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 石畳の床に転がる頭……。
 うっぷ。
 気持ち悪い。

「竜牙兵、タオルくれ」
『カタカタ』

 影の中まで大事に背負ったままだった袋から、タオルを一枚取り出す竜牙兵A。
 受け取ったタオルを――転がる頭に被せて見えないようにした。

「お気遣いありがとうございます、レイジ様」
「え?」

 振り向くと、アリアン王女もやや青ざめた顔でタオルを見ていた。

「レイジくんって、意外と気が利くのよね」
「いや意外って、酷いなぁ」

 苦笑いを浮かべて言ったが、そもそもアリアン王女のために生首を隠したんじゃない。
 自分のためだ。
 と、このタイミングでは言い出せず、王女やソディアの好感度を上げる結果になった。

「ありがとう、みなのおかげで命拾いをした。感謝してもしきれない。それにアリアンから聞いたよ。君たちが彼女を救ってくれた、ありがとう」
「い、いやぁ。あ、それよりお体は大丈夫ですか?」
「あぁ。司祭殿のおかげで――し、司祭殿!?」

 倒れてピクリとも動かないタルタスへ、キャスバル王子が駆け寄る。
 抱き起こそうとするが、そこはそれ。
 王子の手はするりとすり抜け、タルタスを掴むことすら出来ない。

「タルタス、大丈夫か?」

 俺が呼んでもピクリともしない。

「ま、まさか!? 私のために力を使い果たし、死んでしまったのかっ。っく」
「いや、最初から死んでますから、彼」

 俺がそう言うと、キャスバル王子も額に汗を浮かべて「そ、そうか」とぎこちなく笑う。
 その瞬間、ピクリとも動かなかったタルタスがガバっと起き上がって抗議する。

『あぁっそこっ! せっかくの感動シーンが、台無しじゃないですかぁ』
「ゴーストのくせに死んだフリなんてするなよ! 少しでも心配した俺が馬鹿みたいだろ!!」
『やだなぁもう。心配してくれたんですか?』

 聖職者のくせに、そのニヤけ面はなんなんだよ。

「おぉ、司祭殿、ご無事でしたか」
『あ、や、ご心配おかけして申し訳ございません、王子。まぁピリピリとした痛みはあったのですが、なんとか生きてます。あ、いや、浄化されずにすみました』
「だから死んでるだろ」





 キャスバル王子と、一応疲れたらしいタルタスを休ませている間に、俺たちはジャスランに尋問することにした。
 もちろん、幽霊のジャスランに――だ。

「こいつは暗殺者連中とは違って、あっさり成仏しなかったみたいだ」
「いるの?」
「あぁ。恨めしそうに見てるよ。あと部下の騎士どももいる」

 尋問するに当たって、アリアン王女にも同席してもらった。
 なんせ俺たち部外者にはわからないことだと、質問すら出来ないからな。

 アリアン王女がジャスランの首――を覆いかぶせたタオル前に仁王立ちする。

「じゃあ死霊術を使って強制力を効かせますね」
「お願いいたします、レイジ様」

 アズ村でアンデッドを召喚した時のように、質問に答えろという類の内容で呼び出す。
 だが、あの時と違って完全に命令形の呪文だ。
 死霊術で呼び出したジャスランとその部下たち。
 その姿がソディアやアリアン王女にも見えるようになった。

「ジャスラン、お聞きなさい」
『ふん。聞くものか』
「まぁ、なんて態度でしょう!」
「あ、王女様。呼び出されたアンデッドは、術者である俺の言葉にしか従わないようになっているんです」
『貴様の命令にも従わぬ! 一切何も喋るものかっ』
「じゃあ誰になら従うんだ?」
『ふ。私を従えることが出来るのは、この世界で只おひとり! ヴェルジャス帝国第二王子のヴァン・ドロ・ヴァスモール・ヴァルジャス様のみ!』

 ジャスランがビシっと指さし胸を張る。
 うん。強制力がしっかりと働いているな。
 念のため――。

「お前の出身地は?」
『私の生まれがどこだか知りたいだと? 決まっているだろうっ。ヴァルジャス帝国の首都ヴァルジャスに!』
「アリアン王女?」

 王女は首を振り、ドーラム王国に召し抱えられた時には、この国の南にある小さな田舎町だと聞かされたと。

『なっ。わ、私としたことが……何故だ。何故……』

 うん。それな、俺の死霊術で強制的に呼び出されたからだよ。
 俺の質問には逆らえないんだよ。

「じゃあアリアン王女。聞きたいことはありますか?」
「では――。さ……最初から、私を騙すつもりでこの国に来たのかどうか、それを知りたい」
「――だそうだ。どうなんだ?」

 ジャスランは大きく鼻で笑い、男にしては随分と長く手入れの行き届いた髪をかき上げる。
 そしてドヤ顔で――。

『その通り! 八年前、南の避暑地で山賊に襲われた姫の一行を救ったのも、全てはこの国に潜り込むための演技だったのですよ!』

 ――と、素直に喋る。
 後ろで部下の幽霊たちが、あわあわしているのが楽しい。
 じゃああいつらもヴァルジャス帝国人か?

「お前らもヴァルジャス人か?」
『あ、俺はドーラム人です。ヴァルジャスに手を貸せば、特別ボーナスががっぽがっぽなもんで』
『自分はヴァルジャスから来ました! この作戦が終われば、故郷で英雄扱いが約束されているんで』
『俺は――』

 こいつらもチョロイな。
 ただ幽霊どもの話でアリアン王女の表情に影が落ちる。
 騎士のうち何人かはドーラム王国の国民だ。
 金欲しさに国を売る。
 そんなのが家臣にいたと知って、ショックを受けているようだ。
 
「アリアン。人とは欲深き生き物なのだ。誰が悪いわけでもない。君でも、国王でも……。悪いのはすべて金なのだ。その金の前では国への忠誠心など……」
「キャスバル……ありがとう」

 いつのまにやら王子がやってきて、アリアン王女をそっと抱きしめる。
 あああぁ……目のやり場に困るんですけど。

 いや、全然困ってないどころか、ガン見している連中が。

『ちょっと、そこであっつぅ~い口づけでしょう!』
『そうよそうよ。やっちゃってよ~』
「え、で、でも、人前じゃない?」
『愛し合う二人がそんなこと、気にしてはいけないのですぅ』
「そ、そうなの? そ、そうなのね。う、うん。いいわ。私、しっかり二人の愛を見るわっ」

 野次馬根性が逞しいな。

『そんなことはありません!』

 元気にそう叫んだのはコラッダだ。
 甲冑を鳴らし、拳――というか手甲? を握りしめ何かを訴えようとしている。

「そ、そうよね。やっぱり人前でキスなんて――」
『あ、いえそのことじゃありません。その件に関しては、ボクとしてはどうでもいいかなぁっと』
「いや、そこはきっぱりさ、恥ずかしいから他所でやってくれって言おうぜ」
『レイジ様は恥ずかしい派なんだ~』
『レイジ様は初心だもの――』
『『ね~』』

 ハモって言うな!

『ボクが言いたいのは、忠誠心は裏切らないってことです! そこの奴らなんて、最初から忠誠心なんて無かったのでしょう。おい、お前っ』

 そう言ってドーラム出身の幽霊に詰め寄る。
 お互い霊体同士だからか、体に触れるようだ。
 首元の鎧を掴んで騎士を引っ張り上げると、コラッダが自身の冑を脱いで脅す。

『騎士になったのは何のためだ!』

 とコラッダは語気を荒げて言ってから俺を振り向く。
 仕方ないので俺が質問を復唱してやる。

『お、女の子にモテたいからです』
『ほらみてください! そこのお前はっ』――通訳。
『田舎の幼馴染が、騎士じゃないと結婚してくれないっていうんで』
『そこっ!』――通訳。
『あ、実入りがいいっていうんで』
『ほらぁ~っ。こいつら動機が不純で、最初から忠誠心なんてないんですよぉ』
「いや、泣くなよ」
『エスクェード王国に、こんな騎士はひとりもいませんからぁぁぁっ』

 コラッダ……案外騎士道精神に五月蠅い見習いだったようだな。
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