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「傷が新しいわっ。ついさっき点けられた傷よ」
『今ならまだ間に合うかもしれませんっ。ボクが治癒を――』
「いやタルタス。そんなことしたら、お前自身がダメージを食らってしまうんじゃ」

 回復魔法はアンデッドに有効。
 回復という意味ではなく、攻撃という意味で。
 これゲームのあるある常識だ。

『構いません! ボクは……ボクは戦神アレストンに仕える司祭ですから!』

 出血の酷いキャスバル王子の下へ飛んでいき、タルタスが決死の神聖魔法を唱える。

『"アレストンよ、勇敢なるこの者の傷を癒したまえ――治癒《ヒール》"イタイイタイイタ』
「私も手伝うわ。無理はしないで」

 タルタス……自分の治癒魔法でダメージ貰ってるよ……。
 無茶しやがって。

 その時、カツカツと駆けてくる革靴の音が近づいてきた。

「何者だ!」

 振り向くと、そこに立っていたのは――。

「ジャスラン! よくも……よくもキャスバルを!」
「なっ。アリアン姫っ。な、何故ここにっ」
「あなたの企み、全てお見通しなのです!」

 いや、全てっていうか、何を企んで王女や王子を誘拐したのかまでは、全然さっぱりなんですけど。
 だがアリアン王女の言葉にジャスランは、狼狽して後ずさる。
 奴の後ろには暗殺者《アサッシン》っぽいのや、騎士っぽいのがぞろぞろいる。

「っち。いつ気づいた。私がヴァルジャスの密偵であると」
「ヴェルジャスの密偵……ですって!?」

 え……じゃあ、スパイ?
 っていうか、またヴァルジャスかよ!
 だいたいなんでヴァルジャスのスパイが、アリアン王女とキャスバル王子を誘拐するんだ?
 しかも二人を殺すつもりでいたようだし。

 それにしても……アリアン王女の驚いた声に、ジャスランもまた驚いている。
 ぽかんと口を開いて、なかなか間抜けな表情だ。
 そうだよな。
 てっきり身バレしたと思ったら、実は違いましたって。
 しかも自分で身バレさせてしまったし。

「っく。私としたことが、誘導尋問に引っかかるとはな――」
「いや、王女様はそんなつもり全然無かったと思うけど」
「はい。私は、私を誘拐した犯人がジャスランだったことを知っていると、そう言ったつもりだったのですが……そうですか、ヴェルジャスの……」

 しみじみ言うアリアン王女。
 ジャスランの顔はどんどん青ざめていく。
 美形騎士もこうなると哀れだな。

「くああぁぁぁっ! もういいっ。姫以外はここで死んで貰う!」

 ジャスランが剣を抜くと、後ろに控えていた奴らが音もなく動き出す。

『生憎もう死んでるんでね!』
「なに!?」

 ジャスランの奴、気づいてなかったのか。
 いや、アリアン王女に目が行って、アンデッドは視界に入ってなかったのかもしれないな。
 今頃気づいて慌てて部屋から出ていくジャスラン。

「ど、どういうことだ……これはっ」
『くっくっく。俺たちゃあ無敵のアンデッド様さ』
「神聖魔法に弱いけどな」
『それを言わないでくださいやし、レイジ様』

 アンデッドたちが各々武器を構え、部屋の入口を固める。
 一歩でも入ってくればフルボッコだ。
 だが逆に、一歩でも出ればこちらもジャスランたちにフルボッコされる。

「レイジ……は! そうか、私としたことが、ヴァン様の報告にあった死霊使いのことを、すっかり忘れていたよ。そうか、君が異世界から召喚された、呪われし死霊使い……か」
「勝手に人を召喚しておいて、呪われし死霊使いとか随分じゃないか」
「ふっ。死霊使いは存在しては困るのだよ。全てはヴァン様が世界の覇権を握るために、な」

 自国の帝位争いだって決着ついてないのに、何言ってるんだ?
 他にもなにか悪だくみでもしているのだろうか。

「さて、無敵のアンデッド諸君。君たちの弱点がわかっている。大人しく成仏するがいい」

 ジャスランがそう言って道を開けると、そこに現れたのは真っ赤なローブを着た――。
 このローブ、あの召喚の場にもいた――。

「"死を司る冥界の女神よ。そのご威光により、彼の者らを地獄へと導き給え"」
『いけませんっ。浄化の魔法です!』
「え……浄化――」
『ミタマの影に潜るのじゃ!』

 赤いローブから発せられた男の声が、再び呪文を詠唱する。
 慌てて影に潜り込むアンデッドたち。

「アブソディラス!」
『大丈夫じゃ。あ奴の魔力程度では、儂は成仏させられん。しかし、アレを倒さねばアンデッドは呼び出せぬぞ。が――』

 竜牙兵は別じゃ――とアブソディラスが言う。
 その竜牙兵に目配せをして突撃させるが、そうすると赤ローブは引っ込みジャスランが躍り出る。
 うげっ、馬車を襲った暗殺者も強かったが、ジャスランも強いぞ。
 
 部屋の出入り口で狭いというのもあって、ジャスランを相手に戦うのは同時に二体が限界。
 その二体を相手にしてなお、ジャスランには余裕そうに見える。

「ふん。竜牙兵を召喚できるとはな。だがこの程度でこの私が倒せると思うなよ。どうやってこの場所を知ったのかわからぬが、お前には王子と王女暗殺の犯人になってもらおう」

 ジャスランの一撃で竜牙兵がこちらに吹っ飛ばされると、わずかに出来た隙間から暗殺者が躍り出る。
 まずい、やられる!?

 無詠唱"電撃《ヴォルテック》"を放つが、一瞬敵の動きを止めたに過ぎなかった。
 
 だが次の瞬間――。

「アリアンたちを案内したのは、この私だ!」

 ガキンっと刃と刃が重なり合う音が響き渡る。

「なんとか間に合ったわ」
『ま、間に合い……ました……ではボク……も』

 倒れこむようにしてタルタスが俺の影の中へと潜っていく。
 そして俺の目の前には、ソディアの魔法剣を手にし、暗殺者を斬り捨て仁王立ちするキャスバル王子がいた。。
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