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「お、おはよう、ソディア」
「お、おはよう、レイジくん」

 以後、沈黙が続く。
 昨夜から意識しっぱなしだな、俺。
 だいたいソディアみたいな美人が、俺みたいなどこにでもいるような普通の高校生を相手にしてくれる訳ないじゃないか。
 ちらりと見た彼女と目が合う。
 慌てて逸らす。
 けど、また見てしまう。
 すると彼女と目が合う。

 あれ?

 ソディアって、思いっきり俺を見てる?
 そういや、彼女の方を見たときって、だいたい目が合ってたような?

 え……俺のこと……見てくれてる?

 いやいやいや、まさかな。
 きっと異世界からやって来た俺を心配して、それで見てくれてるんだよ。
 そうだよ。
 きっと……。

 なんか、自分でここまで否定するかってぐらい否定してると、虚しいものがあるな。
 けど、だからって期待するような目で見て、後で実は違いましたってなるほうが痛々しい。
 ここは何もないんだって言い聞かせて過ごした方が良いに決まっている。

 そう。何も無いんだ。

 出発の準備も整いいざ王都に向けて――という場面で、ソディアは馬車には乗り込まず御者台に座るという。
 御者台に座れるのは二人だけ。なんせコラッダが甲冑だからな。それだけで若干幅を取る。
 手綱はコラッダが握るし……じゃあ俺が馬車?

『じゃあボクは馬を借りますね。親衛隊さ~ん』

 と言ってコラッダが御者台から降りる。
 いやいやいや。誰が手綱握るんだよ。
 え? ソディアさん、やれるんですか?
 あ、そうですか。
 じゃあ……。

 ソディアと二人で御者台!?

『気が利く若造じゃのぉ』
『空気を読めない奴は出世できないって、先輩によく言われましたから』

 なんの空気だよ!





 ドレスティンを出発して暫く。俺とソディアは一言も発しないまま時間だけが過ぎていく。
 途中、田園風景の広がる景色を眺めて思った。

「今は……秋?」
「えぇ、そう。でも収穫の時期にはもう少し早いかしらね」

 その一言がきっかけで、ずっと続いていた沈黙も終わった。
 ソディアと話していたわかったのは、この世界でも新芽が芽吹くような時期は春であること。
 暖かくなり始めて、過ごしやすくなってくる季節だ。

 その春が終われば暑い夏が始まり、そして次に秋がやってくる。作物の収穫が行われる季節だ。
 そして冬。寒くなり、地域によっては雪が降る、と。

 この春夏秋冬も、大陸の南北では随分と変わってくる。
 北は平均的に気温が低く、南はやや暖かい。

 地球と似たような環境だなと小さく漏らすと、ソディアは「そう」と笑顔で応えた。

「環境の変化で体が馴染めず病気がちに……なんてのも少し心配していたんだけど、大丈夫そうね」
「え、そんなことまで心配してくれてたのか?」

 優しいんだな、ソディアって。
 そう言うと、彼女は顔を真っ赤にさせてあたふたしはじめる。

「え、あの……その……」

 視線を逸らして縮こまる彼女。
 その時、風が吹いて彼女の短いスカートが……捲れた!

「はぁっ」
「ど、どうしたの?」
「な、なんでもないっ」

 はっとなって周囲を見渡すと、鼻の下を伸ばした親衛隊と目があった。
 っく。見せてなるものか!
 俺はマントを外し、彼女の眩いばかりの太ももへと掛ける。

「風邪、引くといけないから」

 本当はその太ももを――更にその上を隠すため。なんて言える訳もなく。
 横目でちらりと見た彼女の顔は、昨夜風呂場で見た湯だった時と同じく、真っ赤だった。
 
 う、うぅん。これだとまた沈黙が続くぞ。
 何か話題は……話題は……あ、そうだ。

「昨日さ、こいつらに屋敷の見張りをさせたんだけどさ」

 小声でそう言って自分の足元を指さす。
 ソディアはそれを見てすぐに、アンデッドだと理解した。

「で、どうだったの?」
「明け方全員戻ってきたが、特に何も」
「諦めたのかしら……あの奴隷商が独断で王女の誘拐を計画したわけじゃないだろうし」
「あぁ。奴も依頼されたって言ってたしな」

 誰に依頼されたのか、あの奴隷商自身も本当に知らないんだろう。
 金さえもらえればそれでいい……ってことなんだろうな。
 ただ、素性を明かさないのは身分の高い奴だからとも言っていた。

「身分の高い奴……か」
「私ね、思うんだけど……」

 馬車を引く馬の手綱を握ったまま、ソディアが俺の方に顔を寄せてくる。
 馬車の中にいる三人や、周囲の親衛隊には聞こえないよう、小声で会話はしていたが、より警戒するべき内容なのだろう。

「王女とキャスバル王子の関係を快く思っていない何者かが、その関係を崩すためか、もしくは逆に公にしてお二人の立場を追い込もうとして計画したんじゃないかしらって」
「でもアリアン王女の話だと、二人の関係を知っているのは侍女のシリルさんだけっぽいし」

 となると、キャスバル王子がいるニライナ王国のほうか。
 確かに死んだ奴隷商は、王女をニライナに運ぶのが仕事だったみたいなことを言っていたし。
 実際、王女は国境を越えてニライナに……ん?

「ソディア。俺たちが馬車と遭遇したあの山道って、ニライナの領地だったか?」
「え? あそこはヴァルジャスだけど」
「ニライナに王女を運ぼうとしていたのに、ヴァルジャス?」

 遠回りしてかく乱させるのが目的だったとも言えなくはないが。
 いや、そもそも国境警備隊が詰める検問所も近くにあったんだ。
 あの馬車はどうやってあそこを通過したんだ?
 もちろん、検問所を通らず山道に入ることも出来る。でもそんなことをすれば、それこそすぐにでも国境警備隊が駆けつけて来ただろう。
 それが無かった。
 無かったうえに、王女が登場するとみんな驚いていたし。

 馬車は検問所を通った。
 だが王女が中にいたことには気づかなかった……とか?
 普通に後部座席で眠らされていたのに?

 なんだこれ。
 なんなんだこれ?

 俺……推理小説とかまったく読まないんだけど!
 
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