離れに。
 涙ぐむフィリアにぼくは、

「男の子と女の子では部屋が違うんだよ。大丈夫」

 と安心させる。
 
「大丈夫ですよフィリアさま。ルイン坊ちゃまの言う通り、それぞれの部屋に案内するだけですから」

 案内をする教団の女性は、神殿で学ぶ者、仕える者、それぞれ男女に分かれた寄宿舎が用意されているのだと話す。
 その笑みが少しわざとらしいのが気になるが、それは今は置いとくとしよう。
 
 また後で――そう伝えて、ぼくは男性教団員と共に歩き出した。
 途中振り返ると、未だ不安そうにこちらを見つめるフィリアの姿が。
 安心するよう手を振ると、彼女はようやく頷いて女性に手を引かれ歩き出した。

 男に案内されたのは別棟の建物で、一階が大神殿で学ぶ者用の宿舎。二階、三階は神殿に勤める者の部屋になっていると。
 ではぼくは一階か。
 それにしても、部屋数が多い。五部屋以上もある。
 さすが大神殿だ。

「ルインくん。ここが君の部屋だ。生憎今はひとりしか居ないが、本来は四人部屋となっているから」
「四人部屋!?」
「ここでは君は男爵家次男ではなく、ただのルインとして扱われる。貴族としての権力など、ここでは何の意味もなさないぞ。とはいえまぁ、君のご実家は、権力とは無縁だろうけどな。はっはっは」

 ひとり……ではない。

 素晴らしい!

 魔王城でずっとぼっちだったぼくにとって、ひとり部屋はそれを思い出させる不安材料のひとつだった。
 朝も夜も誰かと一緒って、素晴らしい!!





「初めまして。ぼくルイン・アルファート十三歳です! 夢はぼくの考えた最強のスローライフを送ること!」

 同じ部屋で生活を共にする相手の事を、ルームメイトというらしい。
 有難いことにルームメイトは、ぼくと同年代の少年だった。

 自己紹介なんて初めてのことだったが、張り切ってみた。
 その結果、少年はなぜか呆けた顔をしている。
 もう少し詳しく紹介をせねばならなかっただろうか。

 間違っても元魔王などとか紹介出来ぬし。
 あ、ルームメイトが出て行ってしまった。
 よし、ついて行こう。

 すぐさま追いかけたが、ルームメイトは歩くのが早い。
 しかもどんどん早くなっていく。
 くっ。これはもしかして試練というやつか!

 兄が言っていた。
 新人の頃はさまざまな試練を与えられると。

 大半は先輩による、嫌がらせともとれるもので、これに耐え無ければ訓練学校ではやっていけない――と。

 つまりこれは先輩ルームメイトによる試練!

「ふふ……ふははははははは。既に大神殿での神聖魔法習得に向けた暮らしが、始まっているということだな!」
「ひっ。つ、ついてくんなっ」
「いやいや、ついて行くとも! ぼくは試練に打ち勝つ!」
「ひいぃぃぃっ。なんだこいつ。なんだこいつ!」

 ついて行った先は便所だった。

「ついてくんな!」

 なるほど。このように汚物を垂れ流す臭い場所に誘う――そういう試練だったのか!
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