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元魔王は棚ぼたを得る。

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 八年後。十三歳になったぼくは、相変わらず初級魔法の治癒すら使えていない。
 なのに。

「おばちゃん、これで痛いのもう大丈夫だから」
「ありがとうねぇ、フィリア。あんたのおかげで、怪我もあっという間に治っちゃうよ」
「ううん。これも全部、ルインさまが私に聖書を読んで聞かせてくれたから」

 フィリアに治癒の魔法を教えると、彼女は二年ほどして使えるようになった。
 おかげで村ではフィリアを聖女だという者すらいる。
 だが魔力量が多くなかったのもあり、の魔法を教えるのは危険だとぼくは判断して教えてはいない。

 エリーに貰った聖書には治癒以外にも三つの魔法が隠されていた。
 つまり聖書というのはただ読むだけではなく、隠された魔法の呪文を読み解く暗号文にもなっていたのだ。

 試しに他の呪文も唱えてみたが、治癒同様何も起こらず。
 聖属性(2)があろうと、ぼくには神聖魔法の才脳が無いのかと不安になりはじめていた。

 そんな頃に訪れた転機。

 突然、屋敷に豊穣の女神ローリエに仕える教団員が訪ねて来た。

「このアルファート領に聖女候補の娘が居る――そう神のお告げがあった」





 神の啓示により選ばれた聖女は、大概にして少女であることが多い。
 そして神殿が手厚く保護し、聖女として必要な教育を施してくれる。

 なんと羨ましい制度か。
 好きなだけ神聖魔法の練習が出来るのだ。

 だが、聖女とは女しか選ばれないので、男であるぼくはその時点であきらめざるを得ない状況だ。

 そしてアルファート領の聖女候補とは――

「ル、ルインさま、私……」
「フィリアおめでとう。よかったな、聖女に選ばれて」

 神殿の使者は「候補」と言っていたな。
 もしかすると他にも聖女として啓示を受けた者がいるのだろうか。
 何にしても羨ましい。

 なのにフィリアは浮かない顔をしている。

「ルインさま私……どこにも行きたくない。お家に居たい」
「フィリア……」

 行きたくない?
 何故そう思うのか、ぼくには理解できない。
 
 父上に聞いたが、聖書は神殿や教会でしか手に入れられない。
 しかも教会で手に入れられるのは、聖書の第一巻――つまり今持っている物と同じものだ。
 それだってタダではない。それなりのお金が必要だ。
 そして巻数が進めば進むほど、金額が高くなるという。

「フィリア。神殿へ行けば、タダで聖書が読み放題なのだよ?」
「で、でも私……ルインさまと一緒に居たい……」

 ぼくと……一緒に?

「じゃあフィリア。ぼくも一緒に行くよ!」
「「な、なんだって!?」」

 教団員の連中は驚いたが、そのうちのひとりがぼくを鑑定した結果――

「「一緒に行きましょう!!」」

 となった。
 この八年間で聖属性のレベルは3に上がっていた。
 属性レベルは上がっているのに、何故治癒魔法は発動しないのか……。
 だがこの年で聖属性3というのは、かなり異質だったようだ。そのおかげでぼくは大神殿へ行けることになったので、結果オーライだろう。
 くくくくく。これでぼくの最強スローライフにまた一歩近づけたぞ。





「ルイン。本当にローリエ神殿に行くのかい?」
「うん、アルディン兄さん」

 八年前のスタンピード後、兄は半年程里帰りをしていた。
 そのせいで騎士訓練学校を一年留年し、今年ようやく卒業を迎え戻って来た。
 兄が帰ってきたのだ、ここはもう任せてもいいだろう。

 この八年間、神聖魔法の特訓以外にもぼくは頑張った。
 土壌改良だ!

 こつこつ地面に垂れ流した魔力のおかげで、アルファート領の収穫量は右肩上がり。
 そのおかげで食料難も無く、餓死での死亡者もゼロだ。

 アルファート領は国境である山脈に隣接する辺境の地。
 領土は狭く、村がひとつあるだけ。
 領民も三桁にようやく突入する程度しか居ない。
 その領民もスタンピードで多くを失ったのが痛いけれど、今は積極的に移民の受け入れもしている。
 まぁ辺境まで引っ越しして来る者など、早々居やしない。

「兄さんが帰って来てくれたし、ぼくも安心して神殿へ行けるよ」
「ルイン……お前はまだ十三歳だ。父上や母上と離れて、寂しくないのか?」

 寂しくないのか――そう尋ねられれば寂しくない訳ではない。
 ぼくにとって初めての家族だし、話し相手が居ると言うのは退屈もせず、本当に素晴らしいことだと思う。
 まぁ話し相手に関しては、フィリアが居るので神殿に行っても事欠くことは無い。

「兄さん、何も未来永劫神殿に行こうっていうんじゃないよ。ぼくはぼくの望む暮らしを手に入れるために、聖なる力を手にしたいんだ」
「聖なる力?」
「神聖魔法だよ! これがあれば魔物を倒せるんだ。ぼくはここの暮らしを守れるんだ!」
「お前……そこまでしてアルファート領の事を――」
「うん。大好きだよ!」

 程よく田舎で、季節の移り変わりを楽しめる地域だ。自然も美しい。
 隠居生活にはもってこいだ。
 最近は魔物の数が激減している。もしかすると治癒の練習台にし過ぎて、数を減らしてしまっていたのだろうか。
 ゴブリンロードを殺ってからゴブリンは減ったし、コボルトにターゲットを移したがコボルトリーダーを思わずワンパンして殺してしまってからがコボルトも姿を見なくなってきたし。
 おかげで山ひとつ超えた所まで練習をしに行っていたぐらいだ。
 アルファート領は平和そのもの。

「ルイン。お前には聖属性が開花している。ならその才能を生かせ」

 そう言って部屋へとやって来たのは父上だ。
 隣には涙を浮かべる母上も居る。
 去年今年と豊作だったのもあり、良い物を食べれるようになったからか、肌艶が良くなったように見える。

「ルインちゃん……こんなに早く親元を離れる時が来るなんて」
「立派な聖職者になったら、帰ってきます。少しあちこち見て回ってからですが」

 必殺・天使の微笑み!

 母上はキュピーンと目を光らせ――だが直ぐに光は消えた。
 代わりに悲しそうな顔でぼくをきゅっと抱きしめる。

「母上?」
「ルインちゃん……。体には気を付けてね」
「はい」

 生まれてこの方、病気などしたことがないのは知っているだろうに。
 全ての状態異常に耐性を持ち、どんな毒であろうと無効する。
 人の身に転生しても、それら魔王だった頃に持ち合たせた体質は健在だ。

「ルインちゃん。ご飯をたっくさん食べるのよ。神殿の食事はタダなのだから」
「はい! タダより安い物はないですもんね」
「そうよ……そう……うっ、うっ。元気でね、ルインちゃん……お母さんのこと、忘れないでね」
「やだなぁ母上。まるで今生の別れみたいにぃ」

 神聖魔法を習得した後、暫くあちこちぶらぶらするつもりだったけれど、これは一度帰って顔を見せてやった方が良さそうだ。
 だがフィリアの事もあるし、彼女が聖女に選ばれるまでは神殿に居るつもりだが。

 そうして三日後、家族や領民に見送られながら、ぼくとフィリアは教団員に連れられ出発した。
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